平素より東北大学男子ラクロス部の活動にご理解ご協力いただきありがとうございます。

 

33期最後の引退ブログになりました。33期主将を務めました角地優太です。とうとう33期の主将として引退ブログを書く時になってしまいました。四年前に完全にノリで入部を決めた男が、気づけば東北大学の主将として東北地区の代表として全学一回戦に出場したのですから人生何があるのかわからないなと思います。東北大学の主将を務めた者として今考えていることを精一杯書こうと思います。長いですが読んでいただけたら幸いです。

 

大きく分けて7章で書きました。

 

1 全学一回戦を振り返って

2 学生スポーツはメンタル

3 説明できる1日を過ごす

4あえて東北大学と関東の大学の差をあげるとするならば

5 東北大学が学生日本一をとるために必要なもの

6 最高の仲間とは

7 最後に



 

1 全学一回戦を振り返って

開幕戦のブログで「日々日本一への道を進んでいく。確率を1%でも上げていく。それがこのチームのアイデンティティであり、存在意義だと思います。」という話を書きました。後から振り返ってもこのブログで書いた内容は一歩甘かったなと思っています。

そう思ったきっかけは10月くらいに行ったけんせいさん(32期 主将 AT 吉田健生)とのズームでのミーティング。「おまえらって本当に関東一位を倒そうとしているのか、関東一位に惜しい試合をして引退しようとしているのか、わからないよね」と言われたこと。その言葉は自分の中にズドンと響きました。日本一へのステップアップという言葉は一見間違いはないのですが、そこに「日本一になれるという確証」はない。自分の中で学生日本一という目標は絶対に達成しなければならないものでないといけない。来たる11/16に自分は関東一位を確実に倒すんだ、という自信をもって臨まないといけない。それなのにこれからステップアップしていきますっていうのはやっぱり弱いと思いました。逆算できてない。けんせいさんの話を受けてから八月の段階では強くなれたらいいな、勝てたらいいな程度のものしか持ってなかったんだなと自分の中で反省しました。

それから練習後の全体集合などでAチームには何回か「許容できる未来」についての話をしました。「全学一回戦で関東一位相手に善戦して惜敗という未来は許容できない未来だよ。このチームが存在していて良かった、このチームで一年間やってきて良かったと思えるのは関東一位に勝ったその瞬間しかありえないよ。」という話をしました。

 

さて、全学一回戦で東北大学は明治学院に善戦して惜敗しました。結果は許容できない未来の方でした。試合後にみんなは何を思っただろうか。人それぞれだと思うが、許容できない未来として絶望感を感じた人は多くはなさそうだなと試合後の雰囲気を見て率直に思いました。正直なところ「あれだけボロクソ言われていた33期の代でここまでやれたのはすごい」とか「負けちゃったけどこれだけいい試合ができて良かった」とかそういう感情を私はひしひしと感じました。特に試合が終わった後の観客席の裏で感じました。OBの方々と談笑してたり、33期がどこかやりきったような顔をしてたり。一個どころか二個も三個も弱い。弱いと言わざるをえない。それはこの負けを許容している態度なのではないのか?この負けはそんな数時間で切り替えられるようなものなのか?そう疑問に思いながらあの日は帰りました。

ここでもし全学一回戦ではなく閉幕戦で東北大学が負けて33期が引退してたらあの空気感に観客席の裏がなってたかをよく考えて欲しいです。絶対なってないと思います。東北FINALで福島に敗れて33期が引退になってたらもっとえげつない空気になってたと思います。先輩方が長年続けてきた東北連覇の実績をこの手で終わらせてしまったとしたらどのような感情になってただろうか考えてほしいです。きっとみんな負けをより深く心に刻み込んでいたし、やり切った顔なんてしてなかったと思います。

この二つの負けの違いは何でしょうか。きっとみんなの中で東北FINALで負けることは許容できない未来でも、全学一回戦で負けることは許容できる未来だったのではないでしょうか。少なくとも私の目にはそう映りました。これはAチームに限った話ではありません。スタンドで応援する部員もコーチもOBも反省すべきところはあるのではないでしょうか。関東一位に対してサドンデスになってすごい!の方が強いと感じました。学生日本一という目標を東北大学として立てた以上、それは全員の全てを賭けて達成しなければならないものです。毎年全学一回戦で敗れているからその感情が薄れているのかもしれないですが、全学一回戦とは負けていい場所ではありません。絶対に勝たないといけない試合だった、と私は思います。とはいってもグラウンドに入っていないとなかなか会場の雰囲気を作ることはできないとも思います。だからこそグラウンドに立っている人間はもっと勝ちにこだわる必要があったしその責務があったと思います。私はそのように考えているからAチームの人たち、特に引退がかかってた33期には試合後にどこかやりきったような顔はしていて欲しくなかったです。

もしサドンデスで東北が勝っていたら、明学サイドはどのような空気になっていただろうか。きっと誰も一人談笑してないし、誰も引退してやり切った顔をしていなかったと思います。そう考えると試合前から「勝たなければならない」と心底から思えてるやつと「勝てたらいいな」と心のどこかで思っているやつの戦いだったのかなと思います。サドンデスまでもつれた時に最後走れるか、点を決めれるか、ゴールを守れるかはここの気持ちの差がでたのかもしれないです。

ここでいつまでも負けについて話していてもキリがないのでここらへんでやめておきます。ただあの試合に出てた人、見てた人は全学一回戦が自分の中で「絶対に勝たなければならないものであったか」を振り返って欲しいです。今年度は多くの下級生が試合に出たからこそ来年は今年の経験値がきっと生きてくると思います。でも来年も東北大学が今年と同じようなメンタリティで臨んだら負けてしまうと思います。

数年後この大会のことを振り返った時に誰もが名古屋大学のことを思い出し、東北大学がサドンデスを戦ったことなど覚えていないでしょう。そう考えるとすごく悔しいし、自分たちが日本ラクロスの歴史を動かすことができたのに、その機会を失ってしまったことはすごく残念なことだと思います。あのサドンデスでもし東北大学が勝っていたら間違いなく東北大学にとっても個人にとっても人生最高の日になったわけで、それは手の届くところにあったのにつかめなかったことは後悔しかないです。

 

全学一回戦が終わってから寝るたびに自分が失点したシーンのことが頭をよぎります。あの時止めていたら、あの時こう動いていれば。考えてもキリはないですがいつまでも鮮明に思い出します。自分が全ての時間をゴール守らせてもらったのに勝てなかった。そのことが何よりも申し訳ないです。特に出場機会を奪ってしまった同期の横田(33期 G 横田裕大)と後輩のGのみんなに申し訳なく感じています。そしてゴールを守りきれなかったのはラクロス人生4年間で常に学生日本一という目標を意識することができずに時に怠惰な方向に流れてしまった2年3年の自分のせいだと考えると自分のことが許せません。だから現役のみんなには苦しい時もきつい時も歯を食いしばって立ち向かってほしいし、怠惰な方向に流されて自分みたいな感情で引退してほしくないと思っています。四年生になって主将を任されてからの自分は、怪我もありながら東北大学ラクロス部の名前の恥じない1年間を過ごせたとは思っています。それを四年間続けなかった自分は許せないし、全学一回戦で負けたのはこの自分のせいだとも考えています。今怠惰な方に流されている人がもしいたらすぐに辞めた方がいいです。たとえ今から心を入れ替えて行動変えたとしても全学一回戦で負けたらきっと後悔すると思います。でも四年間ずっと楽な方に流れるよりかはずっと勝ちに近づけるはずです。少しでも後ろめたい部分がラクロス人生にある人はもう今から死ぬ気で練習して全学一回戦勝つしか後悔なく終わることはできません。



 

2 学生スポーツはメンタル

学生スポーツはメンタルゲーです。これは4年間ラクロスをやってきて私が辿り着いた答えです。ある一定の水準以上のチーム同士の対決ではメンタルが強い方が勝つと言っても過言ではないでしょう。

ではメンタルが強いとはどのような状況を指すのでしょうか。私は会場を自分のフィールドにできるかどうかだと考えています。ファイナル4の明学VS慶應の試合を思い出してもらってもわかるとおり、下馬評を覆すような試合は会場全体がどこか異様な雰囲気に包まれています。この会場を作り出すのは観客ではなく選手です。大勢の観客を前に気圧されるのではなく自分が会場を飲み込んでいくだけのメンタリティが必要です。

メンタルを向上させる方法を二つ紹介しようと思います。どちらも私が実際にやっていたことです。

 

一つ目は「今に生きる」という考え方です。練習中や試合中にさっきのプレー失敗しちゃったな、とか次のショット止められなかったらどうしようとか、考えてしまったことはありませんか?これは思考が現在ではなく、過去や未来に散ってしまっている良くない例です。本来なら現在という一瞬に集中しないといけないのに余計な思考のせいで集中力が途切れてしまっています。しかし、こういった思考は頭に浮かび上がるとなかなか消えず、今の自分の邪魔をしてきます。だから自分の思考を強制的に現在に引き戻すようなツールが必要です。

それがルーティーンと呼ばれるものです。プレーの切れ目やプレーの途中で自分の思考を現在に戻して集中力を取り戻す方法です。私はこれを最低目標と絡めて「脱力静止凝視」と呟くことにしていました。これはただルーティーンとして決めておくという生半可なものではなくて、このように呟いたら絶対にうまくいくと心の底から信じていないと意味がありません。脊髄反射レベルでルーティーンをこなしたらうまくいく気しかしない、というものであるべきです。そうなるためには日頃からルーティーンとして練習中にしておくのも大切ですし、あまり調子がよくない時や、練習に気分が乗らない時などに意識的に呟いてパフォーマンスを向上させるといった経験が大切です。その上で試合に向かうその時には細かいことは全て忘れてこれさえ呟けば全部うまくいくんだと信じきれていることが大切です。そこまで自分の中に落とし込んで初めてルーティーンとして機能します。これらの考え方はスラムダンク勝利学という本から学びました。詳しく知りたい人は読んでみてください。

 

メンタルを向上させるもう一つの方法は「観客を味方につける」です。これはシーズンの最後の方で学んだことなのですが、何かいいプレーをした時とか(あるいはいいプレーをしていなくても)観客に向かって手を上げて観客を煽ったり、観客の声援に答えることはこれだけで意味があると思っています。ここはあくまでも感覚的な話ですが、これをするだけで観客の声援がプレッシャーに感じることなく、自分の背中を押してくれるような安心感を与えるものへと変わります。また自分の中で「主人公感」が生まれて「いっちょやったりますか」みたいな感覚になります。これは性格の部分も大きいと思うので誰しもがやるべきだとは思わないですが、大事な試合で自分の力をしっかり発揮する一つの方法になるんじゃないかと思って書きました。試合や、練習でのメンタル面での反省を結構気分の問題にしてしまう人がいると思っています。メンタルは技術で作り出すものです。ラクロスの技術だけでなくメンタルについても学んでみてください。

 

私はこの他に試合前はレッドブルを飲む、つま恋の後の自分の反省を読み直す、開幕戦のブログを読み直してから寝る、といった細かいルーティンを決めてました。これらの一個一個のルーティンをこなすたびに自分の中でスイッチが入っていって集中力が高まるような感覚を持っていました。普段朝練や自主練にダラダラ入っていませんか?自分でスイッチをしっかり作ってそれを試合前もやることで、より「いつも通り」を作ることができると思います。「いつも通り」を作れたら、あとは冷静にプレーして観客を味方につけるだけで「いつも通り」が「いつも以上」になっていきます。「いつも以上」は運や気分に左右されるものではなく自分で作れるものだと思っています。技術面だけでなくメンタル面でも成長していきましょう。



 

3 説明できる1日を過ごす

「説明できる1日を過ごす」は私が主将としてずっと大切にしていた考え方です。毎日のどの瞬間を切り取っても恥ずかしくない一日を過ごすことを大切にしていました。朝練習して、授業行って壁行ってシュー練して、筋トレして。どこを切り取られてもラクロス優先という行動をとるようにしてました。授業やテスト前でなかなかそれが厳しい日もあるかもしれませんが、それでもインスタ投稿はあげるとか、最低限明日の練習の意識点をメモしてから寝るとかできることはあるはずです。「最近テストで忙しいんだよな」とか言いながら練習後ダラダラ話していたり、テスト勉強するはずだったのにゲームしたりアニメ見たり。そういう経験ありませんか?それはチームの期待を裏切っている行為だし、自分を甘やかしてしまった例だと思います。去年1年間だけを切り取るならそういう行為は四年生にも下級生にもあったと思います。たらればを言っていても仕方ないかもしれませんがその一日がなかったら全学一回戦で勝てたかもしれません。そう考えると昔の自分を許せなくなります。現役のみんなは引退してから後悔しても遅いのでチームに恥じないような一日を毎日過ごしてほしいと思っています。私自身も3年生の時までそこまで日々の行動を徹底できていたわけではありません。だから今下級生のみんなにこのようなことを言うのは「お前が言うなよ」と突っ込まれても仕方ありません。なので少なくとも新四年生のみんなにはチームに恥じない1年間を過ごしてほしいと思います。チームに胸を張れるだけの一日を過ごしていましたか?一つ一つの行動は全学につながっているし、今の行動が全学の勝ち負けを左右します。よく肝に銘じておいてください。



 

4あえて東北大学と関東の大学の差をあげるとするならば

東北大学に足りないものとはなんでしょうか。試合経験、試合相手、社会人チームでやっているようなコーチに教えてもらう機会など。主に環境に起因するものが多いと思います。特に試合経験の差は大きく、東北リーグである程度力の差がある相手に全勝した後すぐに全国大会となってしまいます。一方全国の舞台でまず当たる相手は関東一位。相手は名だたる強豪とのリーグ戦を勝ち抜いてきて関東ファイナル4、関東ファイナルと引退のかかった試合を乗り越えてきた猛者たちです。この経験の差は技術の差以上に東北大学に不利に働きます。試合で自分のプレーで勝たせた経験があるか、自分のショットで得点を決めた経験があるかどうかは本番で力を発揮できるかどうかに大きく関わってきます。最後迷いなくクロスを振り抜けるか、相手と力強くコンタクトできるか、ワンゼロを決められるか、止められるかはこの経験によって決まると思います。そして東北大学にはその経験が足りてないのです。

ある大学の決起ブログを読んだ時にとても衝撃を受けたのを覚えています。その人は学生コーチとして活動していて、チームの第一線からはすでに退いている人でした。それでもその人のブログは1万字以上あり、ラクロス部での時系列に沿ってその時の心情やチームに対する想いなどが細かく書いていました。ラクロスを始めて一年目から多くの練習試合をこなし、大会に出場して負けも勝ちもたくさん経験していました。その勝ちから学んだもの、負けて悔しさから学んだもの、どれも鮮明に描かれていてそれらの多くの経験からラクロスに真摯に向き合って成長してきたことがよくわかりました。四年生で学生コーチをやっている方でもこれだけ多くの経験をして部に対して気持ちを持っているんだと思いました。試合に出てエースとして活躍してる選手たちはどれだけの経験を積んできて、どれだけの感情を持ってラクロスをプレーしているのか計り知れません。

 

一方、東北大学ではどうでしょうか。関東では一年生の時から毎月のように試合をしていてそこで多くの経験を積んでいる一方で、東北では一年生の試合機会は本当に限られています。上級生でも練習試合は限られているし、力の拮抗した公式戦など経験したことない人すらいると思います。それなのに貴重な関東遠征の機会でもただ勝ち負けだけ気にして、せっかくの試合の機会を最大化できている人は少ないでしょう。関東よりも試合機会が3分の1とか4分の1(あるいはそれより少ない)になってしまうなら、一つの試合で関東の3倍も4倍も学ばないといけないし、考えないといけないと思います。それができていないから部に対する思いも少ない人が多いとも思います。今年の開幕戦ブログで数千文字以上書いた人は何人いたでしょうか。全員定型文みたいな文を重ねていて、読んでいても面白くなかったし、気持ちも伝わってきませんでした。「あのブログなら公開しない方がいい」これはシーズン中にけんせいさんに言われた言葉です。今一度自分が書いた内容を思い出して欲しいです。今こうしている間にも関東では試合や武者などで様々な経験をして日々強くなっています。仙台でできることは限られていますがそれを愚直にやり続け、試合経験や武者に行けるときはそこでの学びを最大化するべきです。

 

一方で東北大学が関東地区より有利な点もあります。それは練習環境です。ほぼ毎日いつでも使えるグラウンドがあり、壁打ちも家からそう遠くない場所にあります。みんなが学校の近くに住んでいるからこそすぐに反省で集まることもできます。これを活かさない手はありません。試合経験も作りづらく、周りに強い他大がないからこそ自分で自主練をして自己研鑽を積んでいくことが非常に大事になります。先輩やコーチから自主練をしなさいとよく言われると思いますが、この発言にはこういった背景があるわけです。逆に関東地区よりも圧倒的に経験値が少ないのに関東地区と同じような自主練量と練習内容で全学一回戦で勝てると思いますか?東北大学の置かれた環境をよく理解して計画を立てないといけません。



 

5 東北大学が学生日本一をとるために必要なもの

東北大学が学生日本一になるために必要なものが三つほどあると思っています。

まず一つ目はメンタリティ。一章、二章でも触れましたが、全学一回戦を絶対に勝たなければならないと強く心に刻むことです。今年度はこれが足りなかったと思っています。ここまでのメンタリティで望めていたかどうかはやはり試合後の感情に現れると思います。一章で大きく触れたのでここで蒸し返すことはしませんが、東北大学に関わる人にはぜひもう一度振り返って欲しいなと思っています。

 

二つ目は強いFOとGの存在。私がGだったのもあるとは思いますがこの二つのポジションは本当に重要です。FOは試合開始の流れを掴めるかどうかに関わっているし、試合中に10回程あるFOシュチュエーションでどれだけボールを獲得できるかは勝敗を大きく左右します。(ラクロスを知っている人には当然と思われるでしょうが)少なくとも関東一位に対して勝率5分に持ち込める選手がいてほしいと思っています。それからGも同じく大切です。フィールドがどれだけ奮起しても、関東一位と戦う上では、どうしても攻められるシーンは出てくるでしょう。ただGが止めれば、ショット打たれようがワンゼロ作られようが関係ありません。Gはマジで大事です。

なぜ二つ目でFOとGをあげたのかというと来年度この二つのポジションの選手がどこまで成長できるかでチームの成績も大きく変わってくると思っているからです。FOは新しくコーチをやってくれる飯塚君(33期 FO 飯塚恒介)がなんとかしてくれるでしょう。Gのみんなには全員がチームの勝ちに貢献するつもりで頑張って欲しいです。全学一回戦が終わった後にも個別に何人かには言いましたが、みんなの実力はほぼ変わらないです。これから1年間で一番シュー練したやつが一年後全学の舞台に立ってチームを救ってると思います。怪我しないように防具はしっかりつけて全力でシュー練してください。応援してます。

当たり前ではありますが、FOとG以外のポジションもとても大切です。ボール落とせるロングがいるか、SSDMが1-1どこまで勝てるか、OFが点を取れるか。どれかが欠けてもいけないし、全員が戦力として戦わないといけません。ただ来年に関してはこれらのポジションはあまり心配していません。OFもDFも去年とあまりメンツ変わらないしね。全学一回戦を戦った経験をしっかり糧にして一年間やればきっと大丈夫だと思います。だからこそFOとG。この二つのポジションで来年決まるよ、勝つか負けるか。

 

東北大学が学生日本一になるために必要なものの三つ目は経験です。やはり自分のプレーでチームを勝たせた経験があるかどうかは大事な試合で結果を出せるかどうかに関わってきます。そういう意味で今年Bリーグに参戦できたことは一つ収穫だったし、来年は春の最強決定戦も参戦できるかもしれないという話も聞きました。東北大学の流れとしていい傾向だし、どんどん外に出て色々な経験を積まないといけません。ただ東北大学がどれだけお金と時間を使い、関東に遠征しても関東地区の経験値にはやはり及びません。だからこそ、東北大学は一回当たりの学びを最大化しないといけないし、プレーの面でもメンタルの部分でも一回の遠征で大きく成長しないといけません。最近一年生がインスタにあげているウィンターを終えての文章はそういう意味では良い傾向だと思っています。一年生はウィンターで負けた悔しさを忘れないために二章で触れたように自分の中で今の気持ちをしっかり落とし込んで刻んでおくことが必要です。これを毎回の遠征でやれたら東北大学は大きく成長できると思います。そのためには遠征での1プレーずつにしっかり拘って、ミスしたところもたまたまミスしちゃったではなく技術からメンタルに至るまでしっかり振り返っていかないといけません。今の東北大学には自分の気持ちとか思いを表明するのを恥ずかしがっている人が多いような気がします。開幕戦ブログの話などはいい例です。でもそれでは自分の成長幅は小さくなるし、応援されるチームにもならないと思います。しっかり自分の悔しい気持ち、嬉しい気持ちをしっかり全面に出してプレーする選手が増えてきてほしいと思っています。



 

6最高の仲間とは

東北大学のブログでも他大のブログでもたまに最高の仲間というフレーズが出てきます。最高の仲間とはどのような仲間でしょうか。ここからはあくまでも個人的な意見ですが、最高の仲間とは結果ありきのものではないでしょうか。

結論から言うと私は同期や先輩後輩と最高の仲間になれるのは目標達成したその瞬間にようやくなれると思っています。多くのラクロス部が毎シーズン何かしらの目標を立てて活動しています。東北大学なら「学生日本一」です。しかしその目標に向かって日々努力し、ラクロス部として恥ずかしくない1日を過ごして、自分はラクロス部員の鏡となるような生活をしている、と胸を張って言えるラクロッサーは少ないのではないかと思います。ちょっと疲れて自主練をサボったり、今日はこのくらいでいいかなと練習を切り上げてしまった経験は誰しもあると思います。かくいう私も下級生の時は四年生の時ほど自主練に打ち込んでおらず、大事な公式戦にもほとんど出ていない選手でした。そのことを今でも悔いていますし、仲間に申し訳なかったなと思っています。私のようなラクロス人生を歩んでしまった人が最高の仲間と周りから思ってもらうためには、やはり目標を達成することが必要だと思います。東北大学だったら「学生日本一」を達成した時にようやく自分たちの四年間は肯定されるし、最高の仲間と認め合えるのではないかと思っています。だから今は33期を最高の仲間とまでは思えていません。もっとやれたでしょって思う同期はいっぱいいるし、逆に努力量とかコミット量でこいつのことは認めている、と言う同期は本当に数えるくらいしかいません。誰しも四年間を部活に捧げるなら最後は最高の仲間達と勝利を分かち合いたいと思うでしょう。なら目標達成しか道はありません。何がなんでも目標を達成して、最後学生日本一の景色から最高の四年間だったなと思いたかったです。

こう書くと現役の人たちは学生日本一という目標がすごく重いものに感じるかもしれません。しかし、五章で書いたように学生日本一という目標は実現不可能なものではありません。というかかなり近くにあるんじゃないかと思っています。来シーズンに限って言えば去年のこの時期よりも幹部の動きも格段に良いですし、戦力もずっと大きいと思います。単純な比較をしたくはないですが、去年のチームを思い出してもらえれば格段に今のチームの方が良い状況だろうと思います。去年のチームの七帝までの戦績を思い出してもらえれば全学一回戦でサドンデスまでもつれるとは誰も思わないでしょう。去年のチームで一年後関東一位に同点なら、今年のチームは一年後必ず関東一位に勝てるはずです。一年間不断の努力を絶やさないことと、一年後しっかりと自信を持って試合に臨むこと。それだけで絶対に勝てます。全学一回戦勝ってその後二勝して学生日本一。そうなったら心の底から今のチームでよかった、最高の仲間だ、と思えると思います。33期はそこまでいけませんでした。だから34期、35期、36期はそこまで到達して、最高の四年間だったなと胸を張って引退して欲しいなと思っています。



 

7 最後に

最後になりますが、私の4年間を支えてくれた多くの人に感謝を述べようと思います。

まずは家族に。金銭面でも精神面でも大きく支えてもらいました。最後応援きてくれてありがとう。勝ちたかったです。テストもギリギリなことが多くて心配かけました。これからは真面目に勉学に励みます。

次に同期後輩に。一年間主将をやらせてくれてありがとう。間違いなく理想の主将ではなかったけど、なんとか一年間やり切れました。特に幹部陣の皆にはシーズン最初から迷惑をかけっぱなしでした。というか俺が主将として何かした覚えがない。文句あれば今なら真っ直ぐに聞ける気がするんで是非言ってください。

次にコーチの方々に。コーチ依頼からずっと迷惑をかけてしまい本当にすみませんでした。今思い返してもあのコーチ依頼はひどかったです。自分が依頼される側だったら呆れて何も言わず帰したくなるくらいです。それでも時間をとっていただき話を聞いてくださって本当に感謝しかないです。シーズン中もなかなか結果も出せずすみませんでした。全学一回戦の舞台を共に作ることができて本当に嬉しかったです。ありがとうございました。

最後に応援していただいた保護者、OB OGの方々に。本当に大きな応援ありがとうございした。全学一回戦の舞台で大きな声援をいただき本当に大きな力になりました。東北大学の代表者として応援の大声援で揺れるスタンドをピッチから見ることができました。あの景色は一生忘れません。これからは私も1人のOBとして一緒にスタンドを紫に染めていこうと思います。これからも東北大学男子ラクロス部を盛り上げていきましょう。

 

長々とブログを書いてしまいましたが私が一番伝えたいことは「東北大学男子ラクロス部は学生日本一を達成しなければならないし、それは意外と近くにある」ということです。主に現役に向けた言葉にはなってしまいますが、絶対に学生日本一を取れると思っています。繰り返しにはなりますが日々の努力でラクロス上手くなって、絶対に勝てるという自信をつけて本番ぶちかますだけです。それだけで学生日本一になれます。頑張ってください。応援しています。

 

改めまして私のラクロス人生四年間に関わってくれた全ての人に感謝してこのブログを終わりにしようと思います。本当にありがとうございました。

 

 

RISE

#57角地優太 

 

 

お世話になっております。今シーズン副将を務めました33期奥山佳祐です。

 

はじめに、OB・OG、保護者の皆様をはじめとする、東北大学男子ラクロス部をご支援くださるすべての方々に、この場をお借りして感謝申し上げます。

今年1年間、部の運営に関わる中で、このチームが本当に多くの方々に支えられ、活動できているのだと強く実感しました。本当にありがとうございます。

34期を中心とした新シーズンが始まりました。これからも変わらぬご支援・ご声援のほどよろしくお願いいたします。

 

引退してからというもの、筋トレや麻雀、読書、映画などと大学生っぽいことに手を出してみましたが、これといった目標を持てていない日々はあまりに退屈で、朝から晩まで必死に1つの目標を追いかけていた日々が、とても美しく光ります。最近では、1日1日に充実感を得られていないからなのか、不眠症が再び顔を出しつつあります。

 

今となっては、

ゆうき(33期 副将 OF 上田祐輝)とのフリーパスも

ゆきむね(33期 OF 内田幸志)のOF反省総括も

松島のキモすぎるクイズ大会も

4年生で坊主になったことも

すべてがかけがえのない、良い思い出です。

 

以下、本題です

1.4年間の振り返り

2.大事にしていたこと、伝えたいこと

3.感謝

の大きく3つに分けたいと思います。

お時間のあるときにでも、目を通していただけましたら幸いです。

 

それでは。

 

 

 

1.振り返り

>1年

大学に入ったら、部活なんてものには入らずに、フットサルサークルか何かに入ろう。

そう思っていた。

しかし、その考えは新歓に来た途端に180度変わった。

 

大学から始めて、学生日本一を目指せる。

「全国優勝か。日本一か。」

自分の努力次第で、自分を変えることができる。

頂を目指す姿に憧れた。

 

小学校から高校までサッカー一筋11年。

県大会には出たことがあったものの、「全国」という言葉を口にしたことはなかった。

そんな僕にとって、全国、日本一という言葉は眩しかった。

かっこよすぎる。そう思い入部を決めた。

 

フレキャンでは、東北地区で1番活躍してやると、密かに考えていた。

得点王に輝くも、自分のチームは決勝にいくことすらできなかった。

ラクロスを始めてから、初めて泣いた。

 

関東との初試合のフレッシュマンカップは、初戦で負け。

2度の1on0を外して1点差での敗戦。

どちらも決めていれば、せめて1本でも決めていればチームは違っていたに違いない。

自分の無力さを痛感した。

 

夏冬制覇を目指して挑んだ新人戦サマー。決勝で何もすることができずに岩手に敗北。

自分でなんとかしたいという思いから、決勝はほぼずっと試合に出ていた。

相手が後ろでパスを回し始めたのに対して、最後の最後まで無我夢中で走っていた。

今でも、その光景しか覚えていない。

 

サマー後、何度かBチームの練習に参加させてもらい、リーグ戦にも出場させてもらう。チャンスを与えてもらったのに、全く結果を残すことができない。

練習では上級生に圧倒され、全く上手くいかない日々。

得意だと思っていた走り1on1も簡単に封殺された。

来シーズン以降、本当に活躍できるのだろうか。そんな怖さが押し寄せてきた。

それでも、成長を感じられたとても楽しい期間だった。

 

夏の雪辱を果たすべく挑んだ新人戦ウィンター。

チームは優勝することができたものの、個人としてはあまりよい結果を残せず、心から喜ぶことはできなかった。なべゆー(33期 SSDM 渡邊悠希)と一緒に集合写真で笑えなかったのも良い思い出。

当時の写真を見返すと、最終的には笑っている自分がいて、そんなもんかとも思う。

 

 

 

>2年

合同練が始まり、初めて経験する冬の寒さと上級生の痛すぎるチェックを浴びる日々でラクロスが少し嫌になる。

 

このまま受け身で続けていたら、いつか必ず折れてしまう。

自分の中に、支えとなる指針を持たなければならない。

何か自分にできることはないかと考えた。

 

今の技術では敵わない。

その代わり、泥臭さだけはアピールしよう。

GBへの寄り、ライド強度、チェイス感度。

ここだけは誰にも負けない。

そう決めた。

 

AB分けではBとなったが、運良く、つま恋でAチームに入れてもらう。

出場機会はほとんどなかったものの、目の前でチームが延長サドンで勝利する瞬間を見て、「やっぱりラクロスおもれぇな」

と、心の底から思った。

 

以降、ありがたいことにA練に参加させてもらった。

朝練に向かう道中は、

「今日も怖いなぁ」

なんて思いながら練習に向かっていた。それでも、いざ練習が始まると、上手くいかないことばかりで苦しい反面、高いレベルの中で練習できていることがどこか楽しくもあった。

練習中は、チームを盛り上げるためというよりも、自分を鼓舞し続けるために、声を切らすことだけはしないようにしていた。

 

何度か、先輩を壁や個人反省に誘ったりしたけれど、今思えば、もっと図々しく誘えば良かった。

 

スパカでは、3Qから怪我した祟さん(31期 AT 早川崇)の代わりにATで出場するも、上がったクリアを速攻で落として、一瞬でクビ。試合に出させてもらったにもかかわらず、チームの代表としてピッチに立っている自覚はなく、ミスをしないようにと自信なさげなプレーを見抜かれ、鴨られた。今でもこの試合は見返すことができない。

 

怪我人の影響で、七帝戦ではスタメンで使ってもらったが、チームの足を引っ張るお荷物状態。

名古屋戦では決定機を外し、敗戦。

北大戦では、Aに上がって初めて得点を決め、1-0で勝ったあの瞬間は、ラクロス人生で最高峰の脳汁が出た。

九大戦の、康太君(32期 AT 柿崎康太)のトップから地蔵へのフィードは相手DFも自分も騙されていて、全く見えなかった。本当に申し訳ない。

 

開幕戦もベンチ入りさせてもらったが、開幕後Bに落ちた。

 

正直、それ以降の記憶があまりない。

B引退試合の名古屋戦。

本当に勝ちたかった。

 

 

 

>3年

31期の南山戦の敗戦を経て、

「今年こそは自分がチームの一端を担う」

と思って始まったシーズンだったが、スタートはBチームだった。

 

つま恋では、あまり好ましい結果を残すことはできなかったが、安定感を評価してもらい、武者期間以降Aにあげてもらった。

 

春の関東遠征では、MFの1stセットとして起用してもらい、関東上位のレベルを初めて肌で実感した。関東のロング相手に、得意だと思っていた1on1は、全く通用しなかった。

 

試合に出させてもらえるものの、全くといって良いほど、活躍ができない。そんな日々が続く中で、いつの間にか、こう自分に言い聞かせるようになっていた。

 

「自分は回し役だ」

「自分が決めなくても、他の誰かが決めてくれる」

 

TOを恐れ、ショットの数は次第に減っていった。どうすれば上手く回せるか。そんなことばかり考え、逃げの選択を重ねていた。シーズン当初の野望とは裏腹に、完全に消極的になっていた。

 

昨シーズンとは違い、試合に出られているという立場に、どこかで満足していた。

 

自分の代わりなんて、いくらでもいる。自分以外の方が得点の匂いがする。そう感じる日が増えるつれて自分の立場は後退していった。

 

七帝戦、スパカにも帯同するものの、ピッチにはほとんど立つことはなく、外から試合を眺めるだけ。点差がつくまで、1stセットが疲れるまで。ただ、ベンチを温めていた。

 

そんな中、スパカ後

「関東とのMFの差が大きい」

そう判断され、Bに落ちた。

 

自分でもひどく感じた。関東の選手達はメンバー全員が得点の脅威になっていた。自分にはそれがまるでなかった。いつかこうなることは見えていた。それでも、成長を重ねることも、自分という人間を確立することもできていなかった。

 

慶應戦はスタンドで迎えた。

心の底から、勝てると思わせてくれた試合だった。

同時に、迫り来る新シーズンに対して、希望とともに、拭いきれない恐怖を感じていた。

 

 

 

>4年

このままで、チームは、そして自分は合っているのだろうか。

そんな疑念を抱えたまま、ラストシーズンが始まった。

 

副将という立場。

歴代の副将と比べ、実力も実績も遠く及ばない自分。

肩書きだけが先に立ち、重圧だけが膨らんでいった。

副将として、自分はチームに対して何を与えられるのか、その答えを探し続けていた。

 

そんな中で、手首を負傷した。

この立場で、練習を抜けるわけにはいかないと思い、テーピングで耐えながら参加し続けたが、武者期間にとどめを刺され、2ヶ月ほどのリハビリ期間が始まった。

 

松島合宿での復帰を目指し、リハビリを続けた。

合宿のスクリメで活躍し、Aに上がる。ただそれだけを願っていた。

想像以上に当日のパフォーマンスは良かった。

勝手ながら、これならAに上がれるのではないか、とさえ思ったりもした。

 

しかし、復帰直後に肉離れを負った。

リハビリ期間から手が使えない分、ランニングなどを行い、ケアはできていたつもりだったが、準備が足りなかった。

リハビリ期間を棒に振ったような気がして、自分に失望した。

 

龍鷲戦、七帝戦を経て、チームが足踏みをするなか、その輪の中にすら入ることができない自分がいた。

焦り、苛立ち。多くの感情が頭をよぎった。

 

-「革命の6月」

 

今まで以上に、生活の中心がラクロスになった。

覚悟を決め、頭を丸めた。

ラクロスを始めて間違いなく1番、自分と向き合い、成長した期間だった。

 

そして迎えたBリーグ明治戦。

革命の6月を経て、自分は確かな自信を身につけていた。

間違いなく、関東のどのチームよりも練習をしてきたという自負があった。

 

3Qが終わり、スコアは2-3。

4Qに自分が決めて、この試合のヒーローになる。

そんな姿を、はっきりと思い描いていた。

 

しかし、現実はそんな甘くはなかった。

最終スコアは2-9。大きく突き放される結果に終わった。

 

約1か月間、この一戦を目指して生きてきた日々の中で描いていた理想と、目の前の現実とのあまりのギャップに苦しみ、それからしばらく2,3時間しか眠れない日々が続いた。

 

開幕前ラストの日体戦。

試合前、ここで活躍しなければ終わりだと、心に誓う。

結果は、自分もチームも惨敗。

 

さらに、足首の靱帯損傷。

正直、もう無理かもしれないと思った。

シーズン当初に灯した、灯火が消えかけていた。

 

開幕はスタンドから。

デイキャンは、グラウンドの反対サイドからラクロスを眺める。

 

1年間を、そして4年間を想起する。

 

簡単に諦めるわけにはいかない。

何かできることはないか、再び探し始める。

毎日、壁に2時間。

来たる日を願って。

 

色々なことが重なり、Finalでベンチ入り。

多くは考えなかった。

やれることをやる。ただそれだけだった。

 

グラウンドに足を踏み入れたとき、歓声が全身を包んだ。

鼓動が高鳴るのを感じながら、これから先の人生で、これほどの歓声を浴びることは、もうないのだろうと思い、その光景を心に刻む。

気がつけば、試合は終わっていた。

 

 

そこから全学までの3週間は、まるで寿命を宣告されたかのようだった。

自分に、残された時間はわずか。

それ以降、自分のラクロスでは、感情が大きく動くことがなくなった。

 

最後に出した答えは、Frに少しでも貢献すること。

シーズンを通してFr練には参加していたが、このときからはオフの日はすべてFr練に費やすことにした。

 

練習参加だけではなく、反省にも積極的に加わり、これまで歩んできた3年間からでは想像することができないくらい後輩と接点を持った。

あまり多くを残すことはできなかったかもしれない。

それでも、少しでも何か残すことができていれば。

 

 

全学。

夢を見ているようだった。

それは、あまりにも一瞬で。

 

誰よりも最前列で、声を張り、飛び跳ねる。

スタンドが、会場が揺れる。

東北が1つにまとまる。

 

同期、後輩の活躍に、成長に、心が動かされる。

 

消え去っていく自分の4年間が、ラクロス人生が、少しだけ肯定された気がした。

 

みんなありがとう。

 

 

 

2.大事にしていたこと、伝えたいこと

■変化すること

僕たちは1人の人間として、ラクロッサーとして、

そして日本一を目指す夢追い人として、

日頃から「成長したい」「変わりたい」と考えています。

 

変わるきっかけは、日常にありふれています。

 

練習でボコボコにされたとき、

全学決勝を観戦したとき、

1回戦での敗退を目の当たりにしたとき。

 

そのときに抱いた感情を、そのときの決意を今も変わらずに持ち続けられているでしょうか。

 

人間はとても弱い存在です。

時間の経過とともに、当時の決意は風化し、気づけば歩みは、少しずつ鈍っていきます。

 

「革命の6月」

 

端から見れば、なんだこいつらはと思われてしまうかもしれません。

毎日のシュー練180本、壁、インスタ反省。正気の沙汰ではないのかもしれない。

 

1人では到底続けることはできなかった。

 

同じところを目指す仲間がいたから、

結果が出ずとも、いつか結果が出ることを信じた仲間がいたから、

雨の日でも、当たり前のようにグラウンドに来る仲間がいたから。

 

続けることができた。

成長することができた。

自分の未来を信じることができた。

 

ラクロスは団体競技です。支え合う仲間がいます。

1人では乗り越えられない壁も、助け合うことで必ず乗り越えることができます。

団体競技の美しさはこういったところに詰まっています。

 

潰されそうなとき、本気で変わりたいと心から願うとき、

その敗北は、失敗は、胸の高鳴りは、自分自身を変える大きなチャンスです。

その瞬間を大事にしてください。

その経験を活かすも、殺すもあなたの行動次第です。

 

1人では変わることは難しいかもしれない。

そんなときは、仲間を、同期を、先輩を迷わず頼ってほしいと思います。

 

 

■ピッチ外での振る舞い

僕が、シーズンを通して何度も繰り返し強調していたことです。

 

朝の集合に早く来ること。

グラメ・修繕をすること。

運搬を持ち帰ること。

ボールアップをすること。

 

他にも、挙げればきりがないほど、さまざまな振る舞いがあります。

ピッチ外での行動は、直接勝敗として表れるものではありません。

それでも、バーに当たって跳ね返る方向や、混戦GBでのボールの行方は、こうした細部に宿ると、僕は信じています。

 

あなたのその行動は必ず誰かが見ています。

その1つ1つの行動が、

信頼を生み、

応援される存在になり、

気がつけば、1人の選手としてだけでなく、1人の人間としても大きく成長することができるはずです。

 

派手じゃなくてもいい。

目立たなくてもいい。

それでも、そういったところを大切にできる人間であって欲しいと、心から願っています。

 

 

■GRIT

―やり抜く力、粘る力

Guts(度胸):困難なことに立ち向かう力

Resilience(復元力):失敗しても諦めずに続ける力

Initiative(自発性):自分で目標を見据える力

Tenacity(執念):最後までやり遂げる力

 

最近では、あまり耳にすることがなくなったこの言葉ですが、2年生のときにAチームに上げていただいた際、1番評価していただいたのが、このGRITでした。

 

最後のその瞬間まで走り続けるその姿勢には、見る人を勇気づけ、心を熱くさせる力があると、今でも思っています。

 

しかし僕自身は、学年が上がるにつれて、自分の中で取捨選択を繰り返すようになり、ボールを必死で追っていた、あの頃の自分の影はいつの間にか薄れてしまっていました。

今、4年間を振り返ると、そんな気がしています。

 

誰にでもできることだからこそ、

「自分は違う」「そんなキャラじゃない」

と、無意識のうちに一線を引いてしまいがちなのだと思います。

 

泥臭さがあれば、すべてを変えてくれるわけではありません。

それでも、自分が何を拠り所に進めばいいのか分からなくなったとき、その姿勢は、進む方向を示してくれるものの1つになり得ると、僕は思っています。

 

 

 

 

3.感謝

○同期

最高の仲間であり、僕にとっての誇りです。

僕のモチベーションの大部分を占めていました。

一緒にする練習も、自主練も、しょーもない会話も、本当に楽しかった。

またみんなでラクロスしてーなぁ。

本当にありがとう。

 

33期OFに少しずつ

*まも(33期OF 山本衛)

仙台に来て、最初にできた友達でした。

私生活では一緒に過ごす時間が長かったのに、上級生になってからは、一緒にラクロスをする機会は少なかった気がします。

もっと一緒にラクロスしたかったな。申し訳ない。

まさか、同じユニットメイトと同じ部活に入るとは思っていませんでした。

出会いに感謝です。

 

*そら(33期 OF 空岡宏起)

入部当初は、1番危ない奴だと思っていましたが、いつの間にか一緒にボケる存在になっていました。

まもとは逆で、3年生までほぼ同じカテゴリーでやっていた影響か、考えているボケが似てしまいましたね。

慶應戦後、岩沼の端っこのベンチに座って

「あと1年か...」

なんて話していたのが懐かしいです。

OFを引っ張ってくれてありがとう。

ゴルフ教えてください。

 

*ゆき

今シーズン1番話した同期かもしれません。

音楽の趣味は、全くもって合いませんでした。

一緒にする自主練、楽しかったなぁ。

これからは、すべてのボケを拾えるようになってください。

 

*ゆうき

出身も浪人経験も、大学までの育ってきた環境も似ていて、考えていることが1番近かったと思います。

明学戦、自分のユニを持ちつつも、スタンドゆうきの「6」を着けていました。

1番一緒に戦いたい、応援したかった同期でした。

一緒に副将ができて、本当に良かった。

ブンデス見に行きたいです。

 

 

○34期

今年1年間、本当に頼りになりました。

来年こそは、歴史を動かしてくれ。

任せたよ。

 

*あわ(34期 OF 淡川慎治郎)

ガチで期待しています。

ちゃんとしっかり寝てから、練習に来てください。

開幕で点を取ってくれたら、空岡と倒立してお出迎えします。

 

 

○35期

新シーズンは後輩ができ、人によっては1番きついシーズンになるかもしれません。

それでも、君たちならできると信じています。

来シーズン以降も、楽しみにしています。

要(35期 OF 山口要)と大和(35期 OF 大川大和)は、仲良くやってください。

冬デイキャンの東大1on1左下よりきついメニューは、おそらくありません。

 

*翔吾(35期 DF 柴崎翔吾)

今シーズン、本当にたくさん話しました。

ラクロスの話から、どうでもいい私生活の話まで。

音楽の話をしながらする、消灯前ボールアップがとても好きでした。

チームを一緒に作ることができて、本当に楽しかったです。

最後、同じフィールドに立つことができて良かった。

僕の夢は君に託します。

怪我で大変な中でも、毎日夜にグラウンドで練習する姿勢を、1年間ずっと見てきました。

きっと君なら、翔吾なら大丈夫。

たのんだよ。

期待しています。

 

 

○36期

入部してから半年ちょっとで、本当に上手くなりました。

これからは、もっと、もっと、もっと向上心を持って、先輩に食らいついて、追い付いて、追い越して、強い選手になってください。

短い期間だったけれど、反省を一緒にしたり、練習に参加できて楽しかったです。

ラクロス生活残り3年。

長いようであっという間です。

頑張れ。

 

 

○スタッフ

いつも、プレイヤーよりも早い時間から準備をしてくれて、本当にありがとうございました。

TRとはほぼ無縁の3年間でしたが、テーピングやリハビリで、今シーズンはとてもお世話になりました。

おかげで最後の試合にも万全な状態で出場することができました。

MSが作ってくれる画像・動画めっちゃ好きだったなぁ。

地元の友達にインスタのアカウント見せて

「かっこいいでしょ」

と、よく自慢していました。

ASが送ってくれるデータを見るのが大好きでした。GBたくさんすくった日や、ポイントたくさん取った日は「早くデータ上がらないかなぁ」なんて思って待っていました。

たくさんのことがモチベーションになっていました。

本当にありがとうございました。

 

 

○東さん(30期 主将 AT 東谷雅人)、遼河さん(30期 SSDM 諸星遼河)

1年時から、かわいがっていただき、本当にありがとうございました。

悩んでいるとき、沈んでいるときに道を示してくれたのは、お二人でした。

お二人の背中を追い続けた4年間でした。

またご飯行きましょう!

 

 

○コーチの方々

4年間、本当にありがとうございました。

たくさんの先輩方に多くの教えを授けてもらったにも関わらず、不甲斐なくて申し訳ありません。

来シーズンは、ありがたいことにコーチとして部に関わらせていただけるので、先輩方のように後輩に何かを残せるように精進してまいります。

 

 

○両親

どこに行っても、家族のことを自慢げに話してしまいます。

「俺の家族は、最高なんだ。」

心から、そう思います。

本当に最高な両親の元に生まれることができたと思います。

少しは自慢の息子になれたでしょうか。

埼玉にいる頃には感じることができなかった家族の温かさを、仙台に来てから強く感じました。

小中高大と何不自由なく好きなことをさせてくれてありがとう。

関東で試合あるたびに、朝早くから準備して、会場まで送り迎えしてくれてありがとう。

観戦してくれた最初と最後の試合を、得点で飾ることができました。

もっと、もっと試合で活躍する姿を見せたかったです。

残り2年ほど、お世話になります。

長生きしてね。

 

 

○綸太

感謝と言うよりはエールです。

小中高と全く違うスポーツをやってきて、大学ではもしかしたら、と少し心を躍らせていましたが、結局また違うスポーツをやることになりそうですね。

決めたからにはやり抜け。

絶対に折れるな。

間違いなく、今まででは経験したことのないような荒波に揉まれることになりそうですが、きっとやり抜けると信じています。

頑張れ。

六大学野球見に行きます。

 

 

 

 

 

多くの人に囲まれ、成長できた、かけがえのない4年間でした。

 

この言葉たちが、少しでも誰かの道を照らすことができることを願って。

 

 

 

 

BEAT

OVER

拓く

RISE

 

BEAST

 

#夢中になろう

#everydayブチアゲ

#99 奥山佳祐

お世話になっております。本年度副将をつとめました、33期OFの上田祐輝です。

 

まず初めに、平素よりお世話になっているOB・OG、保護者の皆様、いつも弊部に多大なるご支援ご声援をしていただき誠にありがとうございます。今後とも、変わらぬご支援のほど、どうかよろしくお願いいたします。

 

とうとう自分も引退ブログを書く時が来てしまいました。

何かかっこいいことを書いてやろうと思い、パソコンを開きましたが、1文字も思い浮かびませんでした。後輩への大層なアドバイスもできないので自分が思ったことを素直に書き綴らせていただきました。

正解でも何でもないので、気楽に読んでください。「こういう考えもあるんだな」と少しでも皆様の思考の一部になれば幸いです。

 

本ブログは以下のような構成で書いていこうと思います。


 

1部 四年間を振り返って

2部 伝えたいこと

3部 感謝

 

四年間を振り返って

 

2022シーズン

 

入部

みんな同じスタートラインで、自分がどこまでいけるのか知りたい。この素晴らしい先輩たちと毎日をともにし、人間的に成長したい。これらの思いから、私はラクロス部に入部した。

 

入部してからは、当時の一年チームのスローガンである「夢中になろう」を体現するかのように毎日ラクロスに熱中していた。(夏休みには、なべゆう(33期 SSDM 渡邊悠希)と1日10時間シュー練するくらい頭はおかしかった。)

 

その努力が実を結んだのか、一年生大会(フレッシュマンクリニック、フレッシュマンカップ、新人戦)、関東遠征のすべての大会で得点できた。自分が自主練してきたことが、着実に練習や試合で発揮できるようになっていくことがうれしかった。ラクロスへの熱量は全く衰えず、この競技が大好きになった。

 

加えて、私はこの東北大学男子ラクロス部という環境もこの1年で大好きになった。上級生がオフの日は、自分の時間を削って1年生の練習に来て指導してくれる。試合の日には遠い場所まで来てくれて、声が枯れるまで応援してくれる。自主練でも、壁やグラウンドに行ったら積極的に話しかけてくれ、たくさん新しいことを教えてくれる。私は、こんなに素晴らしい文化があり、素晴らしい人に囲まれた組織にいたことがなかったため、驚きとともに、「ラクロス部に入ってよかった」と心の底から日々感じていた。

 

 

2023シーズン

 

30期が引退し、新チームがスタートした。あんなにうまくてかっこいい30期が一回戦で敗退してしまったことに関して、全国優勝の壁はどれほど高いのかと感じていた。そして、次の日からはグラウンドに30期が一人もいない非日常さもあって、新シーズンは少しふわふわした状態で始まった。(シーズン初期のチームの状態については、当時そこまでチームのことについて考えていなかったためわからない。)

 

そんな自分だったが、合同練期間はまだラクロスがめちゃくちゃ楽しかった。自分に期待をしてくれて、たくさんの先輩が練習でアドバイスしてくれたり、組織練で点を決めるとベンチにいる先輩までもが飛び跳ねて喜んでくれた。先輩たちの温かみに触れながら、日々の自分の成長も感じ、とても楽しい期間であった。

 

そして、先輩と初めて試合をしたつま恋は非常に楽しかった。特に海さん(31期 OF 秋本海)、椋太さん(32期 OF 井上椋太)と一緒にATをやったことは最高の思い出である。俺らでやってやろうと3人とも目をぎらつかせてともに戦っている瞬間がたまらなく好きだった。点決めたら全員が抱きついてきてくれたし、海さんは一人でごり押して点決めてきてくれるし、くにえださんはパスかと見間違えるようなスタンシューでゴール決めるしと何かと記憶に残る出来事が多い試合だった。

 

つま恋の結果から、私は運よくAの関東遠征に帯同させてもらい、その一橋戦で運よく点を取ることができ、そこからAチームに正式に入れてもらうようになった。(ゴールを決めた時の清さん(HC 28期 佐野清)の笑顔は清さんが自分に向けてくれた史上一番いい笑顔だった。)

 

自分が、憧れていた30期が所属していたAチームに居るなんてと実感があまりわかなかった。しかし、せっかく入れていただいたからにはこれまでのようにたくさん練習して、試合で活躍してやると意気込んでAチームでの活動に臨んだ。

 

だが、そのあとの期間はほとんどがうまくいかなかった。技術はもちろんのこと、メンタルも圧倒的に。

 

練習では基本的にミスの連続。ミスの打率はおそらく8割は超えていたと思う。

 

そんなミスばかりしていた自分は、次第にチームに対して申し訳なさを感じていった。自分の初歩的なミスで上級生がやりたいラクロスができなくなってしまうと。その結果、自分はどう練習でミスをせず、チームの流れを止めないかばかり考える消極的なプレイヤーになっていった。

 

6on6においては、とにかく上で膨らんだランコースをとってアジェにパスをはたく。試合においては、自分が出たらボールダウンしてチームに迷惑をかけるという自然発生的な感情をなんとかやってやるという無理やり作った感情で自分に言い聞かせて押し殺すという戦いをしていしていた。

 

「自分がそういうミスをしなければ、少なくともチームはやりたいことができる」

「ほかで起こったミスは自分の管轄外だから気にしない」

というくそみたいな考えで自分の立場を守ろうとしていた。

(本当は、こういうやつが一番のオフェンスの害。ミスを恐れて何もしないやつは6on6に入る資格はない。下級生なら、ミスしまくっても貪欲にゴールを狙い続ける奴のほうがチームにとって絶対プラスだしかっこいい。)

 

そのくせ、自分は試合が終わった後のお土産担当(一発芸担当)であったため、その打席には毎回立ち続けた(打率はおそらく2割ほど)。

 

そんな自分も、さすがに毎回のバスで「時間とお金をかけて何しに試合に行っているんだろう。このままでいいわけない。」と感じていた。自分の情けなさを変えたいと思い、次の練習からはたくさんチャレンジをしようと意気込んでいた。

 

ただ、消極的なプレーをしていた選手がすぐに成長できるはずもなく、うまくいかない毎日が続き、この思いもどんどん薄れていって1週間後には前の状態に戻っていた。

 

この時期はこんなサイクルをずっと繰り返していた。つらかった。

 

そんな中、10月のある日の練習の後、たいちさん(30期 副将 OF 内野汰一)が私のところへ歩み寄ってこう言った。「お前みたいに中途半端にラクロスしているやつ見るとむかつくんだよ。Aチームに入りたくても入れないやつだっているんだよ。怪我でAに入りたくても入れない、けどBで死ぬほど声出して自分の役割全うしているほうしゅう(31期 DF 松永芳秀)とかに本当にお前のプレー見せられるのかよ。」と。

 

それまでは毎日が辛すぎて常に自分のことしか考えていなく、最下級生なんだしできないのはしょうがないと決めつけて行動していた。この言葉を受けてAチームにいることの責任のようなものを初めて感じた。そして、自分の行動で何かしらこのチームにとってプラスになるような価値を与えたいと思った。

 

そこから、さすがに技術は全く変わらず、へたくそなままであったが、とにかくベンチで声を出すようになった。試合で決めた先輩、ボールダウンした先輩、ゴーリーセーブした先輩を大声で褒めちぎっていった。

 

この日を機に、私はチームにとっての自分の存在価値は何なのかを考えるようになっていった。

 

そのような中で、チームは全学一回戦南山戦を迎えた。おそらく出場機会はないと言われていたため、当日はとにかく自分のできることを全うしようとした(=とにかく声を出すこと)。なべゆうとベンチで死ぬほど声を出し、試合に勝ってほしいと心の底から願った。

 

が、結果は負けてしまった。

 

弱みを全然見せてこなかったはるとさん(31期 DF 佐々木暖人)が膝から崩れ落ちて泣いていたり、しもんさん(31期 主将 OF 川原士門)が最後のあいさつで泣きながら次の代に思いを託していたりと、どれも自分にとっては強烈な景色であった。

 

シーズン初期から先輩に期待してもらったのに、返すことができない不甲斐なさでいっぱいだった。

一方で、こんな自分にも「来年マジで期待している」と先輩方は声をかけてくれた。

 

不甲斐なさ、責任感から、来年は自分がチームを引っ張るとこの時決心した。

隣で泣いていたまもる(33期 OF 山本衛)とともに、来年こそお互い頑張ろうと握手したことは今でも覚えている。

 

 

2024シーズン

全学での決意を胸に24シーズンが始動した。チームとしては、昨シーズンからチームを引っ張ってくれた先輩方が引き続きチームを引っ張ってくれて順風満帆な出発に見えた。

個人としては、昨シーズン同様技術が全くなく、練習でミスばかりしていたが、「俺がやるんだ」という気持ちでたくさんのことにチャレンジさせてもらった。(インスタで見た海外の動画、Youtubeで見たNCAAの動画をとにかく真似してみた。)

 

成長への気概はかなり大きかった。自分がやってやるという気持ちは一切変わらなかった。

 

が、合同練が終わった後のAB分けで自分はBチームに入った。

(今振り返ると、いろいろな技術にとりあえず飛びついて、強みに全然フォーカスすることができていなかったんだと思う。)

 

早くAに上がらないとどんどん置いてかれて、チームを引っ張ることができない、とBチームに落ちてからはとにかく毎日焦りながらラクロスをやっていた。

 

加えて、当時は一年生のB練派遣がかなり早く、組織練を一緒にやることが多かった。焦りを感じていた自分は、この状況を「自分の時間を確保できない、質の高い6on6をすることができない」状況と捉え、さらにいらいらと焦りを増していった。(余裕がない状態で外にベクトルが向いてしまっている)

しまいには、練習終わりに尾上さん(30期 OF 尾上正敏)に泣きついて相談したりした。なかなかうまくならない自分に対して、自分じゃどうにもならない環境に対しての焦燥感にどう対処すればよいかわからなかった。

尾上さんは、「確実にゆうきはうまくなっているからやるべきことをやって呼ばれるのを待つだけだよ。」と言ってくれた。

 

ユウマさん(31期 OF 竹島湧真)ともしゃべった。ユウマさんは昨シーズンから言ってくれていた、「とにかく量が質を凌駕する。練習量が圧倒的に足りていないと思う。」と言ってくれた。

 

吉原さん(32期 OF 吉原佑馬)ともしゃべった。吉原さんは、「とにかくAチームと一緒に行動したほうがいい」と教えてくれた。

 

漠然とした焦燥感を抱いていた自分であったが、もらったアドバイスをもとに、とりあえず今自分にできることを全力でやった。

・シュー練180本

・Aオフェンスだけでやっていたシュー練、ビデ反参加

 

練習量を増やしたことは、自分への自信につながっていった。Aと一緒に行動したことは、今Aがどういう選手を求めていて、自分が今何をやるべきなのかの理解などにつながった。

(シンプルに仲良くなったのもよかったです。)

 

そんな時期が7月まで続いたが7月23日にけんせいさん(32期 主将 AT 吉田健生)から電話をもらってAチームに上がることになった。そこから全学一回戦までAチームに帯同させてもらった。

 

Aチームに入ってからは、いかにして試合で点をとることができるかのみにフォーカスして毎日過ごしていた。

 

この時期に、以前と比べて成長したなと思えた点は、練習で果敢に挑戦するようになった点である。以前はミスを恐れてチャレンジを避けていたが、この時期は練習中いろいろチャレンジさせてもらった。(打率は3割ほど。多くは失敗していたが、一方で成功する経験も少しずつ増えていった。)

確かに、ミスすることはすごく怖かったが、それ以上に自分が何かチームにいい影響を与えないといけないという責任感のほうが大きかった気がする。

 

一方で後悔している点もある。シーズン当初の「自分がチームを担う」という目標から、当時の目標が「とにかく試合で点を取る」ことに縮小してしまった点である。

(ここでいう「とにかく試合で点をとること」は、限られた出場時間の中で試合で点をとってチームを助けるという意味であり、「自分がチームを担う」は、練習、試合において最前線で勝敗にかかわることであったため、「自分がチームを担う」≠「とにかく試合で点をとる」であった。)

 

当時、自分はすでに「自分がチームを担うこと」を諦めていた。ファーストセットのスカッドはすでに決まっており、自分は、セカンドセット以下が確定している状況で自分が最前線でチームを担うことは厳しいと考えてしまっていた。そのため、現状できる自分のやるべきことをやろうという考えから「セカンドセットで出た時に絶対決める」という目標に変化した。

 

この状況において、漫画の主人公キャラのような人は「関係ない、俺が担う」という自信、責任感を持ってラクロスに取り組むが、自分はそんなキャラ・性格ではなかった。

もっと現実主義で、自分が現実的に目指せると思った目標に対して取り組もうとしか思うことができなかった。大きな目標を掲げるほど余裕がなかった。

 

したがって、当時の反省をすると、「3年生なんだから『自分がチームを担う』というマインドを常に掲げてラクロスに向き合うべきであった」という反省を出すのではなく、「自分がチームを担う」ことを頭の片隅に置きつつ、それが思える状況まで一歩一歩のし上がっていくことが大切なんじゃないかと思う。

 

そして、一歩一歩のし上がっていくためにはどうすればよかったのか。それは、

自分の強みを確立し、それを信じてプレーすること

これが今の自分の答えである。

 

一歩一歩のし上がっていくには「こいつならここで決めてくれる」という評価の定着が特に大事である。

ボーダー層の得点は、再現性のある得点でない限りほとんどが忘れられ、評価されない。

(実際に自分がスライド事ぶち抜いて得点したシーンは評価されず、ネタにされ続けた。)

一方で、他のところで強みがなくても、ある一部のシーンが強くて得点を重ねていたらすごく印象に残り、試合で試されやすくなる。 

そして、その試合で点を決めるとさらに印象に残る。(同時に自分の強みへの自信につながり、さらに自分の強みに磨きがかかる。)

 

よって、「自分がチームを担う」→それができる状況にのし上がる→自分の強みに磨きをかけ、実績を残すことが大事だと考え、当時の自分は自分の強みがなく、かつそれを作ろうとしなかったことが大きな反省点である。

 

当時を振り返るとこのような反省を出せるが、そもそもチームを担うこととは、ラクロスがうまくなるという形だけでなく、運営など様々な形があるが、ここにしか焦点を当てられなかったことは、自分の未熟さであると強く感じている。

 

そのような中、全学一回戦を迎え、チームとしては準備してきたことが多く出せた一方、自分は点も取れず、本当にふがいない終わり方をした。

 

かくして2024シーズンは終わった。

 

 

2025シーズン

昨年の11月、つのじ(33期 主将 G 角地優太)、けいすけ(33期 副将 OF 奥山佳祐)と3人で主将に立候補した。投票の結果、つのじが主将をやってくれることになり、自分とけいすけが副将をやることになった。立候補に際して、2週間くらい三人で話し合った。健生さんを筆頭に、数多くの先輩から来年は地獄のシーズンになると口酸っぱく言われていた中での主将決めだったため、3人全員が来年のチームはこうしたい!という希望に満ちた発言よりも、俺にできるのだろうか。責務を負いきることができるのだろうかという不安の言葉ばかり発していたのを覚えている。

しかし、誰かがこの責務を担わないといけない。32期が残してくれたバトンをつながないといけない。そんな責任感から3人とも立候補した。

 

投票で、つのじが主将になると決まった瞬間、つのじに重いものがのっかったことがつのじの表情からすべてわかった。そして、私はこの瞬間から、今年の副将としての目標をつのじのファーストフォロワーになり続けることに決めた。

 

自分が主将に立候補して目指した主将像が、とにかく行動量(練習量、尽に対しての行動など)であったため、これを副将として、つのじが決めたことを誰よりも率先してやるという形でチームを引っ張ろうとした。

 

このような自分のあるべき像を掲げ、シーズンを始動した。

 

シーズン当初は運営面の不安は毎日のように続いていたが、個人の行動量に関しては担保し続けた。壁、ジム、グラウンドは毎日行くことはもちろんのこと、家に帰って素振り200本を毎日やった。正直上達している感じはあまりなかったが、心の修行だと思って振りまくっていた。自分ができることは、行動量を担保し続け、それをインスタに乗せ、一人でも多くの部員に刺激を与えること。一人でもいいからゆうきさんやってるから俺もやらないとと思ってもらうことが大事でそのいい循環につながればと思って毎日やっていた。

 

そして、12月から3月にかけては、とにかく外の世界に出てラクロスを知ろうとした。健生さん、柿さん(Aコーチ 32期 AT 柿崎康太)が外の世界を知って自分のコンフォートゾーンから抜け出すことが大事だと言っていたため、(当時の自分はその環境がコンフォートだと思うほど余裕はなかったが)全日本社会人ラクロス決勝、学生ラクロス決勝、A1と行ける大会は全て行き、そのために武者に行かせてもらった。これらの試合では、目指すべき強度、基準を感じることができ、武者では、自分がどこまで通用するのか、各チームのチーム運営、雰囲気はどんなものかを知ることができた。特に、武者で行かせてもらった早稲田大学はこの時からラントレの強度が高かったり、練習の雰囲気が引き締まったりしていて、このままじゃ勝てないと思った。

 

3月になっては、PLLの選手のクリニックと試合観戦、全日本代表のクリニックとさらなる刺激をもらった。この、東北の外に出てみる経験でたくさんの知識、気づきを得ることができた。これらの得たものをいかにチームに持って帰るか、自主練に落とし込むかを考えるだけでワクワクしていた。

 

そんな矢先、私は練習で膝の靱帯を切ってしまった。このリハビリ期間はとにかく自分に自信を無くし、自分の存在意義は何かと考える時期であった。

 

怪我した当初、Aに戻ることはできるのかという自分の不安も大きく抱えていたが、それ以上に、主将副将3人ともけがしてフィールドに立てない状況は大丈夫なんだろうかという不安が大きかった。(つのじは指を骨折、けいすけは手首を負傷していた。)こんなんで今年のチームは大丈夫なのかとこのチームの先行きが怖くなってしまった。

そこからは4か月ほどのリハビリ生活が始まった。今の自分にできることは増量とIQをつけることであると思っていたため、週にThe one+1回ジムに行き、毎日ラクロスの動画を見てインスタに載せることを決めて生活した。これらは自分が復帰してすぐ活躍するための準備でもあったが、この自分の習慣を見て、少しでも周りに刺激を与えられたらと思いこの決めごとを行っていった。

 

ただ、松島、龍鷲戦、七帝戦とチームがもがき続けていた状況に対して、自分はチームの流れを変えることを何もすることができなかった。当時、ABわけも4月頃から始まり、私はBチームにいた。副将という立場なのに、練習も別で、試合にも出られない。チームの運営は、つのじに加えてそら(33期 OF 空岡宏起)、はるや(33期 DF 米田遥哉)、ゆうご(34期 AT  柳下雄吾)が代わりに頑張ってくれた。副将なのに、何にもチームに貢献できず、組織を引っ張ることができない自分に私はどんどん自信を失っていき、発言量もどんどん減ってしまった。そんな自分に、優しい後輩たちは「ゆうきさんと早くラクロスしたいっすよ」と頻繁に声をかけてくれた。めちゃくちゃうれしかった。その一方で、チームへの申し訳なさから自尊心がどんどんなくなっていった。

ちょうどこの時、Bチームの革命の6月が始まったため、自分のノルマに加えてシュー練200本を毎日やる生活になった。

この4か月は、チームへの申し訳なさを感じながら自分で課した最低限のやることをやるにとどまった期間だった。

そんな私だが、今考えてみても、当時の4か月でどうするべきだったかどうかまだわからない。

 

7月に復帰し、すぐにAに上がってチームを引っ張ろうと思っていたが、なかなかAに挙げてもらうことはできなかった。(シンプルな実力不足と、こいつをあげたらチームを引っ張ってくれるという信頼が足りていなかった)

 

ちょうどその時期、チームは関東遠征で2連敗を喫し、最悪な状態であった。今年一度も試合に勝てていない代。そんな俺らがチームを引っ張るよりも、後輩に早く引き継いでもらったほうがいいんじゃないかという話も出た。

私は、何にもトライしていない俺たちが簡単に代を譲るのは無責任すぎて絶対に嫌だといった。個人的にも、日本一を目指して毎日活動してきて、今年こそ自分たちでと思っていたのに代を譲ろうという方向にどんどん話が進んでいくことが怖かった。けがで何にもできていなかったのに、目指していた目標が目の前で終わろうとしていることに対して、無念の気持ちでいっぱいだった。

そのあと泣きながらしゅうさん(Aコーチ 31期 AT 早川崇)と柿さんにAにあげてくれと懇願しに行った。

 

同時に、俺よりこいつらのほうが現場でもっとつらい経験をして、そのうえでの意見だもんなと呑み込もうとする自分もいた。

 

そんな個人としても、チームとしても成果が出せていなかったこの時期は本当に苦しかった。

 

そこから、開幕戦前に今シーズン初めてAチームにあげてもらえた。

一プレイヤーとしては、試合で使えるプレーをとにかく練習していたこともあり、6on6での不安感などはほぼなかった。上でのスピード1on1という強みに自信を持ってプレーできていた。一方で、試合に出場する機会は限られており、1試合に1回あるチャンスを生かすか捨てるかの戦いになっていた。

 

これまでと比べて、自分の成長した点は、自信を持てる強みを持てていたこと。

今までの経験から「自分に自信を持つこと」=「自分の強みを信じること」だと考えていたため、自分の強みと言える部分があったことは自信をもってラクロスをすることに大切であった。

そして、その強みを全学の1チャンスで出してチームを勝たせるためにすべてのエネルギーを注いだ。

 

一方副将の立場としては、とにかく自分のできることをやってチームを引っ張ろうとした。

具体的には、アップ、練習中の雰囲気をあげること、グラボ、ライドの強度の声を出し続けること、早く練習に来て準備することなど、誰にでもできるようなことを率先してやった。

(早く練習に来ることで、「こいつ意外と来るの早いんだな」とか「こいつって意外と朝みんなに挨拶しているんだな」など個々人の意外な一面を知ることができてよかった。)

 

しかし、自信は常になかった。副将としての役割は果たしきれているのだろうか。最低限しかできてないんじゃないか。チームを引っ張ることができているのだろうか。

試合のパンフレットで自分が載っていなかったりすると強烈にそれを感じた。

 

こんな、自分としては毎日迷っていたような期間であったが、チームは着実に勝ちを重ねていき、少しずつ自信をつけていった。

 

そんな中、私たちは全学一回戦を迎えた。

 

ラクロス部に入部してから4年間、全学での関東撃破を目指し続けてきた私たちであったが、結果は4対5で負けてしまった。

 

負けたらとんでもない絶望感に襲われるんだろうと思っていたが、振り返ってみると、この試合で経験したのは負の感情ばかりではなかった。

 

個人としては、1週間前のBJ戦で1分も出してもらえず、しゅうさん柿さんには試合で出す可能性は限りなく低いと言われていた。普通に考えたら、1週間後の試合で活躍することは絶望的に思える。

 

しかし、少ないチャンスを最後つかみたいという一心から、練習量を落とさず、食事を固定化し、睡眠時間を十分にとって最高の準備をした。絶対に後悔は残さないと思っていた。

 

その結果、最後の最後でチャンスをつかむことができた。試合前アップでの調子がいいことを評価してもらい、試合ローテの1枚にカウントしてもらった。

ちなみに、試合前アップのデンジャー1on1で決めたのはすべて上での1on1からのジャンシューで自分の強みであった。

 

最後まで自分の強みを磨いて信じてよかったと心の底から思えた。

 

振り返ると、最後にいい状態を持ってこれたのは、いい準備をしてきたという自信と自分の強みを信じることで生まれる自信から、過去・未来に不安を抱えることがなく今に集中することができたからだと考える。

 

とにかく点を取る、自分が点を取ってチームを勝たせるビジョンしか見えないというガンギマリの状態(今に集中している状態)を作れたことが良かった。

 

二年からの経験が少し生きたのかなと思わせてくれる出来事だった。

(だからこそ、試合では絶対決めることができると思っており、決められなくて本当に悔しく、申し訳ないです。)

 

チームとしても、あれほどまでに全員が勝ちを信じ戦う試合は初めてだった。

 

ピッチに出てる人、ベンチの人、スタンドで応援してくれている人全員が東北大の勝ちを信じ、今を全力で戦っていた。

 

シーズン初期に誰があの団結感を想像することができただろうか。

みんな、あんなに最高な景色を見せてくれて本当にありがとう。

 

と同時に、全学優勝したら計り知れない感情に襲われるんだろうと感じる。

想像するだけで高揚する気持ちとともに、自分たちにはもう成し遂げることができないという未練を今感じている。

 

非常に勝手ではありますが、この景色を後輩たちに見せてほしいです。東北大学にかかわるみんなで見たことのない景色を見て、感じたことのない感情に襲われましょう。

その瞬間を心から待ち望んでいます。

 

 

 

最後は自分を肯定する形で終わってしまいましたが、間違いなくこの4年間はうまくいかなかったことのほうが圧倒的に多いです。

冒頭でも言いましたが、一意見としてとらえてくださると幸いです。

 

 

 

◎伝えたいこと

・フォロワーシップ

引っ張る人が求める行動を率先して行う。そしてその行動を自分の周りに促す。これらのフォロワーシップがチームの統一感を生むために大事だと強く感じます。

 

例えば、けんせいさんのようなカリスマ的リーダーで、自分の決断に常に自信をもって周りを動かせる人に対しては、「フォロワーシップを発揮しなくては」と感じる前にリーダーに導かれて行動することが多いと思います。

一方で、多くのリーダー(特に今年の幹部)は、自分の決断が合っているのか、間違っているのかわからない状況で日々迷いながら判断を下していました。

正直めちゃくちゃ不安でした。幹部みんな同じ思いだったと思います。

 

そのような状況の中で、迷いながら下した決断に対してチームが同じ方向を向いてくれるとリーダーは自分の決断に少し自信を持つことができます。

アップや練習中に、自分が出した声にしょうご(35期 DF 柴崎翔吾)が追随してくれたこと、めちゃくちゃうれしかったです。

その一個一個は些細なことかもしれませんが、間違いなくチームをよくする行動になっています。そして、些細な行動だからこそ、みんなにそれはできることだと思います。

 

一人一人のフォロワーシップがリーダーの決断を正解に近づけることができる。

そして、この正解かわからないものを正解たらしめることにすることが目標達成に向けたチームの統一感を高めることにつながるんだと思います。

 

部員一人一人にチームが良くなるためにできることがある。誰であろうと、チームをいい方向に引っ張ることができるということを忘れないでほしいです。


 

東北大学男子ラクロス部というすばらしさ

私はこんなにも素晴らしい組織に4年間在籍することができて幸せでした。

引退したOB・OGや保護者の皆様がラクロス部に寄付してくれること。岩沼まで来て応援してくれること。就活支援をしてくださること。さらなる寄付体制を構築してくれること。

ほかにも見えないところでたくさんの方々が動いてくれていたと思います。

どれも当たり前ではないです。これまで弊部をサポートしてくださり本当にありがとうございました。

 

また、先代の方々の与える影響は引退後の活動にとどまらないと思っています。

36年前にラクロス部を創設してくださったときから今まで、先代の方々が必死にもがいて部を前進させてくださったからこそ、今我々は全国的にここまで応援されるようになり、日本一を目指すことが可能になっていると思います。

 

今いる部員は、今ある当たり前を当たり前と捉えるのではなく、先代が気づいてきた歴史の上に存在していると認識して毎日過ごしてほしいです。

そして、今ある当たり前をさらにレベルアップさせて次の代に繋いでいってほしいです。

 

先代の歴史を受け取り、次の代に繋いでいく好循環を通して、東北大学ラクロス部のいい歴史を後世に残す。

そんな僕たちの航海がずっと続いていけばいいなと思っています。

胸を張って誇りを持てるこの部活が今後も止まらぬ発展をすることを心から願っています。



 

感謝の気持ち

Aコーチの皆さんへ

一年間ご指導してくださってありがとうございました。今年は例年以上にコーチの皆さんの力をお借りしてしまったと思っています。朝早くから練習に来てくださったり、反省に来てくださったり、定例に参加してくださったりと貴重な時間をラクロス部につかって下さり本当にありがとうございました。

清さん、柿さん、海老根さん(Aコーチ 32期 海老根圭太)は来年度もどうぞよろしくお願いします。

 

戸館さんへ

4年間ご指導していただき本当にありがとうございました。怪我がちな自分に対して、その都度メニューを見直してくださり、自分に合ったトレーニングを組んでくださったおかげで最後いい状態で試合に臨めることができました。

一年を通して、常に高いレベルで指導してくださった姿は本当にプロフェッショナルだなと感じさせていただきました。

最後の一年間は、毎試合気にかけてメッセージを送って下さったり、試合後には話を聞いてくださったりとトレーニング以外でも支えられたなと感じています。どこかで飲みにでも行かせてもらえると嬉しいです。

 

けんせいさんへ

4年前、この部活に入れてくださって本当にありがとうございました。「けんせいさんならどうするか」が自分の多くの判断軸になっていました。3年間共に過ごすことができてよかったです。

 

東さん(30期 主将 東谷雅人)、りょうがさん(30期 SSDM 諸星遼河)へ

一年生の時から、33期のことをたくさん気にかけてくれて本当にありがとうございました。最初から最後までお世話になりっぱなしで感謝してもしきれないです。お2人とごはんに行った時のあの落ち着いた雰囲気が非常に好きです。またご飯連れてってください。

 

たいちさんへ

今まで本当にお世話になりました。厳しく、様々なことを教えていただいて間違いなく自分のラクロス生活の大きな部分を形成していただきました。社会人になっても気にかけてくれてごはんに連れて行ってもらえたことがうれしかったです。いつでも妖怪は出せる準備しておくのでまたよろしくお願いします。

 

ひろみさん(30期 OF 濵﨑宏海)へ

15番授けてくださってありがとうございました。同時に、活躍できず申し訳ないです。

2年くらい会えていないのでどこかでお会いしたいです。

 

尾上さん、ゆうすけさん(30期 OF 前田裕介)、羽田さん(30期 OF 羽田有希)へ

B期間でお世話になりました。たくさんビデ反してもらった日々が懐かしいです。今度ゴルフ教えてください。

 

ゆうまさん、りょうたさん

B期間で大変お世話になりました。お二人には苦しいときにたくさん相談に乗って下さりました。自我が強いお2人のアドバイスは非常に刺激的で参考になりました。

またブラウンハイムの前や、温泉で会いましょう。

 

もろかわさん(31期 副将 DF 両川颯一郎)、みったさん(32期 副将 G 光田将都)へ

四年間お世話になりました。シーズン初期に話した副将像について、自分なりの考えを持って取り組みましたが、うまくいったかはわかりません。

ここの部分を言語化してかける(34期 SSDM 森田翔)に伝えたいので、またご飯に連れて行ってください。

 

一年コーチの皆さんへ

一年間ラクロスを教えてくださってありがとうございました。間違いなく4人のおかげでラクロスが楽しいと思えたし、熱中できたと思っています。手裏剣クレードル楽しかったです。またやりましょう。

 

経済会の皆様へ

楽しい機会を提供していただきありがとうございました。

 

ボフヘ

今年一年間本当にありがとう。みんな癖が強くて、いろんなことを考えていて、毎日の練習、反省が非常に楽しかったです。

来年以降、みんなが全学で躍動しているところに期待しています。

メンタルきつくなったら俺がおごってやるから相談しろってゆきむね(33期 OF 内田幸志)が言っていたので、安心して毎日頑張ってください。

 

AOFへ

約半年間ありがとう。僕からいえることはそんなにないです。

こうた(34期 OF 由元孝汰)、たけ(34期 OF 太田雄大)を中心に最高のオフェンス組織になって全学で暴れてください。誰が決めても熱いです。

 

ゆうご、かける、すー(34期 主務/MS 牧原すみれ)へ

一年間、三年生ながら幹部としてチームを支えてくれてありがとう。めちゃくちゃ負荷のかかる立場だったと思うけど最後までやり切ってくれて本当に助かりました。

ラストシーズン頑張ってください。

 

36期へ

余計な心配かもしれませんが、36期は来年めちゃくちゃ大変なシーズンになる気がしています。

先輩の層が厚い中で、思い通りにいかない毎日が続いていやになってしまう瞬間が多くなるかもしれないです。

ただ、この一年間のうのうと過ごしてしまうと4年生までずっと辛くなります。マジでこの一年間が大事だと思います。

うまくいかなくてもあきらめないで頑張ってください。陰ながら応援しています。

 

同期へ

4年間一緒にいてくれてありがとう。引退して離れてみて、みんなは自分にないいいところを持っていて尊敬する部分が多いなとふと感じたり感じなかったりします。

辛い、楽しいなどのいろんな感情を共有できてよかったです。

結婚式には必ず呼んでください。

 

両親、両祖父母へ

ここまでサポートしてくれて本当にありがとうございました。両親に関しては、生まれてから今まで、自分がやりたいといったことを一度も否定せずにチャレンジさせてくれてありがとう。大学四年間(五年間)でも本当にやりたいことをすべてやらせてもらって感謝しかないです。

両じいちゃんばあちゃんも、遠くから頻繁にメッセージしてくれたり、会場に足を運んでくれたりと応援してくれてありがとう。

皆さんにこれから少しずつ孝行していきたいと思っているので元気で待っていてほしいです。

 

このブログをもって、一旦の僕のラクロス生活は終わりとなります。

たくさんの人に出会えて、いろんな経験ができて本当に幸せでした。

今まで本当にありがとうございました。

 

 

RISE

#6 上田祐輝