福岡市早良区百道浜の精神科・心療内科 メンタルクリニック百道浜 オンライン診療|A Japanese Psychiatrist’s Perspective -2ページ目

福岡市早良区百道浜の精神科・心療内科 メンタルクリニック百道浜 オンライン診療|A Japanese Psychiatrist’s Perspective

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九州医療センターのそばを通りました。

通称4西、精神神経科病棟に勤務した日々を思い返しました。

最初はあまりにきつくて、土日はずっと寝ていて、買い込んだ冷凍パスタを食べるだけの日々。

段々慣れて、他の年下の若い精神科医師たちがずっと土曜日に出ているのにと、恥ずかしくなりました。

土曜日も出るようになり、段々慣れていきました。

院内の階段も迷路みたいでしたが、それも慣れてしまうと、頭の体操みたいで面白かった。

どうせやるなら、思い切り、悔いの内容にやり切ろうとしばらくしたら思えるようになりました。

時間があれば、他科の要請をすすんで受けるようにしました。

他の科の方から評価されたのはすごくうれしかったし、励みになりました。

辞める日が近づくにつれて、忙しいのに、何か懐かしくて、後ろ髪を引かれる思いでした。

平成14年のことですから、もう24年前ですか。

しているお医者さんはもういません。

永いこと勤められた高血圧内科の先生も数年前に退職されたのを、ウェブで知りました。

勤務しているときに、接遇の講義を職員皆に受けさせられたのも思い出しました。

また、当時院長だったS先生、皆の前で、こんなに忙しい時期をキャリアの中で持ってもいいんだと言われていましたが、

これに対して今でも違和感があります。

医療センターでの勤務は、忙しいかもしれないけど、価値があるもので、充実したものです。

こんなに忙しいとか、忌み嫌うような、他の人に押し付けられたというような、ネガティブな面はないと思います。

偏見、思い込みがあれば申し訳ありません。

充実していました。

 

このころになると、アメリカにいた時に心配した税金のことを思い出します。

アメリカにつくとすぐに、SSN(ソーシャルセキュリティナンバー)を作らないといけません。

これがないと、銀行口座は作れないし、自動車免許も。

つまり、これはいま日本で広められている、マイナンバーということです。

生まれてからすぐにSSNを持つので、アメリカの国ではそこに住む人は全員どういう経済状態かわかってしまいます。

日本でもそう目指したのでしょうが、何せ作らない人がいる、生活保護を受けると作れないなど、持たない人がいるので、あまり意味を持たないようになってしまいました。

本気でやるつもりならば、皆に保険証のように配る必要があったのではないでしょうか。

税金のことに話を戻しますが、心配したのは、私は収入がなく、自腹で留学したのですが、収入がに、つまり、0千と、0ドルを書いて出さないと、疑われるのではと心配したのです。

今から考えるとおかしな話ですが、当時は本気で心配していました。

相談したら、何もしなくていいと、研究所の人たちは言いますが、心配でたまりませんでした。

一旦0で書類を書いて出しました。

今から思えばバカな話です。

それくらい当時の私は蚤の心臓、異国での一人での生活で心身ともに擦り切れていたのでした。

顔認証カードリーダーの保証期間が5年で、今年でその5年が来ます。

このために買い替えを余儀なくされて、新しい第2世代を導入しました。

第1、第2世代の2台運用をしばらく続けます。

受付台が狭く、配線が混雑しています。

設定はどうにかできているようです。

オンライン請求、オンライン資格確認ともにできています。

業者に委託する余裕がなかったので、自分でしましたので、絶対的な確信は持てませんが、どうにか運用できるようです。

自力でやるしかありません。

医療補助の項目の使い方が分かっていませんでした。

たまたまマニュアルに目を通す機会があり、改めて使い方を知りました。

未熟です。

毎日が修行、修行。

何とか頑張って行きます。

メーリングリストに感謝。

 

第2世代顔認証カードリーダーを設定してるときに、第1世代の顔認証カードリーダーを読み取るパソコンでエラー。

仕方ない、これをいじっていておかしくなったら元も子もないと、放置。

すると、突然に、昼過ぎに電話がかかってきました。

全く面識もない方から、実はその解決法を知っているからと、メールアドレスを聞かれた。

あまりに突然のことで、これはもしかしたら怪しいことになるのではと警戒はしましたが、それにしてもパソコンの故障で詐欺まがいのことが起きるはずはないと、こちらのメールアドレスを教えました。

すぐにメールが届きました。

本当に感謝します。

書いてもらった内容でパソコンを操作すると、まったくエラーが出なくなりました。

見ず知らずの自分をサポートしてくれるとは、世の中捨てたものではありません。

感謝、感謝。

共同コンピュータ株式会社
 DX営業部 部長
  宇野 申一 さま ありがとうございました。
 〒918-8011 福井市月見5丁目4番4号
  tel 0776-36-0325
  fax 0776-36-0326 

全ての善きことが雪崩のごとく起きました。

一旦は見れるようになりました。

しかし、一向にわからないのは、共有という項目です。

ここに見る側のアカウントを入れるのですが、何もしなくても、ネットワークドライブを割り当てると、なんとそのまま見れてしまうのです。

これは一体?

パソコンを本当によくわかっていません。

でもとにかく、、1代目のリーダーを抜いて、IPV4アドレスを前のものにすると、そのまま使えました。

何か、煮え切れない。

今度は、1代目、2代目を同時に運用できないかに挑戦します。

顔認証リーダー作成が2回目ですが、今回は勝手が違いました。

Panasonicにはパソコンが内蔵されており、ある程度入れてあったので、なめていました。

大やけどです。

一旦は認識されたカードリーダーが、認識されなくなりました。

適当にプログラムを順番関係なく入れたのがまずかった。

あー、やっぱり、書いてある通りにプリントアウトして、徐々にすればと、いまさらながら。

いよいよ追い込まれました。

今までならできなければ、パソコンを入れ替えればよかったのですが、今回はそうはいきません。

パソコン内蔵の悪い点がでました。

追い込まれました。

37万円が消えるか、どうか。

自分にかかっています。

土俵際です。

一旦入れたアプリを除かなくてはなりません。

2度手間ですが、しないわけにはいきません。

ここで間違えるといけません。

Panasonicに必要なものは入れておかないといけないのが怖いところです。

そして、最初から大量の入門書をプリントアウトして、それに沿ってまた一からやり直します。

売り上げが少ない零細クリニックとしては、37万円は大金です。

何とかしなくてはいけない、焦っちゃいけない、間違えちゃいけない。

今日から、いきなり正念場です。

 

今から思えば、背伸びをして、私立の中学に行っていました。

いつ悪い点を取るんじゃないかと、いつもびくびくしていました。

だから、何冊も問題集を解いていないと落ち着かなかった。

勉強が好きだったのではなく、恐怖心から勉強していたのだと思います。

高校3年になると、その先は中学や高校のように、普段通りに上がっていくわけではありません。

大学という選択があり、どこへ行くのかを自分で決めなければならない。

それまでずっと、「点数を高く取る」という目標だけで走ってきたのに、その目標が急にぼやけました。

何をしたらいいのかわからない。

それでも、落ちたら悪いことだと思っていました。

周りは受かって、自分だけ落ちたらどうしよう。

そんなことばかり考えて、勉強が手につかなくなりました。

結果は、これまでの成績からしたら「どうして」と思われるようなものでした。

でも、試験当日はテストどころではありませんでした。

虚脱して、何をしているのかわからない。

今思えば、仕方なかったのだと思います。

浪人しても、特に猛勉強することはありませんでした。

「大学への数学」の学力コンテストをやったり、NHKの「ビジネス英語」を聞いたり。

自分のペースで過ごしていました。

さすがに共通一次の前には緊張しましたが、今度は大体の目標が見えていました。

現役のときほどの動揺はありませんでした。

そして合格しました。

でも、喜びはありませんでした。

ただ、終わった。

そんな虚脱した感じでした。

大学時代も、ただ過ごす。

だるい。

本当に無気力な、ダメな学生だったと思います。

人が信じられないから、代筆を頼んでも、やっぱり自分の名前だけを書きに出席して、また帰る。

国家試験のときには、高校時代にあれだけ勉強できたのだから、国家試験の勉強なんて何ということはない、と思っていました。

そして国家試験に通っても、やはり感慨はありませんでした。

ただ終わった。

また、それだけでした。

本当に、生きているのか死んでいるのかわからない。

そんな無味な状態でした。

人から見れば、目が死んでいたでしょう。

今、生活保護の人や、うつで苦しんでいる人に「少し外に出てみましょう」と言っています。

でも、当時の自分は、もっとひどかったのかもしれません。

留学も、積極的に「行きたい」と思ったからではありません。

ほかの人がやっていて、自分がしていない。

それでは負けたような、後ろめたいような気がする。

だから、行かなければならない。

これも、今思えば後ろ向きな動機でした。

そして、そこで、とてつもなくひどいいじめに遭いました。

死んだような状態の人間は、いじめる側からすれば、いじめがいがあったのかもしれません。

そこで私は、金銭的に裕福な人ほど、やり直しがききやすく、自由度が大きいということを、肌で感じました。

そしてもう一つ、人間の集団というものについても、嫌というほど学びました。

医師とか、先生とか呼ばれている人でも、結局は群れています。

一人で立って、自分が正しいと思うことを言おうとすると、孤立する。

そして、孤立した者は、いじめの格好の的になる。

「正しいものが負けてはいけない」と言います。

けれど、正しいかどうかとは別に、その場を牛耳っている人にとって都合がいいかどうかで、人の扱いが変わることがあります。

長いものには巻かれろ。

結局、そういうことなのかもしれません。

これはどの世界でも、そうなのだと思います。

ひどいいじめに遭い、帰国して、そこから離れた第三者の目で見るようになって、余計によくわかるようになりました。

国家試験にパスして、

「名義貸しでもいい。何もできそうにないから」

などと言っていた自分が、今はその真逆にいる。

これは、なんとも皮肉なことです。

真面目に頑張っている人の側。

世間的に弱い立場にいる人の側。

そこに立っている。

儲からない。

それでも、弱い立場の人を後押しする。

そんな愚直な毎日を送っています。

ところが、そんな自分のところに、

「来てもいないけれど、交通費をもらうために、来たことにしてくれ」

とか、

「何年も来院していないけれど、母子援助が必要なように書いてくれ」

という人が来ます。

これは、さすがにできません。

来ていないものを、来たとは書けない。

治療していないものを、治療しているとも書けない。

生活保護だから、自分の手出しはないから、定期的に来なさいと言って、患者さんをつなぎとめる。

そういうやり方も、世の中にはあるのかもしれません。

社会的な問題を起こさないためには仕方がない、という言い分もあるでしょう。

でも、私にはできません。

ずっと来院していなくて、診断書があれば援助がもらえるから書いてほしいというのであれば、これまで通っていたところに相談するのが筋でしょう。

実際には、どこにも行かず、それで済んできたのかもしれません。

愚直に、真面目にやっていると、そこに目をつけて、ずるを考える人もいます。

そして、そういう人たちは、用が済むと、それっきり来ません。

治療が必要だから来ているのではないからです。

考えてみれば、私は昔から、恐怖心に追い立てられて生きてきたのかもしれません。

悪い点を取るのが怖い。

落ちるのが怖い。

人に負けるのが怖い。

仲間外れになるのが怖い。

いじめられるのが怖い。

そうやって逃げるようにして、医師になった。

ところが最後にたどり着いたところは、効率よく生きることでも、うまく世の中を渡ることでもありませんでした。

損をしても、来ていない人を来たことにはしない。

困っている人には、できる範囲で手を差し伸べる。

正しいと思ったことは、できるだけ曲げない。

なんだか、ずいぶん遠回りをしてしまった気がします。

でも、38年も医師をやってきて、結局、自分はそういうところに戻ってきたのかもしれません。

儲からない。

要領もよくない。

それでも、毎日、黙々とやる。

それが自分なのだろうと思います。

自分らしいって何だろうね。

死んだとき、死ぬ間際に、自分はこう生きてきたんだと思い返すことかな。

人から無理やりさせられた、こんなことしかできなかったと思うかもしれない。

でも、最後に、実行したのは自分。

いやいや受け入れたのは、結局受け入れてその流れに乗ったのは自分。

自分らしいのは、そう、自分がそうしか行動できなかった、その方向性、考え方だったのじゃないかな。

後で振り返って、悔しがってもその時はそうしかできなかったし、それが自分だったんじゃないかな。

自分らしいとは、結局とった行動のことじゃないかな。

それが自分で、納得、満足できるかは別。

その時はそうしかできなかったんだから。

仕方ないよ。

まあいいか、まあいいか。

これからのことを考えて、過去は終わったこと。

最後、死ぬときに、せめて、あーそうだった、そうだった、そうしかできなかったもんなと言えるようになりたいね。

昔におしんというテレビ番組がありました。

それ以前にも、貧しい田舎の娘たちが、 製糸工場 で働かせられていました。

あるいは、売られていくというという話も。

その中には、中にはですが、たくましく生き抜いた女性が多数いたことが今では知られます。

製紙工場では、仕事が決まっていて、給料、休み時間があり、家にいるよりはずっと楽と楽しんだものもいたようです。

もちろん、売られていくものの対極に買うものがいるから成り立つこと。

お金持ち、分限者、資産家と言われる人たちですが、これも今でいう資本家と同じく、人を使う側にいるもののことです。

儲かるもののために、儲からないものが汗水たらして、苦しんで、切羽詰まる。

何も今と変わりがあることではありません。

そして、売られた少女たちが生き延びれたのはなぜかと思いました。

現在で同じ状況があれば、回りと比較できるのですから、あの人はとか、私だけとか、回りと比較して自分を嘆いてしまっていたことでしょう。とても生きていけるような状況ではありません。

このような比較を考えてみれば、現在において苦しんでいるのは、これまでの時代よりも苦しんでいるのは、すべて自分が作り出していることがわかります。

そこで苦しんで何になるでしょう。

苦しむだけ、自分をさらに傷つけていることに他なりません。

今苦しいのはわかるよ、そうだよね、わかるよ。

だからこそ、だからこそ、自分をさげすまないで、傷つけないで。

考えずに、心から、自分を許しますと言おう。

言っているうちに、新しい時分、新しい考えが出てくるから。