その18 陶芸に興味を示す王次
村の診療所は、患者さんも少なく、梨佳達は以前とは、比べ物にならないほどにのんびりした時間を過ごせるようになりました。
人口の少ないその村では、急患も殆どなく、休日もしっかり取ることができました。
日曜日になると二人は、よく連れ立って、都会へ出かけました。
王次が、土をこねている姿を見て、この人は陶芸に関係していた人に違いないと確信した彼女は、記憶を取り戻すための小さな便(よすが)にでもなればと、出かけた時は、行った先の美術館に、なるべく立ち寄るようにしました。
幸い二人の趣味は合っていて、美術品中でも、陶磁器を見るのが大好きでした。
王次はその面の造詣(ぞうけい)がとても深く、彼と一緒に歩く事によって、彼女のそれまで知らなかった新しい陶磁器の見方を知ることができました。
二人は美術館を出た後の喫茶店で、いつまでも、その日見てきた見術品についての感想を述べ合っておりました。
王次の批評は斬新で、どれだけ聞いても飽きるような事はありませんでした。
王次はこちらでの生活が積み重なってくるに連れ、失われた過去に、あまりこだわらなくなりました。
彼には自分のすることが、おぼろげながら、見当がついてきたようでした。
やがて王次は、街に出かけ、小さな窯や、簡単な手轆轤といった陶芸のための道具を一揃い買ってきて、轆轤を挽き、茶碗や花瓶といった作品を焼くようになりました。
無釉で、焼き締められたその陶芸作品は、窯の温度が不十分で、彼自身がまだ満足のできるものではありませんでしたが、素朴で、とても味わいがありました。
その作品は、待合室に飾っておくと、必ずといって良いほど誰かがもっていきました。
特に、彼の作る動物からヒントを得て形作った置物などは、そのユニークさとユーモラスさで、とても人気があり、皆奪い合うようにしてもらっていく始末です。
「凄いねー。王次さんの作った物、もう欲しがる人が多くて困るくらいよ。
きっと以前は、こういったお仕事していたのね。」と梨佳。
「そうかもしれないなー。私も最近そう思うようになったよ。こうして、土に触れていると、とても安らぐから。
でもねー、不思議な事に、今のように、形を作って素で焼いているだけの時は、楽しいけど、
それに掛ける釉薬の事を考えたりすると、急に頭の中が、もやもやしてきて痛くなり、胸もなんだか苦しくなって来るんだ。
私の頭の中は、いったいどうなっているんだろう。」と王次は悲しそうな顔をします。
その19 予感
二人はとても幸せでした。
梨佳は、陶芸に夢中になっている王次の姿をみていますと、それだけで幸せでした。
時間が止まって、この幸せが、永遠に続いて欲しいと願いました。
しかし王次が、陶芸の世界へ、次第にのめり込んでいくにつれて、ある不安が、頭を擡げて(もたげて)くるようになりました。
「もしも彼に記憶が戻ってきたら。」と考えますと、居ても立ってもおれないほどの、不安が襲ってくるのでした。
記憶をとり戻した後、彼が、このまま此処で、一緒に過ごしてくれるとは限りません。
記憶の向うの世界には、奥さんや子供さんがいらっしゃって、記憶が戻ったときは、そちらの方に戻っていってしまうかもしれません。
又記憶喪失というのは、医学的には、一種の二重人格のようなものだとも記載されていますから、
あちらの世界の記憶を取り戻した時には、今のこの生活の記憶は、飛んで無くなってしまう可能性だってあります。
いろいろ考えると心配で、寝つかれない夜が、あるようになりました。
しかし、自分の横で、安心したような、穏やかな寝顔で、すやすやと眠っている彼の姿をみていますと、今のこの幸せな瞬間を、ともかく大切にして、先のことはあまり考えないようにしようと、決心するのでした。
襲い掛かってくる不安を払いのけようとするかのように、頚を振りながら、万一そういうことが起こったとしても、こうして、愛する人に出会え、幸せな時を一時でも共有することが出来たのだから、それだけでも、良かったと思うようにするしか、しかたがないと自分に言い聞かせるのでした。
そんな彼女の心配を他所に、やがて彼は、「いつかこの土地に、本格的な窯を築いて、此処で陶芸をして身をたてようかと思うけど。」といった夢を、洩らしたりするようになってきました。
そのような変化は、とても嬉しい事でした。しかしその言葉は同時に、別れの日が近い事を予感させるものでもありました。
彼女は彼の変化を喜びながらも、来るべき別れの予感に怯えておりました。
次回12月30日投稿分に続く