伝説 | ごもーんのマタタビ
先のブログの
近衛天皇と鵺の話に因み
二条城の北側にある二条公園へ来ました

源頼政が鵺を射抜くと
悲鳴とともに二条城の北に落ちた。
家来の井早太が鵺にとどめを差すと
清涼殿の黒煙はたちまちに晴れ
天皇の体調は戻ったってお話なのですが

源頼政が矢を洗ったとされる鵺池

そのすぐ脇に鎮座する

鵺大明神。

平家物語では
鵺の屍は船に乗せ鴨川に流した
とありますが
京都の人達は
やはり祟りが怖かったんだろうね

因みに

源平盛衰記では
鵺の屍は清水寺に埋められたとあり
江戸時代にそれを掘り起こしたが為に
祟りがあったとも云われとります
近くまで来たので

御金神社へ寄り
ご挨拶と小銭を浄めて来ました


西本願寺近くにある左女牛井跡。
多くの戦国武将と茶人に愛された水ですが
現在はその面影すらありません。

宇治拾遺物語 巻十二
「河原の院に融公の霊住む事」か


幽霊になった家の元主人
自分の家に思い入れがあったんだね

あ
この辺りは結構

出るよ。
と菓子屋の方が言うてました


祇園の甲部歌舞練場裏にある崇徳天皇御廟。
崇徳天皇の怨霊は日本三大怨霊の一つ

「雨月物語」にあるように
保元の乱により流罪となった崇徳天皇は
仏教を拠り所としていて
乱の犠牲者の供養と己の反省を表す為
五部大乗経を書き写し
自分の代わりに京に収めて貰えないか
と後白河天皇に頼むも
呪いがかっていると拒否され
激怒した崇徳上皇は舌を噛み切り
血の国を呪う事を写本に書き足し
亡くなられた後に怨念となったというお話。
怖


四条大橋を望む。
一年なんて早いですな。
月日は百代の過客にして
行きかう年とまた旅人だもんね


