子育て、と聞くと、かなり大変なイメージがあると思います。
我が家も3人の兄弟がいるので、周りの人からよく、「3人もいたら大変だよね~」と言われるんですが、
実際にはそうでもないです。2人以上はあまり大差ありません。
むしろ、3人いると必ず1人が余るような状況が生まれます。
例えば、お父さんとお母さんは1人ずつ(基本的には)しかいないので、1対1のペアになると、1人余りますよね。
それとか、乗り物に乗る場合も2人がけが多いので、これもやっぱり1人余ります。
そんな状況だと、兄弟間では喧嘩だけではなく、社会が出来上がります。
つまり、兄弟同士で派閥が出来たりするんです。
これが中々実社会と変わりません。
我が家の場合で言えば、だいたい1番上と1番下が一緒になることが多いです。
それは、1番上にとって真ん中は年の近いこともあり、ライバルになるんです。
また同じように、1番下にとっては真ん中が年が近いので、こちらもライバルになります。
そうなると、1番上と1番下がくっついて(徒党を組む?)、真ん中と対立したりするんです。
ここで直ぐにお上(この場合は父、母)が登場してはいけません。
それは、最大権力者である父母が登場してしまうと、その社会は何も創造や工夫が生まれません。
子供ながらに、必死にお互いをけん制したり、また協力したり、取引したりすることで、世の中を学ぶんです。
だから、親がしてあげることは、最後の最後、本当にやばい、と思う時まで手出し口出ししないことです。
これがまた難しいんです。。。
結局は、親は「子供が自分で考えて自分でやるようになるまで、我慢が必要」だからです。
口出し手出しすることは、とても簡単です。
だって、言ってみれば答えを言ってしまうようなもんですから。
でも、それじゃ子供はいつの間にか、「自分で考えずに直ぐに人に答えを求める人」になっちゃいます。
それじゃ、子育てにはなりません。
だから、子育てとは、
・子供は親から、身の回りから与えられた問題・課題を自分で考えて進めていく力を身につけること
・親は、子供が自分で考えて答えを見つけ出すまで、(もちろん道しるべを出すのは必要)我慢する力を身につけること
になります。
そう、つまりは、子供を産んだ人(通称:親もどき)が、真の親という人間に成長する為の経験なのです。
私たち親は、自分達が思っているほど実は、子供のことなんてわかってません(汗)。
それとは逆に、子供は私たち親が思っている以上に、親のことを理解しています。
まあ、理解しているというよりは、肌で感じている、といえばいいでしょうか。。。
だから、親が子供に嘘を言っても、すぐにばれます。
そして、「なんで?」の激しいツッコミで、親は説明責任を負わされたりします(笑)。
自分では知っていると思っていることも、子供にとっては初めてのことばかりです。
説明したって、大人なら通じる常識や当たり前といったことも、子供にとっては何も持ち合わせていません。
だから、下手すりゃ1から10まで説明するハメに陥ったりするのです。
そこで、私は改めて思うのです。
子供に教えているように見えるけれど、実際には子供に教え方を教わっているのだ、と。
実際に子供に対して、会社などで話しているような単語を使って話をしてみると、同じ日本語なのに、ぜんぜん通じないことがざらにあります。
そうなんです、いかに子供が分かりやすいような言葉で話が出来るのか、をそこで試されているんです。
特に難しいのは、感覚的なことを伝えることです。
こればっかりは、擬音や擬態を使って伝えるくらいしか出来ません。
大人なら、他のたとえで説明出来ますが、子供には他のたとえで説明出来るほど、沢山経験していませんし、それほど知識がありません。
だからこそ、ここが親の腕の見せ所だし、「人に簡単に分かり易く教える」為のやり方を学ぶんです。
人生勉強だ、と言いますが、子供を育てるということを通して、本当に勉強(勉強って思ってたら続かないので、子供と自分の成長って言っていますが)をし続けなきゃいけないんだなぁ、ということを学んでいます。
よく、おじいちゃんやおばあちゃんが子供(孫とか)に優しいのは、子育てを通して人間的成長を遂げたことで、それだけ子供や孫に対して許せる心を会得したからでは?と思ったりしています。
つづく。