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メンタルクリニック百道浜 福岡市 早良区 精神科 心療内科 漢方外来 ついてる

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丁寧な診察を心がけ、必要な治療や内服をご提案しております。
診断書は経過観察や医学的判断に基づき発行し、初診時に症状確認だけで即日発行することは原則として行っておりません。

この前、買い物に行った際に、全身が映る大きな鏡がありました。

自分を見て、驚きました。

月日が経つのは速い。

中学に入って最初に聞いた洋楽、those were the days 、どころの話ではなかった。

老いた姿ではなく、年取った姿ではなく、・・・。

愚痴を言うくらいだったら、今できることをやる、悔いは残さない。

今できること、目の前のことに全力で取り組む、

燃えカスではなく、燃え尽きたほうが良い、そう思いました。

人の快感は接触で得られると考えました。

握手、キス、セックスなど、特に粘膜の接触で快感を得られる。

ただし、不快も同じ過程で。

結局、快感も、不快も、どちらも刺激に変わりはない。

変わるのは、それをどう感じるかの思い。

思うのは自分であり、また思うのも相手次第。

接触が深くて、長いほど、その感覚を鮮明に、強く感じられる。

第一印象が大事というのは、最初の接触、視覚の刺激。

話す声の刺激、聴覚。

言葉が意味を持つので、言葉を介する思いの伝達。

そして、触覚。

その過程のどこかで、いやだなと、自分か相手が思っているのを感じたら、そっと離れるのが賢明。

縁がなかっただけ。

人は結局、外見は違っても、似たり寄ったりの姿かたち。

この人はと思っても、実際にどうかはまた別。

縁がないのに、わかってくれるとか話せばわかると思って痛い目に会う。

そっと離れる。

人はそれぞれ違う。

必ずどこかに自分と近しい人もいるはず。

そっと離れて、新しい出会いを見つける。

 

 

 

 

 

つらさを抱えている人に、より良いものの見方を伝えるのではなく、

つらいことはしないでいいと勧めたり、他が悪いとやっていたカウンセリング。

どうしてそれでいいのかと。

人は集まります。

収益が上がります。儲かります。

それは、そのレベルの人がいるからです。

その段階が必要な人がいます。

そのレベルを経ないと、次に行けません。

その段階に10年も20年も立ち止まり続けますか、ということです。

つらい思いをしないでいいからいいんだと、集客を自慢していました。

しかし、自分は被害者と考えるのをやめる練習をしないと、上の段階で学べません。

 

 

朝、9時始まりですが、8時から来て下さる方もいらっしゃり、感謝しております。

早く来ていただくのは、それだけ信頼していただいてることと思っています。

掃除をしている姿を見せて申し訳なく思います。

急いできていただく方々、どうか事故に会わないように気を付けてください。

急がば回れ、心にゆとりを。

ゆっくりゆっくり、お先にどうぞの念です。

感謝しています。

すべての善きことが雪崩のごとく起きますように。

ありがとうございます。感謝、感謝。

人と人が一緒にいて安らげるのは、同じ考え方の人と居る時。

どんなに、社会的に、あるいはほかの条件でいいなと思っても、考え方が違うと、結局そりが合わすに苦しくなる。

当たり前に思えるが、人間には、所有欲、独占欲、性欲などがあり、勢いに任せるところがある。

人が人に惹かれるというのは、男性であれば、男性にしかないものがあり、

裏を返せば、自分にない女性としてのものに惹かれる、つまり、自分にないものを欲する。

しかし、ないものを求めれば、近づけば近づくほどに、自分と同じではないものに気づき、結局は考え方にしても違いを認めざるを得ない。同じ考え方の人はいないと知る。

当初、差異に惹かれても、差異に苦しむ。

しかし、人間に完全はないが、集まることで完全に成れる。

安らげるようになっても、細部にこだわれば、安らげなくなる。

人間には個性がある、逆に言えば差異を神様がつけてくれている。

差異にこだわれば、いさかいを生じる。

寛容の精神をちょっとでも多く持ち、集まることで、人間は安定を得る。

差をとる、個性は個性として認め、こだわらない。

こだわる自分を許せるようになれば、緩めて、集まれる。

安定、安らげるようになる。

 

不謹慎に聞こえるかもしれませんが、ご勘弁。

天皇陛下のご子息の愛子様は、小さいころ、私には何かぶすっとされているように見えました。

機嫌が悪いというのではなく、何かふさぎ込んでいる感じが。

皇族ですから、一般人のようにはいかずに、何かと制限がきつく、また何かと注目される存在で、さぞ大変だったと思います。

それが、最近の愛子様は、にこやかになられ、顔も含め魅力的になられていてびっくりしました。

被災地で、同年代のボランティアと話をしていて、マジっすかという反応に、マジでございますと返されたり。

丁寧なのか、包容力で応対されているのか、楽しまれているのか、いつもの反応なのか。

対照的に、雅子さまは。ひきつったような感じで、見た目が老けて、お顔のしわも深く見えます。

体型が恰幅が良く、以前はそうだったのかなとも。

視線は保たれているのに、まなざしに妙に緊張感がうかがえる気がします。

しかし、そんな風に見えても、まわりに対して気遣われ、周囲が見えている。

皇族という別の世界に住まわれているのですね。

当院に通院されていた方で、急な訃報をいただいた方がいらっしゃいます。

これまでに、入退院を繰り返し、自殺未遂も何度かされていた方でした。

多くのところで、何かと面倒がられていたようでした。

当初は、擦れた感じでしたが、時間はかかりましたが段々と表情が良くなり、

何とか続けてもらうと人は変わるものだと感じていた方でした。

これまでになにかと問題を起こされていたのですが、

やっと仕事について、回りと合わせていけるようになった矢先に、ご家族の不幸がありました。

それを転機に、これまでの仕事を辞めて、家に引きこもるようになられました。

月に1回の通院が、外出する時間といってもいいくらいになり、何とかできないかと、訪問看護などを検討していました。

家でゆっくり今はしていると言ってくれたのが最後の言葉になりました。

今でも耳に残っています。

亡くなられて発見されたときに、近くにお酒の空き缶があったそうです。

事件性はないように思えたが、通院歴があったので連絡したと、警察から連絡があり知りました。

中学時代に野球部で坂を登らされてきつかったーとか、もう酒は飲まんようにせんとねと、診察室で笑いながら言われていました。

一時期でも楽しく過ごせていたらと、今はご冥福をお祈りします。

心の中で、私には、通院者という感覚はありませんでしたし、通院していただいている方に対してもこれからもありません。。

同じ地球村の住人と、そう思っています。

少しでもお役に立てたらという気持ちだけです。

 

当方の都合で、大変申し訳ありません。

5月21日木曜日は、午前10時に終了いたします

次の日からは通常通り行います。

ご不便をおかけしますが、どうかよろしくお願い申し上げます。

服装倒錯証という、男性なら女装、女性なら男装することで快感、快楽を得るものがあります。これは、アメリカの医師国家試験で良く出題されています。診断基準などで知っていたので、そういうものかと思っていましたが、現実世界はかなり違っています。

ここでLGBTQが最近市民権をえてきています。

この服装倒錯証はほとんど、この中の、ホモ、レズビアンと言われる事象と同じなのです。

表現の違いだけで、内容は一緒。

人間は、脇を他者からいじられるとくすぐったくなって笑います。耳の穴や鼻の穴をいじってしまうこともあります。人間のでっぱたり、穴などへこんだり、括れたりする場所はそうでない場所に比較して神経が密なので、感覚が敏。ホモの人が互いの快感として、異性間で得られる快楽を、別の方法、似た行為で代償していることを、当初、奇妙だ、異常な感覚に基づくものだはと思っていましたが、耳の穴を弄って気持ち良くなることの類似と考えるとそれもあるのかと思えます。脇をくすぐられると、くすぐったく感じるのは、自分がコントロールするのではない、予測できない動きだからそう感じるみたいです。

人の行為は奇妙に見えても、結局は同じ人間のあくまで一行為。同じ状況で、同じ立場に置かれたら、私もあなたも同じことをやってしまうのかもしれません。人間は奇妙であり、何でもやってしまうのかもしれません。

だからこそ、自分はどういうことをして、自分だけでもそういうことはしないと思うこと、自立性を失ってはいけないと思います。

ライオンが日ごろ世話してもらっていた飼育員が背中を見せたとたんに襲い掛かり、

自分の寝床に隠してゆっくり食べていたという話があります。

本能が命じるままに獲物と見たと説明されていますが、

ライオンの考え方が人間の考え方と違うからではないかともいわれています。

犬が人間と話ができるかという番組がNHKで放送されていました。

海外番組の紹介ドキュメントだったのですが、結論は出ず。

ただし、会話というのは、一方的に伝えるのではなく、相互交流が必要だから、

スイッチを押して知らせるのはは意思表示であり、交流ができているわけではないと。

お互いにかぶった考え方の部分(例えば、外出する)をスイッチを押すことで、

会話できていると言っているのではないかと思いました。

犬は犬なりの考え方の世界を持ち、人間にはわからない世界があると思います。

犬が見る世界は白黒で、色がないらしいですし。

人間の中でも、相手がどう思っているかはわかりません。

それを補うのに、言葉、会話があるのですが、それを行っても、十分にはできません。

社会の原則に、人は人をわからない、人は人を変えることはできないと言うのがあります。

自分が分かっているのは自分だけ、自分が変えられるのは自分だけ。

ウクライナとロシアの、アメリカとイランの戦争も、お互いの意見対立があり、まとまりません。

地球村ができるのはいつのことなのでしょう。

地球から戦争がなくなるのはいつのことでしょう。

戦争という大事件だから大きく取り上げられますが、いじめにしろ、隣近所とのもめごとにしろ、

お互いの世界観、考えがわかりません。わからないから、第3者の介入が必要になります。

動物どころか、同じ人間であっても十分には分かり合えないから、間に挟むものを要します。

まず自分が先、自分を大切にすることがよりわかります。