ゲームをやらない人にも、ぜひゲームをやってほしいと思います。



最近のゲームはちょっと現実的にかなり近くなってきていますので、



特にファミコンなどの昔のゲームがいいと思っています。



ちなみに、ここでいうゲームは、ファミコンなどの時代のゲームなどをイメージしてもらえればいいと思います。



ファミコンといえば、なんと言っても


・本体とカセットとの関係が超繊細で、ちょっとでもずれただけで画面がバグる


・リセットボタンという今ままであったことを無かったことにできるボタンがある


・初期のファミコンには、セーブ機能やパスワード機能といった、続きが出来る機能がほとんどない



というようなところがあると思います。



その中でもまず、本体とカセットとの関係の繊細さは、やっていたファミコン世代は、



思わずうなずくと思います。



とにかく、カセットの差込方によって、ぜんぜんうまくゲーム画面が表示されず、なんども端子部分に



息をフーフー、ふきかけていたと思います。



これは、人間関係を表しているのではないかと思います。



まず、カセットをファミコン本体に差し込んで電源を入れるまでは、



実際にゲームができるかどうかは、わかりません。



人間関係で言えば、つまり、実際に話をしてみるまでは、相手がわからないのと同じです。



そして、次のリセットボタンを押すと今まで無かったことに出来る、ということですが、



これはもう一般的にも使われる「リセット」という言葉は、ファミコンが生み出した言葉だと思います。



それだけ、人生はやり直そうと思えばリセットできるものである、ということを教えてくれます。



最後の、セーブやパスワードといった、それまで進んだことを保存する機能がない、というのは、



人間は忘れる生き物であり、同じ状態を常に保ったり、またリセットしても、前と同じ状態には



戻らない、ということを教えてくれます。



これ以外にもいろんなことを教えてくれるのがファミコンであり、



特に当時のゲームの特徴は、



・ゲームの難易度が異様に高い


・難易度が高い上に、コンテニュー(続き)が無い


・コンテニューがないくせに、使える残機数が少ない(大体3機程度)



というように、人生はそんなに甘くなく、そして、大人になればそれだけ厳しい世界が待っている、



という製作者のメッセージとも受け取れるゲームが多数あります。



このように厳しいゲームであるファミコン世代は、我慢することを覚えたり、



人生は常に厳しいものであるということを知り、そして、コンテニュー出来ず、しかも



人生は一度きり(残機がほとんどない)ということをゲームを通して学ぶのです。



それによって、どうしても石橋を叩いて渡る性格や考え方、いわゆる慎重な人か、



一度きりなら思い切ってやってしまえ、という大胆な人として、大人になってると思います。



ところが、今では、セーブはどこでも出来、そしてやり直しも自由なゲームが当たり前で、



難易度も自由に選べるのが当然になってると思います。



それによって、厳しさがなくなったことにより、



うまくいかないと直ぐにいらっとしてしまったり、するようになってしまったと思います。



・自分の思い通りに出来る



というのが当たり前の世代では、ファミコンは只のクソゲーでしかありません。



なぜなら、設定は変えられず、ファミコンに搭載されたデフォルトの状態で、



誰もが同じ難易度でやらざるを得ないことを経験していないからです。



だからこそファミコン世代は、今思い出せば、よくあんな難易度のゲームを長時間やっていたり、



あきらめずに何度もやっていたと思います。



それを、実際に思い出させてくれているきかっけは、ゲームセンターCXの有野さんのお陰でもありますが。



ファミコンという媒体から学べることはたくさんあります。



それはまるで、ゲームを通して人生の生き方を知り、厳しさを教えてもらっているかのうようです。



今の楽なゲームとはまた違った、ファミコンというレトロで厳しい世界を、体験してはどうでしょうか。















本は様々な人が様々な知識を集結させたものです。



それを読むということは、その膨大な知識のヒントを、自分の知識とするということです。



だから、本を読めば頭が良くなるのか、という質問をされると、



「本を読めば、頭は良くなる」



と答えると思います。



でも、半分正解で、半分間違いです。



正解の部分は、前にもいいましたが、自分の知らないことを知ることが出来るというkと、これに尽きます。



そして、間違いの部分は、自分で体験をする前に疑似体験をするので、出来る気になってしまうことです。



つまり、逆上がりのやり方の本があるとして、その本を読み、やり方をきちんと覚えれば、



逆上がりが出来るかというと、そんなことはありませんね(笑)



でも、人間は得てして、この間違いを勘違いする傾向があります。



それは、逆上がりの例で言えば、やり方が(頭で)わかったんだから、自分でできるだると、



勝手に頭だけで決めてしまうことです。



でも、身体が一度も逆上がりを経験したことが無ければ、まず失敗するでしょう。



成功することが無いとはいいませんが、ほとんど失敗すると思います。



それはなぜかといえば、知識が体験を通した知恵になってない、というのは前にいったことですが、



身体で覚えるしか出来ないことは、いくら本を読んでイメージを膨らませても、



身体が実際にその動きをしようとした瞬間に、身体に経験が無いことは身体は反射的に



反応をしてしまい、うまくいかないのです。



だから、これだけ本が出ているというのに、



「自転車の乗り方」



の本が無い理由はそこなのです。



本からやり方は得られても、それをやった気になってしまっては、体験する、という一番大切なことを



失ってしまいます。



その、言ってしまえば「しったかぶり」な本だけの知識で、分かった気になっているというのが、



本を読むときに出てくるリスクです。



つまり、本を読んで得たものを、本当に実践しない限り、むしろ本を読むことはマイナスになり兼ねません。




本は、宝の宝庫であり、知識の宝庫です。



でも、その宝の使い方、知識の使い方が間違えれば、得られるものより失うものの方が多いのです。



だからこそ、本を読むときは(推理小説などのストーリー物はべつとして)、



自分が本当に必要だと思ったときに読むか、



必要だと思った知識は必ず体験を通して検証する、ということをする必要があるのです。



本の間違った使い方をしないために、



それを頭に入れた上で、本を読んでほしいと思います。








人を笑わせたりする人がいますが、その中でも、面白い人とそうでない人がいます。



これは、面白いこと(言い換えると、その状況に合わせたうまく例えたこと)を言ったとしても、



それが、全員がウケるわけではありません。



あくまで、ウケるかどうかは、相手次第で、相手の感性にヒットするものが、ウケるものです。



ですので、面白いことをいう人が、必ずしも、ウケることを言うとは限らないのです。



芸人の人がよく言ういやな言葉に、



「あなた人を笑わすのが職業でしょ、だから笑わせてよ」



という言葉があります。



この言葉ほど、芸人が嫌な言葉はありません。



つまり、その人は「笑う」ということに既に身構えていて、



「私のことを笑わせられるなら、やってみなさいよ」



という気持ちで相手を見ます。



当然、面白いことをいう人はその空気を感じ取るので、もし普段なら面白いことを言っても、



そこでウケる、ということは無いのです。



つまり、笑いの主導権、笑うか笑わないかの判断を相手に持っていかれている時点で、



いくら面白いことを言っても、その判断は相手がするわけですから、



面白いと思った言葉は客観的に聞こえてしまい、客観的に聞こえることで



相手の感性には響かず、ウケることは、まず無いのです。




漫才などは、一番わかりやすいと思います。



まず最初に、世間話などをして、場の空気や、お客さんの気持ちを、漫才師のほうに向けさせます。



これによって、その会話を聞きいていくと、自然と漫才師に主導権を持っていかれます。



それにより、ウケるかどうかの主導権は漫才師に移るため、漫才師の面白いことをいうことによって、



既に場の空気やお客さんは同じ空気を持っていますから、ウケたりする、というわけです。



「最初のつかみが大事」



と、言われるのは、結局、この場の空気の流れを自分たち主導に持ってこれるかどうかなのです。



つまり、面白いかどうかの判断基準は、まず最初に聞き側に存在している、ということです。



それを、うまく話の流れでもっていくことで、面白いかどうかの判断基準を芸人側にあわせることで、



面白い話、という流れが出来るのです。




M-1などの大会などを見ているとよくわかると思いますが、



場の空気の流れの主導権を握った人たちが、うまく笑いを取り、高得点を出しています。



ところが、次にやる人はその空気を自分たちに持ってこなければいけないわけです。



一度前に出た芸人さんの空気を変えつつ、自分たちの空気に変える、というのは、



非常に大変なことなのです。



それによって、本来ならウケるネタでも、面白くなかった、という反応をされたり、



芸人によっては、



「○○さんの後にやるのはぜったい嫌ですよ」



といったりするわけです。



テレビの観客が参加する番組に、前説(事前に説明したり、雰囲気を盛り上げたりする)をする理由は、



この場の笑いの主導権を、お客さんから自分たち側に持ってくるためにやるというのが、



本当の意味なのです。



そうでなければ、場の空気は乱れ、お客さんはバラバラ、笑いはうまく取れず、よっぽどの芸人でもなければ、



それこそウケることは出来ないのです。






面白いかどうかの判断基準は、相手次第。



これを常に念頭において会話をしていれば、



自分がその主導権を握れてるかどうかがわかるはずです。



会話がうまく進まないと感じたら、このことを思い出してください。



これは、日常会話とかでも、なんにでも通用します。



相手に主導権がある、というところから、必ず会話は入るようにすれば、自然と面白いことを言っても、



ウケるようになってくると思います。



ぜひ、参考にしてくださいね。












いや~、ゲームセンターCX、バイオ戦士DAN、見ました(笑)



とにかく、今回は面白かったですね。



それと、課長が忘れっぽい性格だということがよくわかりましたね。



めずらしくADが登場しない(画面には出てこない)状態で進み、見事クリアしていました。



さすが、2軍の4番である元巨人の大森(野球選手)であるソフトだけありますね(笑)



もともと、大森選手は期待されて入ったんですが、2軍ではいい成績を残すんですが、



1軍にあがると、あまりいい成績を残せず、残念な結果でした。



そんな大森選手的なソフトがバイオ戦士DANです。



武器がパワーアップするのを知らずに2面をクリアしてしまい、結果的にやりなおす羽目に陥る課長(笑)



そして、ボス戦では、きっと編集されてますが、相当何度もパターンを読むまで闘いを続けていたという



感じがします(笑)



なんにしても、時間とともに(4秒ごとに)ライフが4ずつ増えていくボスなんて、普通はいませんからね(笑)



それと、コンテニュー回数はわずか5回。



5面しかないとはいえ、課長の腕ではクリアは危ぶまれましたが、



押し相撲にはまり、そして、うまいことボスをパターンにはめられたことが、今回の勝因でしょう。



いや、久しぶりにバイオ戦士DAN自体の面白さ(各面をクリアするごとに変な生き物や忍者になったりして



行くんですが、プレイ画面では姿は特に変わらず、というあたりでしょうか(笑)



とりあえず、面白かったのでまた見たいと思います。





ゲームセンターCXという番組。



それは、有野課長こと、よゐこの有野さんが毎回、ファミコン、スーファミ、メガドラ、PCエンジンなどの



レトロゲームのエンディングを見るために挑戦する番組です。



その番組のお陰で、実は色々なことが起きてると思っています。



まずはなんといっても、昔のゲームたちがまた、プレイしてもらえるということ。



ゲーム製作者にとって、これほどうれしいことはありません。



そして、実際にやる私たちにとっても、あまずっぱい思い出の詰まったゲームから、昔を懐かしみ、



「もう一度クリアしてみようかな」



と思わせることです。



これは、もし有野課長がゲームがめちゃくちゃうまかったら、ありえないのです。



多少下手糞な感じのプレイをするからこそ、



「自分ならもっとうまく出来る」



というゲームプレイ意欲を掻き立てて、思わず昔のゲームをひっぱりだしてやってしまうのです。



そして、もうひとつポイントがあります。



中古ショップの販売の売り上げが上がることです。



もともと、中古ショップは普通の販売店のライバル(中古が売れたら普通のお店や著作者には、



売り上げは入ってこない)であることから、あまり業者には好かれてませんが、



実際にプレイヤーである私たちにとっては、まさに宝の宝庫なのです。



ただ、今までは思い出のゲームを見るだけだったはずが、ゲームセンターCXによって



・自分がプレイする



・プレイするには購入しなきゃいけない



・中古ショップで購入する



という流れになり、結果的に中古ショップが潤うのです。



つまり、中古ショップという宝の倉庫があるからこそ、私たちは昔のゲームをプレイできるのです。



それにしても、さすが、昔のゲームは頑丈ですね。



20年近く経ってるゲームでも、普通にきれいに掃除すれば、プレイ出来ちゃいます。



ROMカートリッジという、色や形がそれぞれ違うというところも、コレクションしてる人にとっては、



たまらないはずです。



そんな昔のゲームをやるきっかけを与えてくれたのは、誰であろう、



ゲームセンターCXの有野さんなのです。



いまや、ブログではレトロゲームプレイブログがどんどん増えてます。



みんな、有野課長になりたいんです(笑)



オッサンも、夢を、エンディングを見たいんです(笑)



それだけじゃないです。



そのオッサンも立派なお父さんとなり、女性はお母さんとなり、一緒になって、



そのゲームを楽しめるのです。



ドラゴンボールが子どもの頃見てたのに、自分の子どもがまたそれを見てはまってるのと、



同じ現象です(笑)



つまり、保存の利くゲームという物理的媒体のお陰で、親子で一緒にプレイできるのです。



私も今じゃ、家ではAD状態です(笑)



もしくは、管Pよろしく、「撃て、撃て、撃て」とかいいながら、ナレーションしたりしています(笑)



それくらい、やっぱり昔のゲームは面白いんです。



だからこそ、名作として今も残り、そして私たちの思い出としても、



強く残るのだと思います。



もっともっと、レトロゲームをプレイしましょう。



そして、昔達成できなかったエンディングを見るもよし、



逆に昔は出来たのに今じゃ出来ないヘタレ具合を実感するもよし(笑)



レトロゲームという枠にはなってますが、今の子供たちでも、十分遊べます。



ボタンが少ないから、すぐに操作も覚えます。



だから、もっともっと、子供たちにも昔のよき時代のゲームをやらせて、



親子で一緒の思い出を作りましょう。



独り身のオッサンは、自分が子どもの気持ちになったつもりで、また思い出を作ってください(笑)



とにかく、ゲームセンターCXを見て(DVDもありますから)、レトロゲームを楽しみましょう。



立てよファミコン世代。



回転縮小機能で興奮せよスーファミ世代。



ちょっと金持ちしかもって無かったよPCエンジン世代。



ちょっと人とは違ったのが好きなやつが持ってたよメガドラ世代。



いずれの世代も、もっとゲームを楽しみましょう。