武道・武術をなぜやるかといえば、



強くなりたい、というのが最初だととは思いますが、



知れば知るほど、



自分自身の今まで生きていた中でついた癖や思考、考え方をそぎ落として、



世の中や自分と向かい合える、向き合えるためにやっているんだと考えさせられます。



だから、



ちょっとしたことで腹を立てたり、



気分を損ねたりすることは、



自分の今までの癖の積み重ねがそうさせているのであり、



それをなくすことは至難の業で、



だからこそ、武道・武術の達人はそれを乗り越えたことで、



達人と呼ばれる境地に立ったのだということがわかります。



そこに至るには、途方もないくらい自己否定をしていかなければたどり着かないわけですから。。。




今自分の中での癖は、



肩が自然とあがってしまうことです。



これは、力みを用いる作業などで、見られることが多く、



それは肩の使い方が間違っている、



もっと言えば身体の使い方が間違っている証拠だと、気づかされます。



今はこの肩の使い方をとにかく癖をなくし、



この状態から日常動作すらも脱することが、自分にとっての課題です。



それにしても、



一度ついた癖はとるのは難しい。



それは、何年、何十年とその使い方を修練し、日常動作へと鍛え上げたのですから(笑)




普段、自分中心に生きていることが多くなっていると、



どうしても自分の思うとおりにいかないとすぐにイライラしてしまう。



そんなことってありませんか?





世の中が便利になり、ほとんどが家にいても物が買える時代。



便利ではあるけど、それは人をどんどん退化させていくことでもある。




今回、ひょんなことからコールセンターに電話をすることになったのだけれど、



電話してみると、



かなりの時間待たされた。



もちろん、かなりというのは主観的で、せいぜい5分くらい。



でも、待つ方は長いと感じる時間でもある。



なぜなら、目的は1つだし、早くその問題を解決したいからに他ならない。



ようやくつながったコールセンターの人と、事務的なやりとりが続く。



コールセンターの人の身になれば、



毎日朝から晩まで、怒鳴られるかもしれない、罵声をあびせられるかもしれない、



そんな怯えをしながら電話に出ている大変な仕事だ。



対応は事務的だが、きちんとマニュアルにそって、



相手の不明点を解決していくように対応している。



ある意味、すごい。



今まで相当クレーム対応をしてきたんだろうな、と思う。



その見事な対応っぷりに、私は自然とコールセンターの人に、



「ありがとうございます」



と言っていた。



すると、コールセンターの人の雰囲気ががらりと変わり、



「こちらこそ、ありがとうございます!!」



と、うれしそうな声が聞こえてきた。



普段、



罵声や怒声をあびせられ続けた人たちにとって、



「ありがとう」



の一言は、想像以上に大きな一言なのだな、という感じがした。



たった一言の言葉で、



人はこんなにも変化する、



それをまざまざと見せ付けられた。



でも、



それを教えてくれたコールセンターの人に、



改めて感謝をしたい。



そして、コールセンターの人も、人間なのだ。



人間なのだから、感情もあるし、いやな言葉を言われれば、気分も悪くなる。



だから、



どんなにクレームであっても、



まずは一呼吸して、相手に真摯に向かうことが、実は1番いいことだと気づかされた。



本当に、ありがとう。







達人のような動きや察知能力を身につけたいとおもい、



武道武術をやったものの、



道場では出来るようになった。



が、実際に日常生活では出来ないということが多い。



それは、



道場の稽古は全て、何かしらのルールが限定された中でやっていることだからだ。



だが、



日常生活では、そこにはルールは存在しない。



車がルールを守っていたりするように見えるけど、



あくまで法定ルールであり、それは自分と共通のルールなのかどうかはわからない。



つまり、



日常生活では、



一見同じ共通ルールを持って生活しているように見えて、



実際には人それぞれ独自のルールで生活しており、



それらが混ざり合った世界が社会という名の場所なのだ。



だから、



そんな中で道場の稽古でやったことを試そうとしても、



それが通用しないことはすぐにわかる。



なぜなら、



相手は自分の思ったとおりになど動いてくれないし、してくれるとは限らないからだ。





お店に入って何かを注文したり、自分が思ったとおりに話をしてみても、



実際には自分の思ったとおりになることは少ない。



そして、得てして我々はこういう言葉を使って、



その自分の思い通りにならなかったことを、正当化しようとする。



「融通がきかないなぁ」



と。



でも、ちょっと待ってほしい。



これが武道・武術の世界で言えば、



「自分の思ったとおりに相手が動く」



という大前提で行ってるわけだから、



当然、この後相手に斬られるのは、自明のことである。



だが、



今の現代ではそんなことは滅多に起きないので、



自分の思いや考えどおりにいかないと、すぐに愚痴や不平不満を言って、



相手のせいにしてしまう。



それを繰り返した結果、



日本のサービスは隅々まで行き届くようにはなったものの、



わがままとしかいえない、理不尽な一方的な思いだけが増えるようになってきた。





これでは、武道武術でやっていることの意味はないし、



そもそもなぜ武道武術をやっているのかという目的すら見失っている。



なぜ武道武術をやるのかといえば、



こういった日常生活において、その場で柔軟かつ適切な対応が求められるからであり、



その求められる能力を養うために、やっているのである。



それが出来ないのであれば、武道武術をやっている意味はないし、



やる必要はないのだ。



つまり、



日常生活において使えることが、



本当の意味での稽古したことの実践であり、自分の経験や体験、智慧となるのだ。



だから、もしこういった融通の聞かない相手やお店に出くわした時は、



自分の反応をよく観察すること。



そして、その臨機応変の対応を求められた時に、その場で最善と思われる行動をとること。



取れなければ、



それは道場の稽古はまだ自分の身体に落としきれてない、ということになる。



きちんと、



実践の場で検証することが大事なのだ。



だから、



自分が冷や汗をかいたり、思考が固まってしまうような場面に出くわすことが、



この武道武術をやってきたことの何よりの実践的検証の場になると心得ながら、



日常を過ごすことで、自分がレベルアップしていくということを認識するのだ。





かくいう自分も、



そういう場面に出くわすと、



まだまだそこまでの対応が取れていないことが良く分かる。



言ってみれば、



どんなに後で反省しようと、次はこうしようと思ってみても、



すでにその時の対応で自分の判断は決まっており、またその対応がまずければ、



その時点で自分は斬られていたのだ。



その点を十分にかみ締めて、普段、日常生活からやっていく以外に、



武道武術のレベルアップはありえないと日々考えている。





みなさんは、肩こりになったり、もしくは腰痛などになったりはしてませんか?



いろいろな原因はあるものの、



身体の使い方が間違っていることがあげられます。



そして、筋力が低下したから、などといった筋力トレーニング至上主義的な発想で考え、



腰痛の原因は筋力不足だからだ、と言って鍛えようとしても、腰痛は治りません。



そのためにはどうするか?



まずは、自分の身体の使い方を知ることです。



つまり、それぞれの動作をするときに、身体はどんな風に使われているか?を見るのです。



分かりやすいのは、



携帯やスマホ、パソコンといった現代を代表する機器を操作するときです。



肩こりがひどい人は、これらを操作する時に、



無意識に肩が上がって操作をしています。



肩があがるということは、重心が浮くということです。



重心が浮くということは、頭をはじめ、上半身を支えるには肩で支えることになり、



肩に力が入ってしまうのです。



また、当然肩だけで支えるには頭と上半身の重さは支えきれないため、



背骨を曲げて猫背になることで、



その重さを支えるようになるのです。



その結果、背骨は猫背になったことで曲がった状態を維持しなければならず、



それを支えるための腰の骨まで伸びきってしまうことで、



腰に負担がかかり、結果的に腰痛も引き起こしてしまうのです。




だから、肩こりと腰痛は別のものではなく、



実は同じ原因から引き起こされている問題なのです。



では、どうすればこれを治すことができるのか?



整体に通ったり、針などをやったとしても、



それは対処療法でしかなく、原因であるものを取り除くことは出来ません。



根本療法である、携帯やスマホ、パソコンを操作する、という身体の使い方を直さない限り、



この症状を治すことは出来ません。



なので、



まずは携帯やスマホをしている時の自分の身体の使い方を、観察してください。



そして、もし肩が上がっていたり、背骨が曲がって猫背になっていたら、



その都度、胸骨を前に出して背骨をまっすぐにし、その上に頭を乗せる(目線はまっすぐ)ことで、



正しい姿勢をするようにしてください。



慣れないうちはすぐに戻ってしまったり、



むしろより腰が痛くなったりする場合がありますが、



それは今までその姿勢で慣れていないから、身体がそれを教えてくれているだけです。



なので、都度都度とにかく姿勢を気にするようにしましょう。



また、身体が右や左に傾いている場合もありますので、



それらも認識できるようになるまで、正しい姿勢をとるようにしましょう。



まず、続けてください。



そして、携帯やスマホなどを操作しても肩があがらないようになるまで、



それが無意識に自然とできるようになるまで続けてください。





物事を見極めるには、表だけ、表面だけのことに惑わされてはいけません。



それは、



もっと言えば、



必ず物事には表と裏があり、今見えているのは



そのどちらかなのかを見極めることが必要だということです。



だから、



自分の先生や師匠が言った言葉や行動なども、



みたままを受け取るのではなく、必ずその言葉の裏側、



反対の部分に目を向ける必要があります。





過去の達人たちは、このことをよく知っているので、



表面的な表現を使って、物事を見極められる人のみにだけわかるような言葉で記録を残しました。



それは、



人は当たり前のことをいっても、そのことを当たり前にとらえるかどうかは



その人の人間レベルにかかってくるからです。



どんなにすごい言葉、もしくはすごい絵画でも、



見る人がその絵画を見る能力、それを感じ取れる能力がなければ、そこにすごさは存在しません。



だからこそ、



もし自分がそういった言葉や絵画、人などに出会ったときには、



自分がその感じ取れる能力があるかどうかは、



心が揺さぶられるような感覚があるかどうかでわかります。





そう考えていくと、



全ての達人にいえることですが、



物事の裏側まで、



本質まで見抜く能力を備えた人のみが、なれるのだということがわかります。



そのためには、



とにかくひとつのことを、あらゆる角度であらゆる方法で検証していくことです。



これは、武道・武術だけでなく、



生きること全てにいえます。



なので、



まずはその能力を身につけられるようにしていく必要があります。




■具体的にどうすればいいのか?



たとえば、誰かが決めたルール、スポーツでも何でもかまいません。



そのルールを破ったら、いったい何が起こるのか?



また、なぜそのルールが出来たのか?



これらを考えるようにしていくことです。



寸止め空手などのスポーツ試合では、



相手に攻撃を当ててはいけません。



これは、ルールです。



では、なぜ当ててはいけないのか?



表向きなルールは、怪我をするから、または空手は一撃必殺なので、



当てたら相手を殺してしまうので、そのような攻撃を止められる技術を持てること、などです。



では、裏はどうでしょうか?



考えられることは、全て考えていきます。



たとえば、相手に当ててしまうような未熟な技術レベルかどうかを見極めるため、とか



防具メーカーの強い押しで防具を買ってもらうためにそのルールを作ったとか(笑)



まあ、あくまで考えられることで、実際にはどうかは検証しなければわかりませんが、



こういったことを考えていくことで、



物事の本質に近づいていくことができるのです。



まずは、



裏側を見る癖をつけましょう。