予備校に通うことが決まったとき、私は正直、不安の方が大きかったです。


もう一年やり直す。

言葉にすればそれだけですが、私にとってはかなり大きなことでした。

宅浪の一年をほとんど何もできないまま終えてしまった自分が、今度こそ本当にやれるのか。

また同じことを繰り返すのではないか。

そんな気持ちがずっとありました。


でも、予備校に通い始めてすぐ、私は少しずつ気づいていきました。

ああ、人には人に合うやり方があるんだな、と。


宅浪の時は、とにかく何もかもが自分任せでした。

起きる時間も、勉強する時間も、どこまで進めるかも、全部自分で決めなければいけませんでした。

今思えば、あの頃の私にはそれが一番難しかったのだと思います。


けれど予備校には、まず「行く場所」がありました。

朝行けば、授業がある。

同じように机に向かっている人がいる。

空き時間には自習ができる教室がある。

そのことが、私にはとても大きかったのです。


勉強するための場所がある。

それだけで、こんなに違うんだと驚きました。


そして、予備校では友達もできました。


みんなより一つ年上のことが多かったけれど、それでも一緒に勉強したり、少し話したり、何となく気持ちを共有できる相手がいる。

それも、宅浪の頃の私にはなかったことでした。


今思うと、私は勉強そのものだけではなく、「一人ではないこと」に救われていたのだと思います。


母は毎日、お昼代として五百円を持たせてくれていました。

今とは物価が違うので、その五百円があれば十分でした。


私はその五百円で、コンビニでお昼を選ぶのが好きでした。

サンドイッチと紙パックのリプトンのミルクティー。

たぶん、それがいちばん多かったと思います。


今から思うと、本当にささやかなことです。

でもあの頃の私にとっては、その小さな楽しみがとても大事でした。


今日もちゃんと予備校に来られた。

今日もお昼を買えた。

今日も授業を受けて、自習して帰る。

そういう普通の一日を重ねていくことが、私にはうれしかったのです。


空きコマには、空いている教室で自習をしました。

あの時間も、私は好きでした。

誰かが近くで勉強していて、自分も同じように机に向かっている。

その空気の中にいると、「私は今、ちゃんとやっているんだ」と思えました。


少しずつですが、勉強も伸びていきました。


もちろん、最初から順調だったわけではありません。

でも宅浪の頃とは違って、やった分だけ少しずつ手ごたえが返ってくる感じがありました。

そのことが、私には何よりうれしかったのです。


そしてその頃、勉強だけではなく、私自身も少しずつ変わっていきました。


それまでの私は、おしゃれにもあまり関心がありませんでした。

化粧っ気もなく、見た目に気を配ることもあまりなかったと思います。


でもあの一年、私は生まれて初めて、少しだけ「モテた」ような気がしました。


今思うと、それは見た目が急に変わったというより、少しずつ自分に自信がついてきたからなのかもしれません。

妹にメイクを教えてもらったり、流行の服を少しだけ意識したり、そういうことも少しずつ楽しめるようになっていきました。


勉強がうまくいくこと。

人と普通に話せること。

鏡を見て少しだけ前向きな気持ちになれること。


その全部が、私には新鮮でした。


あの一年は、たぶん、私が生き返っていく一年だったのだと思います。


結果として、私は一年でセンター試験の点数を倍に伸ばしました。

それは予備校の中でもかなり伸びた方だったらしく、私の成績はパンフレットに載ることになりました。


あの宅浪の一年を知っている自分からすると、それは信じられないことでした。


できない。

だめだ。

何も変われない。

そう思っていた私が、ちゃんと積み重ねて、結果を出すことができたのです。


もちろん、それは私一人の力ではありませんでした。

予備校の存在、先生、友達、母が持たせてくれた五百円。

いろいろなものがあって、私はやっと、もう一度立ち上がることができたのだと思います。


センター試験は、今度は余裕を持って突破することができました。

そして次に考えることは、どこの大学を受けるか、ということでした。


もっと上を目指すこともできたかもしれません。

でも私は、金銭的なことや心理的なことも含めて考えた結果、地元の国立大学の教育学部を受験することに決めました。


そこには、いろいろな意味で「無理をしすぎない」という気持ちもあったのだと思います。


二次試験も、思っていたより落ち着いて受けることができました。

そして私は、その大学に合格することになります。


あれほど何もできずに眠ってばかりいた私が、またここまで来られた。

そのことが、本当にうれしかったのを覚えています。


次回は、大学生活のことを書こうと思います。

授業を詰め込み、教員免許をたくさん取り、アルバイトもして、私はあっという間に四年間を走り抜けることになります。