次回ゲームセンターCXは、5月26日(木)22:00~です。




内容は、「タントアール」です。




確か、いろんなパズルなどを解いていくゲームだったはずです。




課長のよさがでるといいですね。




期待してます!!!

自分が変にプライドを持っていたりすると、損をすることが多々あります。






例えば、




・自動販売機で100円を入れたら、何度も認識されずに出てきてしまう。





・表計算ソフトなどでデータ入力してたが保存してなかったたため、異常終了。それまでのデータがパー。





・お願いを人にしたら、結局やらず、理由を聞いたら言い訳ばかりする。




まあ、どちらかというと、腹が立つことになるでしょうか(笑)




こういったことは、よくあります。




それこそ、些細なことから考えていけば、きりが無いし、それこそ多すぎて途中で生きるのをあきらめるかも




しれません(笑)




でもそれでは、そのようなことに対して、なぜ腹が立つのでしょうか。




それは、自分が「自分が思ったとおりの人間であり、自分が思ったとおりになる」という思い込みが原因です。




つまりは、思い込みが原因なのです。




先ほどの例で言えば、100円を入れても認識されないのは、あくまで自動販売機がその100円の重さや




大きさを100円ではないと判断しているだけであり、




表計算ソフトでは自分がデータを入力しているときに、保存をしていなかったことと、表計算ソフトにとっては




例外的な処理(どう例外なのかはわかりませんよ(笑))なので、異常終了したわけです。




ここに、自分自身のプライドが加わることで、急にかっとなったり、いらいらしたりするわけです。




プライドとはあくまで自分だけの問題であり、機械やその他の人にとっては全く関係の無いことです。




それにも関わらず、そこに自分の問題を関係ないことに無理やりこじつけようとするから、プライドが傷つき、




そして腹が立つのです。




有吉さん、マツコデラックスさんがやっている番組があるのですが、そこで彼ら(彼女ら?)は、




「自分のプライドなど元から無い」




というようなことを言っていました。




それは、自分はどんな人間であるかということを知っているというより、人からどんな風に見られているか、を





知っている、理解している、認めているということなのです。




それによって、「自分は本当はこうなんだから、こう見てほしい」ということや、




「自分はそんな人間じゃない。だから馬鹿にするな」という変なプライドは既に捨て去っています。




本当の自分とは、他人から見られて評価されている自分が本当の自分であり、それ以外の自分は、




あくまで「自分はこうありたい」という願望を演じているだけです。




その演じている自分と、人から見られている自分との差が激しい、いわゆる演じていることより、




人から見られている評価が低い場合などに、腹が立つし、プライドが傷つくのです。






そんな風に考えていくと、自分をいいように見せたい自分を演じるよりも、




起きている事実をそのまま認め、そして受け入れることが、本当の自分を作り出すことになり、




プライドという小さな器から抜け出すことが出来てくるのです。




100円が自動販売機に認識されないなら、べつの100円を使えばいいわけです。




それでもダメなら、その自動販売機で購入するのをあきらめればいいだけです。




それを、無理やり自分の思い通り、やろうとする、変にあきらめきれずにするから、自動販売機に馬鹿にされた




気持ちになり、腹が立つのです。






もっと、起きていることを認めていくことが出来れば、自分の幅が広がります。




自分の幅を広げるのは、起きている事実を認めることです。




その事実を受け止め、それに対して自分が出来ることをしていくことが、本当に必要なことです。






もっともっと、楽に生きましょう。




ゲームで失敗しても、イライラするのは止めましょう(笑)




ゲームは、やっている人が失敗してほしいように作られているわけです。





ですから、失敗するということは、その人が作った仕掛け通りに出来たということであり、





ゲームを作った人からすれば、とてもうれしいことなのです。





それを難なくクリアされてしまったら、ゲームを作った人は、失敗する仕掛けを作った甲斐がありません。





だからこそ、ゲームで失敗したら、





「ゲームを作った人の思ったとおりに操作が出来たぞ。」





と思い、むしろゲームを作った人が自分に感謝していることをイメージしてください。





それでプライドは傷つかないはずです(笑)




もっと楽しく生きるには、とにかく認めていくことです。




もちろん、お願いしたことをやってくれず、言い訳ばかりする人は、一度ガツンと言ってもいいでしょう(笑)




それは、その人のためですから(笑)





















熱でダウンした。




もちろん、パソコンのことである。




音楽を聴きながら、WEBブラウジングをしていたら、突如ダウンした。




まだ真夏にもなってないのに。




ということで、冷却装置を探すことに。。。




これから夏だから、このPCはきっと何度も熱でダウンするはず。




なので、早めに冷却装置を買わないと・・・。





F-ZEROの回で放送されたことで一気に有名になったAD高橋さんのカーディガン。




なんと、実は収録などで遅くなったときように3種類用意しているのだとか。。。




個人的には、男性はカーディガンを着ることが少ないのですが、これを機会に課長が着だせば、




もしかしたら今度の課長のイベントでは、様々なカーディガンを着た偽課長が現れるかもしれませんね(笑)






そもそも、設定とはいえ作業服でゲームをやるというのは、結構きついはず。




やっぱりゲームは気楽な格好でやりたいですよね。




そんな中でのカーディガン着用は、今までの課長からすれば新鮮だったかもしれません。




ただ、別にカーディガンの色や種類を変えたから課長がうまくなった訳ではありませんでしたが・・・(笑)






いずれにせよ、今まで日の目をあまり見なかったカーディガン高橋さんがこれからは、




ことあるごとに助っ人する時はカーディガンを課長が着る、というパターンになるのであれば、




第15シーズンはかなりの長丁場のゲームも登場するのではないのでしょうか。






次回はセガのゲームということで、アクション系をイメージしていますが、




果たして現在の課長でアクション系がクリアできるのか、正直心配です。




やっぱり年齢的なものもあり、反射神経を試されるゲームはかなり厳しいはずです。




それでも、助っ人カーディガン高橋さんが、なんとか「・・・・しましょう」と活舌の悪いアドバイスで、




なんとかクリアしていくんでしょうね。。。




私の家では、ゲームが1番うまいのは私ということもあり、子供たちのヘルプに呼ばれたりして、




ADさんの気分を味わえます(笑)




でも、すんなりクリアしたらクリアしたで文句を言われたりするのは、納得いかないですが(笑)「




とにかく、これから暖かくなってはくるものの、急に寒くなったりもするので、




カーディガンを用意しておくのは、ありかもしれません。




ゲームをする時に着用するかどうかはべつですけどね(笑)







よく言われる、センスがよい、という言葉。




センスとは、感覚であり、感性である。




センスがいい、とは、その物事や出来事に対してどのように感じ取っているのか、




そして、それをどのような感覚として捉えているか、が優れているということである。




ただ、これは生まれもってのものではなく、どちらかというと、今まで生きてきた環境や状況により、




変わるものである。




もちろん、生まれもって物事をどのように捉えるかは、その人それぞれだ。




ただそれを、親や周りの人などがいい、悪いを決めていったり、時には制限をしたり、




常識というセンスの必要のない世界に向かわせようとする。




それに抗って生きることができて来た人だからこそ、センスは磨かれていくのだし、結果的に




センスがいい、ということになる。




たとえば、鉄棒で逆上がりをするとしよう。




センスの悪い子(これは運動神経がいい、悪いとは別物である)は、逆上がりをとりあえずはやってみるものの、




出来ないと、




「自分にはこれが出来ない」




と決め付けようとする。




そう、頭で結論をつけてしまい、身体が感じた違和感を汲み取ることをしない。




つまり、




「自分では逆上がりが出来ない」




というイメージを自分で作り上げ、それを元に身体の感覚を作り出そうとしていくのだ。




だから、何度やってもうまくいかないし、うまくいくという感覚を得ることは出来ない。




逆に、出来る人、センスのいい子はどうするかというと、自分が逆上がりをやってみて、うまくいかなかった時、




そのうまくいかなかった、という感覚を違和感として感じ取ることが出来る。




それにより、一回目にやったことと違う感覚を二回目にすることが出来、結果的に出来る感覚を身体が覚え、




すぐにできるようになるのだ。






では、センスはどのようにすれば身につくのか。




といえば、どんな物事でもいいから、1つの物事に対して2つの解釈をしていくことをまずはしてみる。




逆上がりを例に取れば、まず逆上がりが出来ない状態というのはどのような感覚なのか、というのを




自覚する。




出来る、出来ない、という結果を判断するのではなく、それを感覚としてだけ捉えるのだ。




具体的にいうと、逆上がりをするには少なくとも、鉄棒に身体のお腹あたりが当たる感覚があり、




さらにその後にお腹をへこますようにして、身体全体を丸くするようにひざと顔を近づけるイメージを




持たせる。




その感覚をイメージすると、お腹に鉄棒が当たってなければそもそも足は上に上がることは難しいという




感覚がわかる。




そして、ひざを顔に近づける、というイメージがわかれば、逆上がりがうまく出来てない時には、




ひざが顔まで届いておらず、身体が伸びきっていることが感覚としてわかるようになるはずだ。




身体の感覚を知覚していくようにするには、こうやって客観的に自分の動きをイメージ化し、




かつ、身体のどの部分がどうなるのか、という動きを身体の感覚として意識させていくことで、




感覚がだんだんとよくなり、結果的にセンスがいい状態に向かっていけるようになる。






論理的に逆上がりの順番を整理できたから逆上がりが出来るようになるわけではない、ということだ。




あくまで、その順番どおりに身体の感覚があるかどうか、ということが重要なのだから。






逆上がりを例に出してはみたものの、感覚というのはどんなことでも身につけることが出来る。




実際に身体を動かして、ひとつひとつの身体の部位を意識しながら、何かをすればいいのだ。




だって、キーボード(パソコンの)ひとつとっても、自分にしっくりくるキーボードと、しっくりこないキーボードが




あるではないか(笑)




どのキーボードが叩きやすいかはその人しかわからないし、それは身体が感覚で感じているからだ。




当然、叩きやすいと感じたキーボードでは、打ち間違いは少ないし、身体は違和感を感じないはずだ。




センスは自分の感覚を知覚することで磨かれるのだから、センスがいい、状態になりたければ、




とにかくセンスがいい人のやり方のように徹底的に身体の感覚を使っていくことが、1番の近道である。




もう一度、自分がセンスが悪い、と思っていたら、自分は何を基準にしているかを考えてみることを、




やってほしい。