人は痛いところ、核心を突かれると、わかってるからと怒り出します。
自分でわかってるけどどうしようもできないと言う抵抗なのです。
怒らせると伝わることも伝わらない、だからそこは避けて無難なことを話せばと言う人もいます。
神様は人の前にハードルをもってきて、そこをクリアしたら、上の段階に引き上げてくれるみたいです。
そのハードルを避けようとすると、一時的に目の前に障害がなくなるかもしれませんが、今度はさらに高いハードルを神様が持ってきます。
天網恢恢、疎にして漏らさず。
現実から目を背けていると、時間が経てば経つほど、その現実の問題はさらに大きくなっていくと言うことです。
目の前の現実から目を祖ささずに、一つ一つ対処していかなければいけないのが人間。
築いたことは言わなければならないと言う思いを持っています。
気づいてもらいたいのです。
指摘して、ふざけているのはありません。
不登校の問題で、ちょっと前は教育委員会や精神科医内で、刺激になるから触れないで休ませておくのが主流でした。
改善、改良ではなく、現状jで何風立たないことが大事でした。
それが今はガッコ区の情報を入れながら接触していくに少しずつ変わりつつあります。
私はそれでも物足りなく思います。
どの問題にしても、責める気持ちはないこと、そのうえで、感謝の気持ちを持つことが大事、自分を許していこうと自分を緩めること。
わかってるから、そんなことしてどうなる、もういいなど声を荒立てて返されたり、逆に怒鳴られたなど言う現実と違うことをいう方々ばかりです。
あくまで冷静に言っています。私が怒鳴る必要があるのでしょうか。
彼らはそれだけ過敏なのでしょう。
ある人は、その人は今世では理解できないんだから仕方がない、来世、さ来世まで、ずっと学びを続けるのだから仕方ないよという人もいます。
だからこそ、私は言い続けますよ。
わかってもらえず、来院されなくなっても仕方ないです。
必ずどこかで気づいてくれると信じていますから。