年頃になったおみよと恋敵の出現
二人はその後、時々、口実をみつけては、その沼地で二人だけの時間を持つようになりました。
最初のうちは兄妹のように、その沼地を駆け巡って、追いかけっこをしたり、並んで座って語り合ったり、冗談を言いあったりしていただけでした。それでも二人はとても楽しく、幸せでした。他の人達の目を気にする二人にとっては、それは僅かな逢瀬でしかありませんでしたが、お互いの顔を見、言葉を交わし、一緒にいる時間を持てただけで、充分幸せでした。
伝衛門はおみよのためにと、いつも魚や,野兎などを捕まえておいては、渡してくれましたから、おみよが、皆から怪しまれることもありませんでした。
二人で過ごす、この夢のような時は、瞬く間に過ぎて、2年あまりの時がすぎました。
おみよも、もう16歳に近く、背丈も大人と代わらないほどに伸び、体つきも、ぐんと女らしくなってまいりました。
もともと可愛かった顔立ちは、大人っぽさを加えて、輝くように美しくなり、すらりと伸びた手足は、小鹿のようなしなやかさです。
もうどんなにおんぼろの着物を着けていても、その美しさは隠しようがありません。彼女の美しさは、遠く離れた村々にまで伝わり、あちらこちらの部落から、できれば自分のお嫁さんになってもらいたいと思った男達がやってくるようになりました。
こうなりますと、部落の男達も、放って置いてはくれませんでした。年頃の若い男の子達から、言い寄られるようになったのは、いうまでもなく、年配の、もうすでに所帯を持っている男達の中からさえもが、隙あらば、物にしようと、色目をつかう輩が出てくる始末でした。
この為、部落の女達からは、疎んじられ、意地悪をされました。彼女たちは、寄って集って(たかって)、彼女を貶める(おとしめる)ような噂を流しました。
しかし考えてみれば、女達も可哀そうでした。なにしろ男達の関心は、おみよの方にばかり集まり、亭主からも若い男達からも、振り向いても、もらえなくなったのですから。
こうして女達からは目をつけられ、男達からは付き纏われるようになったおみよは、以前のように気楽に、出歩き難くなり、2,3度すれ違って伝衛門と会えなかった後は、会う手段がなくなってしまいました。
男達の中でも、特にしつこく付きまとうようになったのは、その部落では、長に次ぐ力を持った長老の家の息子、九朗太でした。
何かと理由をつけては、おみよの家に立ち寄り、親切そうに、彼女達の世話をしようとしだしました。
しかしその九朗太は、昔、およし婆さんの亭主と息子夫婦が亡くなった時,およし婆さんに辛く当たり、村八分にするように村の衆を焚きつけた、張本人の息子でしたから、およしは、この男の事を快く思っていませんでした。
そのため、九朗太が何を言ってきても、寄せ付けようとはしませんでした。彼がどんなに物を持ってきても、仕事を手伝ってくれようとしても、甘い言葉をかけて近寄ってきても、おみよも、およし婆さんも、傍にも寄せ付けません。冷たくはねつけるだけでした。
しかし冷たくされればされるほど、熱くなるのは恋の常です。男は、一層、熱くなり、一層しつこく、付け纏うようになりました。こういった事が重なって、おみよの行動は一層窮屈になり、なかなか家を抜け出すことができなくなってしまっていました。
おみよがどんなに伝衛門と会いたいと思っても、会う機会をつくれません。おみよは、伝衛門のことを思って毎日、密かに(ひそかに)泣いておりました。
若くて、一途なおみよにとっては、伝衛門が全てでした。彼以外の男は、どんな金持ちも、どんな権力者も、目に入りません。降るほどにやってくる縁談を断り、密に集まる蟻のように寄ってくる男達を袖にしながら、ただひたすら、伝衛門からの連絡を待っておりました。
次回に続く 次回8月19日を予定しております