福岡市早良区百道浜の精神科・心療内科 メンタルクリニック百道浜 オンライン診療準備中 -2ページ目

福岡市早良区百道浜の精神科・心療内科 メンタルクリニック百道浜 オンライン診療準備中

地下鉄西新駅藤崎駅から車で5分。福岡市早良区百道浜3丁目の精神科・心療内科【メンタルクリニック百道浜】です。今後、当院では通院の負担を減らすため、スマホ1台で自宅から受診できる「オンライン診療(通院精神療法)」の準備中です。

休職したが、その後会社から連絡はない、こちらから休む診断書を送り、九穂s区の手続きがとれたかどうかの確認もしたかったが、連絡が取れない、そんな方がいらっしゃいます。

上司が怖くて会社に行けない、上司との連絡は怖くて取れない。

無理して上司と連絡する必要はないんじゃないかな。

会社の人事、わからなければ、代表番号にかけて、人事を取り扱う部署につないでもらって相談してはどうかな。

ただじっと、会社に迷惑をかけてはいけない、向こうからの連絡をじっと待つというのは得策じゃないと思います。

私も、アメリカから帰ってきて、人事をつかさどる医局長に連絡を入れたけど、その後の仕事先の連絡が返ってこなかったことがあります。

完全に忘れ去られていました。

勇気を出して、医局長に電話をかけて、ようやく、じゃあこの病院に行ったらどうとあっさり。

忙しいのはいつでも。

自分を守るために、辞めていないならば、自分もその組織の一員であり、ずる休みしているのではなく、生きたくてもいけないし、怖くてその場所で仕事できないのですから、勇気を出して連絡しましょう。

いつかけても、余計な迷惑をかけますから、あーだこーだとかやきもきするよりも、思い切って電話してみましょう。

そこで、うるさい、面倒だと思われるのは、いつかけても同じこと。

病院の様に午前中の外来が立て込むなら、午後、午後はいつでもそう変りないです。

会社でも自分が勤めていた時にとても混むときは外せば、もうOK.

まずは行動すること、結果が出ないと進めません。

悪い目が出れば、直していけばいいだけ。

次は同じようにはしないと、変えればいいだけ。

勇気を振り絞って、一歩、一歩がだめでも半歩でいいから進みましょう。

必ず、何とかなる。どうにかなる。

紆余曲折の末に、でもそれは彼が選択したことですが、

社労士の資格を取って開業した人がいました。

別件で、ある患者さんが手当てを受ける際に医師の診断書が必要になりました。

私の診察では、それは難しいと言わざるを得ない状況でした。

しかし、社労士が書いてもらえればいいからと、手当をもらえる前提で、

既成事実化されていました。

社労士会が認めたと言われるので、そこにも電話して事情を説明しました。

そのあとで、彼に先に手当てを受けられるからというのはどうかとSNSで連絡をいれたところ、

いきなり彼は私との連絡を絶ち切りました。

これまで、彼が職場で干されていた時に何とか支えようとしましたし

彼の資格取得を喜びもしました。

不正はいけない、公平にするべきだと主張していたのに、自分がいわば上の立場になると同じことをやるということでしょう。

このような状況はどうして起きるのか、取得できると既成事実化してしまうのかなど、議論、対策をしたかったのに、うるさいと言わんばかりにいきなりの連絡拒絶でした。

同じ穴の狢だったのです。

人はやはり、儲かるからと仕事を稼ぐ方向に行くのでしょう。

それが人なのでしょう。

でも、それでいいのか。

彼は自分が言っていたことと真逆なことをしているのでしょう。

馬脚を現したのでしょう。

 

10年前に大変な思いをして、建て直したものが、さらに壊される。

賽の河原の石積みと何ら変わりない。

途方に暮れて何らおかしくもない。

生きてほしい。

生き抜いてほしい。

頑張れというのは苦しい。

もう十分頑張ったから。

わかる、わかります。

そうだよね。

また最初、いやそれどころか自分がやったわけでもない残骸の後片付けから始まる、マイナススタート。

でも生きるのは今の目の前の場所。

それでも声をかけたい、ゆっくりがんばれ。

 

7月28日午後4時27分に地震発生。

福岡にいる自分のところにも携帯電話で、地震が近づく警報が届きました。

電気を切り、テーブルに隠れ、その後の経過を見ました。

グラッとした揺れでした。

その後に、熊本が震源とわかり、熊本に住む家族に連絡を入れましたが、なかなかつながりませんでした。

その間に、震度7の大地震とわかりました。

しばらく時間をおいて掛けてやっとつながりました。

家の中は、冷蔵庫はずれ、棚から食器が散乱。足の踏み場もないくらい。

熊本の中央区でしたが、水道は茶色の水が出て、しばらくすると透明になり、電気は使えたようでした。

あっという間に、これまでの平常の生活が消え去り、ただただ散乱し、壊れたがれきの中にいる、しかもその後に余震が続く。

被災された方々が避難でき、少しでも快適な生活を営めますように。

少しでも早く余震が治まりますように。

どうか、再度の大きな地震は起きませんように。

 

強も、自分は何をやってもダメ、失敗ばかり、周りに迷惑をかける、

怖くて仕事に行けなくなったという方が来られました。

こうあらねばならない、なぜこうしないんだと、自分を責めていらっしゃいます。

わかるよ、そうだよね、そう自分を責めてしまうよね。

今いるところが場違いな気がしたり、自分がいていいのかわからない

ずっと頑張っているけど、仕事は増える一方で終わりが見えない

回りからこれじゃダメ、もっとこうしろとか言われる

 

自分の居場所がないと感じると気持ちが疲れます

やってもやっても終わらないと、だれでも疲れてめげてしまいます

相手はアドバイスしているつもりでも、責められている、けなされているようにも感じますよね

わかります つらいですよね

 

少しでもいいから時間をおいて、自分を許しますと言ってください

そう考える自分を緩めます

自分を追い込むと、自分でどうしようもなくなります。

自暴自棄にならざるを得ません

自暴自棄になって、一番損するのは自分です。

逃げないといけません

逃げていいんです。

できないことは仕方ありません。

自分を大事にして

 

 

ワールドカップが終わりました。

最後は、アルゼンチンの選手が、スペインの選手にパンチして、ほどわして、引き倒して終わりました。

サッカーの試合自体は終わっていたのに、レッドカード(?)が出て終わりなのでしょうか。

試合から離れて、殴る蹴るなど危害を加えれば、傷害罪ではないのでしょうか。

同じことに、スーパーで買い物をしていたところ、一人の人が急いでいたらしく猛然と走ってレジに向かっていました。

その方向に、ゆったり、もっさりと商品を選んでいる人がいました。

もちろんぶつかりましたが、とっさに急いでいた人の口から出た言葉が、ノーファール、ノーファール。

サッカーの試合ではないのだから、ぶつかってノーファールはないですよね、

謝らない文化が忍び寄ってきているのでしょうか。

そのまま飲んで、水などで流し込むのではなく

水やお湯に溶いて服用してください

必ず効果が実感できるはずです

漢方2000年の歴史と言いますが、

昔は風邪でたくさんの人が亡くなっていたのです

即効性がなければ、漢方自体が生き残れたわけがありません

飲み方に問題があるのです

発展しない

昔のままが続く、そう思います

薬の効果は製薬会社がいっぺんに担っており、その効果の評価は製造した会社の評価が席巻しています

これが現実のものであればいいのですが、結構当たっておらず、それどころか後出しじゃんけんで、血糖値が高まり場合により死者が出る始末

効能があっても、その対象となる病名の定義も精神科の場合あいまい

うつ病や統合失調症の定義すら実はあやふや

もちろん幻聴が激しいなどの古典的な症状一辺倒の方もいますが、定義では表せれない方も多い

もっと、現実を分ける定義の見直しがいると思っています

例えば、うつ病だったら、自分にとってネガティブな思いが付きまとう、統合失調症だったら、周囲に対する不信感が異常に高いなど

ちょっと見ると、なんでこんな簡単なことをと思われるでしょうが、単純な、基本的なことに端を発して、発展していったものが、気持ちが沈む、楽しみ、喜びを見出せない、倦怠感、集中力の欠如に結び付いていること、つまりは今のうつ病の定義は、2次障害の症状の列記にすぎないこと

統合失調症であれば、疑いが集大成して、幻聴や異様な表情、自意識の欠如、離人感覚などの症状の定義は、いわば2次障害と言える症状の列記になっているのではないでしょうか

結局、受診者、患者の利益につながることから外れたことが、経済を基盤に展開されているのではないでしょうか

研究が患者のch苦節の利益につながるものだと思っていたが、大学で研究されていたことは上記のことでした

失望とともにいったんは研究から離れ、その後血液濃度でコントロールできるのかという問いに対して法医学教室で、薬物の分析に従事しました。

違法薬物、タバコ、アルコール、薬物依存症に関して、そこで独力で書物にあたり、ひいてはアメリカのミネソタ州、オハイオ州まで出かけました。

帰国後、アメリカもそうですが、日本の現状に失望しました。

だからこど、本当の定義とはと自分で考えこみました。

経済的には恵まれない道を選んで、はたから見れば馬鹿なやり方に見えるでしょう

自分に嘘をつきたくないだけです

医学の世界が、どうしても天動説に見えるのです

ガリレオらがいなければ、今も天動説のままだったのかもしれません

 

 

動物の一部の実験しかしていないのに、精神の専門家としてふるまう。

動物と人間て、同じ?

ライオンを調教している調教師は、背中を見せたが最後獲物とみなされ、首を食いちぎられ、ライオンの寝床の藁の中に食べかけとして隠されていた話は有名。

これまでずっと長い間一緒に過ごし、気持ちが通じ合っていると思えていたらしいが、人間と動物では本能の作りが違うことがわかる。

獲物とみなせば、即座にとびかかって首を嚙んで窒息させ、食べ物にしてしまう。

彼らは味覚が鈍感で、腐ったものでも平気で食べられる。

視床核、側坐核など人間の中で司る部分と動物の脳の部分で共通するものが多いが、それらの機能は一緒ではないのではないか。

これまでの常識と思われたものは、一度疑って、確証を得るべきではないか。

物を見る資格で見るという行為は同じでも、そこから伝導されるものが、物体とみるのか、食欲をそそるものなのかということ。

似て非なるものではないのか。

福岡県議会の海外視察でも、県議の知見というが、彼らの専門として取り組んでいたものはなにか、それとこの視察がどう結びつくのか。

あたかも都市全般の専門家として改善をもたらす知識の向上のように見せて、それがどう生かせているのか、県議が替わっても継続的に知識の伝達がなされるのか。

全て噓。

視察はいらない。

必要ならオンラインで賄えばよいし、どうしてもであれば、オンラインで補えないものを、代表一人ですね。

いずれにしても不必要と思います。

それよりも喫緊のすることがあるのではないでしょうか。

県民のためにと言いながら、これぐらい頑張ったんだからご褒美にという意味でしょうが、それは議員として選ばれたのが、県民に奉仕する公僕としての役割に合致するのでしょうか。

ご褒美とか休憩という意味なのでしょうが、選挙で選ばれてどうしても奉仕したいというのに、楽しみも必要と多額の税金を使うとは、理解ができません。

自分たちは何でもできる専門家だから知見を広げるのに旅行団が必要というのでしょうけど。

本当に知るべきは、専門にすべきは県民の苦境ではないでしょうか。

自分で勝手に拡大解釈をして、これも認められる、自分はできるとなっていないでしょうか。

測定技師に近いことをしてあった方が、担当部署が請け負う判断に口を出されたケースがありました。

部外者から見ると、その担当部署の持つ専門性を使って判断することでしたが、その修練、知識がないのに、世間一般で言うところの常識及び本人の正義感に基づく感情で代表として意見されていました。

部外者から見るとさも専門家が答えているように見えたことでしょう。

資格はないけど、拡大解釈して、意見を述べる、タコツボ型エセ万能学者よりもさらにエセ万能学者もいます。

 

引きこもりでも、依存症でも、うつでも、今の治療に対して一歩踏み込んでいくと、必ず、そうしたからよくないという反発を受けますが、本当に悪いいのでしょうか。

認知行動療法全盛ですが、これに対して疑問があります。

それ依存には森田療法なるものが全盛でした。

どちらに対しても懐疑です。

なぜなら、これまでの自分の考え方を残しながら、訂正、変更を促すものだからです。

反論するのだから、それに対する代替案を提案します。

これまでの考え方がまずかったから、現状にそぐわない間違ったものだから苦しむのです。

現状にそぐわない自分の悩みそのものが間違っているのです。

つまり、これまでこうじゃないといけない、こうしたいという考えそのものが間違っているからにほかなりません。

あなたに価値がない、壊れていると言っているのではありません。

考え方をちょっと変えてみればそこにはこれまでにない世界が広がっているはずと言っているのです。

つまり、こうじゃないといけない、こうしたいではなく、こうであってもよい、こだわる自分を緩める、許していこうよと言っているのです。

考え方はこれまでの自分の生き方。

つまり、そう簡単には変われないから、批判が出てくるのでしょうが、まずは、自分を許しますといい始め、続けること。

言っているうちに、その思いがだんだん自分に浸透していきます。

言葉は言霊、言うという行動をとるようになれば、それが習慣化すれば、違う自分になります。

ゆっくり頑張れ。