あの宅浪の一年を知っている自分からすると、大学に受かったという事実そのものが信じられないくらいでした。
何もできずに眠ってばかりいた私が、もう一度やり直して、ここまで来ることができた。
そのことが、ただただうれしかったのを覚えています。
大学生活は、思っていた以上に楽しいものでした。
私はもともと、暇な時間があまり好きではありません。
何もない時間があると、余計なことを考えてしまうからです。
だから大学に入ってからは、できるだけ授業を詰めて入れていました。
今思うと、少し極端だったかもしれません。
でも当時の私は、「せっかくここまで来たのだから、できるだけ多くのことを吸収したい」という気持ちでいっぱいでした。
私は教育学部に進みました。
そして教員免許も、取れるものはなるべく取ろうと思っていました。
幼稚園、小学校、特別支援、中学校、高校。
今振り返ると、よくそんなに欲張ったなと思います。
でも当時の私は、それが当たり前のように思えていたのです。
学べるうちに学びたい。
取れるものは取りたい。
そんな気持ちでした。
大学では、授業だけではなく、ボランティアのサークルにも二つ入りました。
どちらも小学生と関わる活動でした。
子どもと関わることは、思っていた以上に楽しかったです。
もちろん大変なこともありました。
でも、子どもたちのまっすぐさに触れていると、自分まで少し素直になれるような気がしました。
あの頃の私は、大学の中でも外でも、わりと忙しく過ごしていました。
でも不思議と苦しくはありませんでした。
むしろ、やっとちゃんと生きている感じがしていました。
高校時代や宅浪の頃の私は、どこかいつも、自分がそこにいていいのか分からない感じがありました。
でも大学では、授業を受けて、課題をして、サークルに行って、誰かと話して、また次の日を迎える。
その繰り返しの中で、「私はここにいていいんだ」と少しずつ思えるようになっていったのです。
そして、大学に入ってから、生まれて初めてアルバイトもしました。
小さな居酒屋でした。
最初はとても緊張しましたが、働くことは思っていたより楽しかったです。
忙しい時間帯は大変でしたし、失敗して落ち込むこともありました。
でも、自分で働いてお金をもらうということが、私には新鮮でした。
自分で稼いだお金で、誰かにプレゼントを買う。
少しだけいい美容室に行く。
メイクを工夫してみる。
そういうことが、うれしかったのです。
今まではどこか「してもらう側」だった私が、少しずつ「自分で選ぶ側」になっていく感じがありました。
見た目のことにも、前より気を配るようになりました。
予備校の頃から少しずつ変わり始めていたものが、大学でさらに自然になっていったのだと思います。
おしゃれをすること。
メイクをすること。
自分のためにお金を使うこと。
そういうことを、私はようやく楽しめるようになっていました。
思えば大学の四年間は、あっという間でした。
毎日それなりに忙しくて、やることがたくさんあって、でもその忙しさが苦しくない。
そんな時間は、私にとってはじめてだったかもしれません。
私はあの頃、ようやく前を向けるようになっていたのだと思います。
もちろん、すべてが完璧だったわけではありません。
人づきあいに不安がなくなったわけでもないし、自分に自信が満ちあふれていたわけでもありません。
でも少なくとも、高校時代のように「ここにいていいのかな」と怯えてばかりではなくなっていました。
ちゃんと頑張れば、結果がついてくること。
人と関わることが、必ずしも苦しいばかりではないこと。
自分で選んで、自分で積み重ねることの楽しさ。
大学の四年間で、私はそういうことを少しずつ学んでいったのだと思います。
だからこそ、その先で社会に出た時、私はまた別の意味で大きくつまずくことになります。
大学までは「頑張れば何とかなる」が通用していたのかもしれません。
でも、働くことはそれだけではありませんでした。
大学四年が終わり、私は最初に、ある小学校で講師として働くことになります。
そこから、私の「先生としての人生」が始まりました。
次回は、その最初の一年のことを書こうと思います。
小学校現場の忙しさと、そこではじめて見た「大人の世界」のことを。
