高校に入ったばかりの頃のことを、今でも時々思い出します。


周りに誰もいなかったわけではありません。

話す子もいたし、休み時間に完全にひとりというわけでもありませんでした。

でも、心から「この子は友達だ」と思える相手がいたかというと、たぶんいなかったと思います。


私はなぜか「まる」と呼ばれていました。

顔が少し丸顔だったから、というような、たぶんそれだけの理由です。今思えば他愛のないことなのかもしれません。でも当時の私は、その呼び名を少し複雑な気持ちで受け止めていました。


嫌だった、とまでは言えません。

でも、うれしかったわけでもありませんでした。

そう呼ばれるたびに、自分が少しだけ雑に扱われているような、そんな気持ちになっていたのかもしれません。


私が通っていた高校は、女子校から共学になったばかりのような雰囲気の学校でした。

男子はクラスに少しいる程度でしたが、その少ない男子の存在を、みんながどこか意識しているような空気がありました。


女の子たちは彼氏の話や異性の話で盛り上がっていて、私はいつも何となくそれに合わせていました。

でも本当は、そういうことがよくわかっていませんでした。


「彼氏っていいな」と思う気持ちはありました。

でも、自分が異性を強く意識しているかというと、そうでもない。

みんなが自然に盛り上がっている話題に、私はどこか置いていかれているような気がしていました。


それでも、その場では笑っていました。

うなずいて、話を合わせて、何となくうまくやっているふりをしていました。


今思うと、きっと周りの子たちは、私の違和感に気づいていたのだと思います。

私はどこか「いじられキャラ」のような立ち位置になっていました。


当時の私は、それを必死で笑って受け流していました。

でも心の中では、「もしかして私、少しバカにされているのかな」と思うこともありました。


それでも、そう認めてしまったら最後、学校に行けなくなる気がしていました。

だから私は、自分に言い聞かせていました。


これはいじめなんかじゃない。

私はこういうキャラなんだ。

そう思っていれば、何とかやっていけるような気がしたのです。


本当は、全然平気じゃなかったのに。


一方で、私には好きな世界もありました。

当時、私は漫画の二次創作や同人活動が大好きでした。

けれど、その話を本当に楽しくできる友達とは高校で離れてしまって、高校生活の中ではその楽しさを共有できる相手がいなくなってしまいました。


今思えば、それも大きかったのだと思います。

学校の中で周りに合わせている自分と、本当に好きなものを持っている自分が、少しずつ離れていく感じがしていました。


話せる相手がいないというのは、思っていた以上に苦しいものでした。

学校に行けば人はいるのに、心の中ではずっとひとり。

あの頃の私は、そんな感覚を抱えたまま毎日を過ごしていました。


それでも表向きは、何とかやっていたのだと思います。

グループの中にいて、笑って、話して、それなりに普通に過ごしているようには見えていたはずです。


でも、うまく言えないのですが、私はずっと「本当にはここにいない」ような気持ちでした。

そこにいるのに、ちゃんとそこにいない。

誰かと一緒にいるのに、どこかひとり。

そんな感じです。


高校時代の記憶を思い出すとき、私の中に残っているのは、楽しい思い出よりも、あの何とも言えない居心地の悪さです。

少し笑いすぎていたこと。

少し無理していたこと。

少しだけ、自分を偽っていたこと。


そして、その「少し」が、私の中に静かにたまっていったのだと思います。


今の私は大人になって、母になって、あの頃よりはずっと人づきあいもできるようになりました。

でもそれでも、ふとした時に「私はここにいて大丈夫かな」と思ってしまう瞬間があります。


たぶん私は、あの頃の自分をまだ少し引きずっているのです。


次回は、そんな高校時代の中でも、今も忘れられない修学旅行のことを書こうと思います。

あのとき私は、たぶん初めて、「自分だけが楽しいと思っていたのかもしれない」という痛みを知りました。