アメリカ人と日本人では笑いのツボが違います。
顕著なものの一つに、映画を見ていて、
砂の上で、穴からぴょんと人が出てくるだけで、大笑い。
何がおかしいのかわからないので、異次元空間に入った感じです。
何気なく書く漢字に対して、ワオー、クールといちいち言われると、戸惑います。
総じてアメリカ人の筆記は、字や数字が汚くて読めません。
本人たちも自覚していて、あなたのようにきれいには書けませんと言います。
決して私の字がきれいではないのですが、とにかくアメリカ人の筆記は雑です。
他人のふり見て我がふり直せでした。
アメリカのバスに乗ると、運転手に若い女性が多かったのを覚えています。
そして、車いすを使用している人がいると、運転席を降りてバスに設置されている昇降式のフレームを使ってバスに乗せます。
その間、利用者はみな当たり前の顔で待っています。そして、何事もなかったようにバスが出発します。
ミネソタ大学構内で、学生の中で、腕が左右で大きさが違う人、歩行器具を使っている人など、身障者の方を多く見かけました。
日本では目にすることが極めて少ないことです。
アメリカ人で障害を抱えて生活している人が日本よりもかなり割合も高いと思います。
アメリカでは生食で卵を食べることが大変難しいことです。牛乳も4リットルが当たり前、ワクチンなどの接種が当たり前に行われています。これは医療制度の違いで、これらの接種がスーパーマーケットの一画の薬局で行えることも関係しています。おそらくですが、かなり薬害があるのではないかと思います。キリスト教の精神の延長なのでしょうが、人体を人がコントロールできる、薬でコントロールできるというマインドセットが根底にあると思います。薬ができる限界を考えていないようです。うつ病や統合失調症、ひいてはヘロイン中毒に対して、薬物治療でのコントロールが凍ろみられています。ヘロインで言うと、結局別の麻薬を毎日病院で登録している依存症者に面前で飲ませるという皮肉な結果になっています。これは治療法だと胸を張って言われたときには、ものは言いようだと感じました。