先日、佐藤優さんの「自壊する帝国」を読んで興味を持ち、同作家の「国家の罠」を一読しました。

 鈴木宗男さんの事件で連座し、起訴された方です。この「国家の罠」では、佐藤さんの視点からの一連の出来事が綴られています。第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞しています。正直なところ、多少、偏見があったので、佐藤優さんの本を読んでいませんでした。

 

 物語の中で、検察官が自ら「だってこれは「国策捜査」なんだから」という衝撃的な言葉を使います。佐藤さんは、著書の中で、淡々と「国策捜査」に至る背景、経緯を語ります。

 マスコミや検察等の関係者を正面から否定するわけでもなく、多少の皮肉はあるものの、感情的な言葉を避け、あくまで、客観的、中立的に語ろうとする筆者の言葉には、強い説得力を感じました。

 

 マスコミが世論を作り出し、その世論の熱気の中で、世論の正義の実現のため、検察が「国策捜査」を行う。この構図は、検察に限らず、現在でもあるのではないかと感じました。

 検察官が語る「時代のけじめ」として「国策捜査」が必要という論理は、理解はできましたが、いささか善悪が感情で決定されているように感じますので、同意はできませんでした。この構図は、誰かを悪いと断罪して終わることではない気もします。この国では、「出る杭は打たれる」というだけのことかもしれません。

 

 ちなみに、この事件は、最高裁の上告棄却で有罪が確定していますが、私には、ウィキペディアでみても有罪の理由が、よくわかりませんでした。ウィキペディアでみただけですが。。佐藤優さん側でないもう片側の意見も聞いてみたいと思いました。

 

 話は変わりますが、先日、長谷川豊元アナウンサーが、朝のニュース番組「とくダネ!」が終わることに関して、以下のように語ったそうです。

 

「当時の朝は『とくダネ!』のほぼ一強。ニュースを伝えていても社会を動かしている実感がありました。今の羽鳥(慎一)さんたちも同じ思いでしょう。われわれがバレーボールを取り上げればバレーが社会現象となり、耐震偽装問題を取り上げれば耐震問題一色。」

 

元『とくダネ!』長谷川豊、窮地のフジに「役員がキャバクラの領収書を切る会社に未来ない」 (2021年4月6日) - エキサイトニュース (excite.co.jp)

 

 私は、ニュースが様々な角度から問題点を伝え、社会のそれぞれの立場の人が自律的に考え、意見を言い行動するという状況が望ましいと個人的に思っています。ニュースが社会の問題点を伝えるのは、報道の役割として理解できますが、ニュースが社会を動かしている実感という言葉に、少しアレルギーを感じました。

 ちなみに、以下の言葉が続きます。

 

 「また当時は自民党の不祥事が重なった時代でした。民主党政権になったこともありましたよね。朝のワイドショーが日本を動かしていたと今でも思っております」

 

 ちゃんと意味がつかめません。ワイドショーが政治を動かしたという意味ですかね。

 時代は違いますが、メディアスクラムで政権交代が起きた?と言われている「椿事件」のことを思い出しました。椿事件を知らない方は、以下を見てください。ちなみに、この事件は、記事の立ち位置によって、評価が大きく異なります。youtubeとかも、色々見ると面白いです。

 

椿事件とは (ツバキジケンとは) [単語記事] - ニコニコ大百科 (nicovideo.jp)

 

椿事件 - Wikipedia

 

 長谷川さんがなぜこのような発言をするのか、その真意はわかりません。長谷川さんは、すでにフジテレビの人間ではないので、問題提起のために、あえてヒールな発言をしているのかもしれません。当然のことという認識なのかもしれません。

 いずれにしても、ニュースの現場の人には、良くも悪くも日本を動かす実感があるのだなと思いました。

 民主的なプロセスを踏まない一部の人の力によって、世論が動き、実際に世の中が変わってしまう、私は少し恐ろしく感じます。

 結論として、私は、メディアの内容をそのまま鵜呑みせず、世間から一歩遅れるかもしれませんが、自分なりに調べて、考えてから、発言、行動をしていこうと思いました。

 

 「国家の罠」を読んで、印象に残った言葉は、以下のとおりです。

 

・「勝てるなんか思ってないよ。どうせ結論は決まってるんだ」 「そこまでわかっているんじゃないか。君は。だってこれは「国策捜査」なんだから」

・「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は「時代のけじめ」をつけるために必要なんです。時代を転換するために何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです。」

・「一般国民の目線で判断するならば、それは結局、ワイドショーと週刊誌の論調で事件ができていくことになるよ」「そういうことなのだと思う。それが今の日本の現実なんだよ。」

・「それじゃ外交はできない。ましてや日本のために特殊情報を活用することなどできやしない」「そういうことはできない国なんだよ。日本は。あなたはやりすぎたんだ。」

・国民の大多数が「何かに対して怒っている状態」が続くようになった。怒りの対象は100%悪く、それを攻撃する世論は100%正しいという二項図式が確立した。

・私が見るところ、ナショナリズムには二つの特徴がある。第一は、「より過激な主張が正しい」という特徴で、もう一つは、「自国・自国民が他国・他民族から受けた痛みはいつまでも覚えているが、他国・他国民に対して与えた痛みは忘れてしまう」という非対称的な認識構造である。ナショナリズムは行きすぎると国益を毀損することになる。

・プーチン氏が「ちょっと話がある」と鈴木氏を読み止めた。「実は、できればのお願いなのだが、五月にロシア正教会の最高指導者アレクシー二世が訪日するのだが、その際に天皇陛下に謁見できるように、鈴木さんの方で働きかけてもらえないか。もし、迷惑にならなければということでのお願いだ。」鈴木氏は「全力を尽くす」と約束した。

・(最終弁論にて)あの熱気の中で、メディアスクラムが組まれ、・・疑惑の報道がなされました。・・しかし、そのような事実はなかったので、当然のことながら刑事責任の追及もなされませんでした。しかし、いったん報道された内容は後で訂正されません。大多数の国民には自己増殖した報道による私や鈴木氏に関する「巨悪のイメージ」と、その「巨悪」を捜査当局が十分に摘発しなかったことに対する憤りだけが残ります。「国民の知る権利」とは正しい情報を受ける権利も含みます。正しくない情報の集積は国民のいら立ちを強めます。閉塞した時代状況の中、「対象はよくわからないが、何かに対して怒っている人々」が、政治煽動家に操作されやすくなるということは、歴史が示しています。

・だいたい、魂が一つしかないということ自体、西洋的な見方にすぎない。ユングもその見方はむしろ世界の少数派だと書いている。沖縄では一人の人間に魂は六つ、ラオスに行けばなんと魂は三十二あるという。なぜ三十二なのかは皆目わからないが、それほどあると、なんだか「ゆとり」を感じてしまう。

・要するに、土地土地によって、魂のことを語るレトリックがあり、その土地ではその土地に根ざした真理があるのだろう。真理は一つではないと思いたい。現代の日本人は、「真理は一つだ」という言葉にあまりに弱い。

・真理は一つ、個性は一つ、魂は一つ。商売の仕方ですら一つに統一しようというグローバライゼーションが進行中だ。なんでも一つものに収斂させたいと、現代人は考えがちだ。だが、ことによると、魂は六個かもしれないし、三十二個かもしれないのだ。