引退ブログ 阿部紘大
入れ替え戦からちょうど1ヶ月が経った。
部活がなくなった今、何か心にぽっかり穴が空いたそんな気がする。
1年目、ラクロスというスポーツ自体、理解するのに時間がかかった。
グラウンドに行ったら、男子か女子の先輩が誰かしらいて、自分に足りないものを知る、先輩のプレーのかっこよさに引き込まれ、こうなりたいと思う目標の人ができた。
2年目、憧れの先輩とプレーできる楽しさと現実は合わせることの難しさを知った。
たくさんダメ出しされて、でも自分に好きなようにやっていいよと言ってくれる先輩。
ほんとは自分の思った通りに動いてくれない自分にボールを回す必要なんてないのに、なんだかんだで好きなようにプレーさせてもらえた。
自分が先輩たちに合わすのに必死だったが、
あとになって自分が合わせてもらっていたんだと気づく。
アメリカにも連れてってもらえて、体の強さを持ち合わせながら巧さを体感することができた。
ここでプレーの引き出しを広くできたし、イメージを膨らませてくれるきっかけになったと思う。
3年目、憧れの先輩がいなくなって、自分が引っ張っていかないとダメだと感じた。
先輩がいたらここに動いてくれてたよななんて妄想を抱きながら現実とのギャップを感じる一年だった。
4年目、膝の怪我による長期離脱から始まったシーズン、復帰後も度重なる怪我の影響で全然上手くいかなかった。
同期からも「怪我する前に比べたらまだできるっしょ」と言われ悔しかった。
自分でもやっているのに前とは同じようにはいかないし、みんなのレベルも上がっているから怪我前より成長したプレーでないみんなを満足させることができないと。
さらに2年のしんすけの成長により、チームで一番うまいプレーヤー枠を譲りたくなかった。
自分が誰よりも上手くなりたいと思ってたし、練習した分怪我が重なり、焦りしかなかった。
今までのやり方ではいけないとプレーヤーとしての在り方、考えを大きく変えた。
誰にも言ってこなかったが最後の入れ替え戦まで痛みを感じない日などなかった。
痛いといえばベンチに下げられるし、信頼も失われる。自分にボールを託してくれなくなると思って、怪我してみんなに遅れをとっている分誰よりも多くプレーしていたいと。
4年間、このチームでたくさんの人と出会い、数え切れないほどのいい経験をさせてもらえた。
入れ替え戦は本当に勝てると思って臨んだ、準備も万端だと思っていた。
しかし、それは自信から過信にいつの間にか変わっていたんだと思う。
結果が全てだと思う。
今まで歩んできた過程は正しかったということもできない。
それは結果が報われてこそ、いいか悪いか判断できる土俵にやっと立てることだと思うから。
しかし、全てが悪かったわけではないし、これで人生が終わるわけではない。
ラクロス部で過ごした時間のは人生のほんの一部にしか過ぎない。
自分は新たなスタートラインにたった。
へこんでいる暇はない。
次にできること次の自分が燃焼して熱中できる環境を、さがしてそこでまた再スタートを切ろうとおもう。だからそのためにたくさん行動する。
ラクロスが嫌いになるのもわかる。
でも立ち止まっていたら今他のことに燃焼している人においていかれる一方だから自分で模索して悩んで成長していきたいと思う。
ラクロスの結果は良かったとは言えないけど、
今まで4年間やってきたことは1つも無駄じゃない。
自分でも考え方がいい方に変わったなも思えるくらい成長できたから。
お前はまだできるとこんなもので満足してはダメだと新たな試練を与えられたと思っている。
武蔵大学のチームにも感謝したい、あそこまで競って自分たちを苦しめたけど最後に試合できてよかった。一人一人からの熱量が伝わってくるし、ブログからも伝わる熱。
そんな熱量があるチームと最後試合できてよかった。
いろんな困難にぶち当たって次みんなと会う時までに成長した姿で会いたい。
色々なことに挑戦しようと思う。人生一回きりだからね
4年間ありがとうございました。
最後に同期へ
最高の仲間と出会えて良かった、お前らが同期で本当によかったと思ってる。
これから辛いことがあったら頼って、どんなことだって乗り越えられる俺らなら
そしてたくさん笑って語り合おう👍🍻