福岡市早良区百道浜の精神科・心療内科 メンタルクリニック百道浜 オンライン診療準備中

福岡市早良区百道浜の精神科・心療内科 メンタルクリニック百道浜 オンライン診療準備中

地下鉄西新駅藤崎駅から車で5分。福岡市早良区百道浜3丁目の精神科・心療内科【メンタルクリニック百道浜】です。今後、当院では通院の負担を減らすため、スマホ1台で自宅から受診できる「オンライン診療(通院精神療法)」の準備中です。

福岡市早良区百道浜3-3-1 092-833-2121
13時から14時は昼休み、原則、日曜祝日は休診 受付終了30分前
月から水、金9時から18時 木9時から13時 土9時から14時
医療DX推進体制整備

駅から離れておりますので、お車(駐車場有、建物地下の出口近くの7番8番)か、バス(ももち浜クリニックゾーン前バス停下車)でのご来院が便利です。

幸せと思う人だけが幸せな人です

パニック発作、電車に乗っていて出れないことに気づいたりして急に息苦しくなり乗っていられなくなったり、歩いたり、経っていて急に動悸がし始めて立っていられなくなり、時に意識がなくなる。

不安発作の急激で強度なものと認識されているのではないかと思います。

それだけを取り出して、どうしたらいいのかと対策を練って、昔はペーパーバッグなど(今では、二酸化炭素を余計に吸い込み逆効果との判断)やっていました。

急に天罰が下ったかのように思われているようですが、実際はそれまでにうつ症状を抱えていて、その身体症状の一形態ととらえたほうがいいと思います。

対策として、よく、ソラナックスの頓服、パキシルの服用などが書かれています。

当院では、パニック発作を起こされた方には、まずは症状のない生活を送れるように、レスリン、PZC、ワイパックスの3種を服用していただいています。

そのうえで、何のことか意味は分からないでもいいですから、自分を許します(緩めます)と、10回言うように指導しています。

自分を許せない自分、自分を締め付ける自分がいるから、苦しくて、動機、息切れ、胸部圧迫館などが出るのですから。

 

 

これまで腰痛で悩んでしました。

今でもそうですが、ちょっと光明が見えたというか。

ネットで検索したところ以下のようなストレッチがありました。

①椅子に座って、片方の足のくるぶしをもう片方の足の膝の上にのせて、上半身を前に傾ける。

20秒キープ。

②椅子に腰かけて、椅子の背をふょう法の手で持ち、ゆっくりねじって、20秒キープ。

③キャットアンドカウ:四つん這いになり、自分の臍を見るような形で背を丸めて、20秒キープ。

その後、おなかを突き出すように猫の背伸びみたいにして、20秒キープ。

③椅子に腰かけて、片方の手を上に突き出して、その手首をもう片方の手で握り、反対方向に傾けて、20秒キープ。

④立った態勢で、両手を組んで前に突き出して、20秒キープ。

首が痛いときは、重ねて、へそを見るように頭をもたげる。

⑤両肩をぐっと持ち上げて、20秒キープ。

結構痛みが和らぎました。

もっと前から知っておけばと、悔しい思いです。

これまで、プロチアデン、ノリトレン、アモキサンなど、長らく使われていた抗うつ薬が生産中止になりました。

九州医療センターの定番だったプロチアデンがなくなったのは大きな痛手でした。

しかし、これがもとで、やり方に変化が生まれました。

意欲が出ない、気力がない方に、テシプール(セチプチリン)

動悸、焦燥感、睡眠障害の方に、レスリン(トラゾドン)

 

食欲がない、気持ちが乗らないかたに、ドグマチール(スルピリド)

めまい、ふらつき、動機などで困る方に、PZC(ペルフェナジン)

 

組み合わせの妙ができました。

ドグマチールは、女性化乳房、特に女性の場合、乳房の張り、乳汁分泌、生理不順、乳房の肥大などの副作用があり、副作用発現の前に変更が望ましい薬物です。

 

どれが一番かなどは、決めることはできません。

逆に考えれば、症状をある程度抑え、生活が円滑に送れるならば、それが一番と考えます。

 

SSRI, SNRIなどの、新規抗うつ薬に関して、製薬会社が述べるほどの効果が今一つ感じられませんでした。

決して使用しないというわけではありませんが、1剤で、1日1回という使用法が多く、印象としては、症状を抑えて、自身の自立した生活を送るよりは、仕方なく合わせてだましだまし生活している感じがして、考え方を変えていく段階にもっていくのが難しいように思いました。

 

 

これまで処方したベンゾジアゼピン系の薬剤に関して、眠気とか不安を鎮静するなどの作用の強弱の個人的印象を書きます。

弱いと思う順で

①セディール(タンドスピロン)5㎎

②レキソタン(ブロマゼパム)1㎎

③ワイパックス(ロラゼパム)0.5㎎

④リーゼ(クロチアゼパム)5㎎ ソラナックス(アルプラゾラム)0.4㎎

⑤レキソタン(ブロマゼパム)2㎎ セルシン(ジアゼパム)2㎎ デパス(エチゾラム)0.5㎎ ランドセン(クロナゼパム)5㎎

 

上記のような5段階で考えています。大体、ワイパックスあたりまでは眠気がほとんど感じられないと思われます。

リーゼに関しては、これまで、女性ですが、すごい眠気でフラフラするという方を数人経験しました。

このため、④以上のものは眠気に注意しています。

おおむね、抗不安→筋弛緩→抗けいれん→鎮静・催眠→健忘 前記のような感じで作用が発現するようです。

 

ただし、作用が発現しても、その効果を受け取るのは個人ですから、それを気持ち悪いと感じたり、気持ちが楽になったと感じるのは人それぞれ。時と場合でも違いはあると思います。

 

抗うつ作用として、3種のものを組み合わせて処方していますが、抗うつ薬だけでなく、抗不安薬の違いだけで、調子が悪い、前のほうが効果があったと言われる方が結構いられます。

例えとして、うつ状態になったのは、行ってみれば登山していて上に登ろうとしているのに、道に迷い下山している状態みたいなものですと言っています。進行方向を変えるのに、まず立ち止まること、それから進行方向を直すことが必要。薬はこの立ち止まる、症状を抑える役割にすぎないし、頼りすぎて、ただ止まっているだけではよくないですよ、考え方をちょっとでいいから変えていきましょうと話しています。

止まるからにはきちんと止まる、不安、焦燥感がある程度収まることが必要ですよね、

気持ちいい、ボーとすると言うのは、ちょっとらりっていて、強すぎると考えるべきだと思います。

高校まで英語の勉強をして、大学で勉強をして、社会人になっても、TOEFLやTOEICの練習問題を解いたり、NHKのビジネス英会話を杉田敏のころからなので40年以上やっているのに、それでも今のラジオビジネス英語でシャドイングはそうそうできません。

今振り返って、ハッとしたのが、それはすべてテキストに書いてある、誰かが作った分をそのまま読んで、暗記して、しゃべっての繰り返しで、どんなに覚えても、自分が言いたいというものではないから、その場面だけで通用するものだから、やっぱり頭から離れてしまいます。

以前に、日本語学校の日本語学習用のテキストを見ると、普段は使わない固い日本語が掛かれているのを見たことがあります。

いま日本にきて、コンビニなどで働く人は流ちょうな、本物の日本人以上に語彙が豊富で、イントネーションも違和感がありません。

キックと、相当な理学博士だったり、高度な知識を身に着けている人が多いです。

コンビニで働かなくてもと思いますが、それでも日本に居たい、日本では戦争がないからという記事を目にしました。

それだけ祖国の危険な状態なために、これまでの自分のキャリアを投げ出しても、平和な世界を求め、そのために必死で日本語を習得したのでしょう。

ちなみに、綿足が目にしたものは、古典的な日本語で、敬語が使われ、現在街で聞くようなものとは一線を画していました。

その表現のレベルの日本語を話すのですから、きれいな日本語です。

よっぽど、彼らのほうが日本語ネイティブと思えました。

必死さと、習ったままにするのではなく、場面を違えて使う、その言葉だけの世界で通す、自分だけの時に独り言で周りを説明する、絶えずその言語だけを使って初めてものになるのでしょう。

ちなみに、アメリカなど英語圏に留学しても、そうそう帰国して話せません。

なぜなら、ついつい日本語で館g苗、通常は日本語で過ごしていますから。

帰国者に、ふりをしたい、往々にしてそんなプライドが、上から目線が、時折目につきます。

こうしとけばよかったのに、なんでこうしなかったんだろう、あー非難された、怒られた、指摘された、あの時こんなことさせなかったら、なんて考えてしまいます。

それが積もり積もっていき、いつも考えたり、絶えず浮かんでくるようになるのがうつ状態。

これって誰にもあるけど、なんで考えてしまうのかな。

アメリカ人や中国人は、自分が悪いじゃなくて、こうやって起きたなんて他人事みたいに言ったり、自分のせいじゃないなんて他責にするような表現が多いです。

同じ人間ですが、考え方が違うのです。

だったら、同じように考えるようにしたら悩まなくて済むのにと思いませんか。

これは、日本の教育で刷り込まれてきたから考えてしまう癖がついたのだと思います。

受験で、こうしなければ点数が取れない、間違い、だらこうやれ、なぜできないということがありませんでしたか。

テストで、あー失敗した、こうしとけばよかった、もっと勉強しとかないといけなかったなど。

あるいは、テスト前に、どうしようもない、もうダメ、自分はダメと追い詰めたんじゃないでしょうか。

もちろん、テストは期限を区切って追い込むものですけど、それを楽しむ余裕がないといけなかったのでしょう。

全員ができるわけじゃないけど。怠けてると評価されるし、烙印押されもするし。

結局、テストによる点数で、ダメ、頑張っていないという評価がなされてしまう世界で生きていたということ。

でも、社会に出ると違います。学校という教育の世界とは違う世界。

でも、そこで学歴を引きずって、品定めが行われる。

人によってはどこまでもそれを基準にする。

学校という教育は特殊環境であって、そこで評価されないものもたくさんある。

やさしさ、気がきくこと、回りに明るく接すること、人の好さ、いろんなことが。

社会に出て、大切なことは、どれだけ人の役に立てるか、優しくできるか。

それじゃないのでしょうか。

だから、自分を縛るのを少しでもやめてみませんか。

自分を許しますと言って。

 

福岡県の都築学園グループ(福岡第一高校や第一経済大学など)が商業的・経営的視点で批判された件のほとぼりが冷めたのは、時代変化による私学経営の一般化、留学生受け入れ等による実績の定着、および長期経過による社会的関心の移行が主な理由です。 

 

今や、教育は儲けるからしているが当たり前。

でも、教員の給与は低い。

経営者側に吸い取られる。

 

でも、同じことはどの企業でもいえる。

取締役の給与が3億とかそれ以上とか。

月額に直すと、数千万円、あるいは億単位。

それなのに、会社の経営が悪いという。

病院でも、病院経営が苦しいというが、理事長の給与は億単位、少なくても3から5千万円はあるとか。

結局、下に付く側に回らずに、経営者側に保険点数分は流れているに等しい。

 

こうやって考えると、経済って、結局はねずみ講とそれほどの違いはないことがわかる。

職業に貴賤はないというが、所得に差があり、所得が高いほうに恩恵が高ければ、それこそ貴賤ではないのか。

 

福岡県議会の問題が明るみに出ていますが、それ以上に隠れて税金を我が物顔に取っていたのではないかな。

議員は世襲制で殿様稼業ですね。

これでまともに県民に奉仕する議論がなされていたのでしょうか。

 

教育でも儲けるためにしているのですから。

教育の成果は大学の卒業認定で測られるから、大学を経営すると人数を集めることに奔走する。

別の評価尺度は、結局受験の成果。

国立の名前が知られている大学であれば、人数を集める努力ではなく、人数を絞る。

ここで合格の価値が上がる。

 

そこににどれだけ通したか、それが進学校としての評価になる。

下に行けば行くほど、ステータスの高い、偏差値の高い学校にどれだけ通したか。

どれだけ実のある教育を施したではなく、どれだけ通せたか。

ここに、塾の存在が加味される。熟こそ合格で評価されるものだから、合格しやすい子供を集めたがる。

あるいは、塾でどれだけ通したかで、ステータスを誇る。

人間はどこまで言っても、人の評価を気にする、人の目を気にする動物。

ここで商売が成り立つからくりが生まれる。

 

 

 

これまで、病院は小さいところであろうと大きいところであろうと、

自分のところで検査して、処方して、研究していく印象を、私は持っていました。

実際に医師になり、勤務してみると、検査は外注、結果が出るまでに数日かかるし、

クリニックでは採血できないし、そこで研究というものはなく、

いわばプロトコールに乗って、さばいていく感じに近い状況でした。

処方するには、処方する根拠があるはず、でも精神科の病名はアバウトで、

だったら状態に対してなぜその処方になったかを求めました。

そして、実際に効果と言えるものを評価するにつれて、

おおむねこのような処方であれば問題なく、状態の終息につながるというものが出て来ました。

ここで落とし穴もありました。

受診者が言う良かったということと状態が落ち着き、生活が円滑に遅れるということには違いがありました。

楽になったには結構らりっているに近い状態が含まれていました。

特定の薬剤に固執するのではなく、とりあえず服用していて生活に支障がなくなったを目標にすべきと感じました。

そして、一番肝心の治療とは何かを突き詰めました。

今の治療と言われるものの流れは、薬剤を飲ませて、気持ちが良かったを終着点にしていないでしょうか。

これまでの考え方が今の辛さ、苦しさをもたらしている、だからこの考え方をちょっとでいいから変えてみようよというものです。

偏った、あるいは間違った考え方でも、これまでそれでよしとしていたのですから、そう簡単には変えれません。

その人の生き方そのものに直結します。

だからこそ、ちょっと、ちょっとでいいから。

往々にして、自分を縛ています。

こうあらねばならない、なぜこうしなかった、きつく言われた、邪険にされた、あーダメなど。

今この時点で、反省、後悔しないならしないでいい状況なのに、今ここで攻撃されているわけではないのに、攻撃しているのは自分。

登山しようとしているのに、道に迷って下山しているようなもの。

まずは立ち止まりましょう。でも焦って余計に足を速めたいものですよね。

この状態にストップをかける、これが内服する意味ではないかと考えました。

止まって、周りを見回し、正しく上に登る道を選択する、つまりちょっとでいいから考え方を変えようよというものです。

自分を許します、まずはこれを10回言ってみてください。

すべての善きことが雪崩のごとく起きますように。

 

男女差はないと思います。

幼稚園やそれ以前の様子からすると、髪の毛を長くしたり、来てる服の様子から男女差がわかりますが、仮に逆にしたらどうでしょう。

私もいじめにあいましたが、歳を取ってママさんバレーをしている人から聞いた話ですが、男たちが見ている時はキャーキャー言って陽気にしているけど、男たちがいなくなると、あんた何よとか、思いっきり投げつけてくると言ってましたし。

性器(男根-チンコ、女陰ーオマンコ)の違い、筋肉や骨格の違いはあるにしろ、同じ生物でしょう。

ただ、社会風習として、女性が髪を長くしているのは、例えばテストなど競争するにおいて不利になると思います。

考えていると、頭が熱くなるので、髪が長かったりするとそれだけ熱をもって不利ということです。

また、トイレにしても、男性であれば、小便器があり、そこが埋まっていれば、大便器を代わりに使えますが、女性は大便器しかないので個数が少なく埋まりやすい。

男性は精液がたまり、それの排出欲求が生じるのに対して、女性は生理がある。

様式、用途の違いはあれ、全体でみると、似たようなことが起こっているのではないでしょうか。

一人一人違っているし、回りに目を向ける前に自分をどうするか、そこに目を向けれる人が素晴らしいと思います。

結婚にしろ、友人関係にしろ、自分が先、自分を変えれるのは自分だけ、人のことはわからない。

自分はこうしたい、こういう基準、自分で考える、そんな人が素晴らしいと思います。

昔別のクリニックに勤めていた時に通院されていた人から、転院したいが主治医が怖くてて人を切り出せない、どうしたらいいかと受診されたことがあります。

今私のところを受診されたということは、今の主治医は私になります。

再度、病歴など、あるいは服用して拙かった薬などの注意事項をお聞きし、それをもとに紹介状をお書きもします。

当院でよければ、当院に通院されたらいいです。

今あなたは、今の環境でにっちもさっちもいかなくなっている、そこで私に相談するという、一歩踏み出したのです。

この踏み出しが、自分の自立性を取り戻す一歩だと思いますよ。

自分が安心して、落ち着いて受診できるところを探しましょう。

そのために当院を利用するのでもかまいません。

私は、受診される方が皆、自立性、主体性を取り戻すこと、それこそが治療の主体だと思います。

薬をのませること、配布すること、定期的に通院させること、それは治療の主体ではなく、これらは治療の先支えでしかないと思います。