節分
この時期がくると毎年思い出す。
死にそうになった体験を。
もうずいぶん前のことだけど、
手に入れて間もないお気に入りの1967年マスタングを運転して、
エンジン不調で路肩に停めて救援を待っていたところに
居眠り運転のトラックが100キロ近いスピードで追突してきた。
ヘッドレストの無いクルマだったからただ座っていたら簡単に首の骨が折れて死んでいた。
でもなんだか嫌な予感がして座席で後ろを見ていたからぶつかる瞬間にとっさに身体をかたく縮めて身構えることが出来たから死なずに済んだ。
それでもクルマがくちゃくちゃになるくらいの衝撃でもの凄いむち打ちで首がずれるほど。
体中がしびれ、ハンドルが胸に食い込み、もちろん自力で脱出できない。
救急隊員にいろいろな道具で引っ張り出された。
マスタングはトランクのすぐ下にガソリンタンクが有るから脱出できない状態で炎上していたら終わりだった。
でも、不幸中の幸いというのか、僕は大丈夫だったのだ。
そして、次の日には全国ツアーのコンサートが決まっていた。
救急車で病院に運ばれ、「もちろんコンサートはキャンセルだろうけど、このまま入院してしばらく絶対安静で、」と言われたけれど、
無理矢理断って家で安静にするからと、帰った。
そして次の日、首や腰にコルセットを巻いてコンサートに出た。
とても苦しかったし体中が痛かったけど。
でも指が動くし息が出来るのだからコンサートはなんとかできるんだ!という意気込みだけでステージに立った。
僕は、本当にダメなときまでやってみてから、初めてダメだ、ということを決めたいのだ。
キャンセルをするのなら、ステージで出来る限りを尽くして途中で倒れたりしたら、そこで初めてそこからキャンセルなのだ。
「大事を取って」という選択肢は僕にはなかった。
「出来ないかもしれない」と「出来るもしれない」だったら迷わず「出来るかもしれない」に賭けるのだ。
で、コンサートは最後まで遂行できた。(そのために後遺症が残ったけど悔いてはいない)
それから僕はまずいことになってもあまり動揺しないのだ。
事故に会った直後から、その場ですでに次の日にスタッフにこの大惨事の模様をいきいきとしゃべって驚かせている自分を想像しているのだ。
救急車で運ばれるとき、「ああ、自分の大惨事の事故現場の写メをしておくんだった」などと冷静に思ったほど落ち着いている。
悪いことがあって、どんなに泣き騒いだり動揺しても時間は巻き戻せないのだ。
だからそこから、最短時間、最短距離で楽しい方向に目を向けるしか無い。
それも頑張ってするのでなく、僕の場合直後にもうそういうモードになっている。
我ながら非常に強い人間なのだと思う。怖がらないのだ。
同時に節分というのは年の変わり目の大きな節目なのだから、あの事故は節分後でなかったから究極の「悪いこと収め」だったのだろうとも思った。楽天的なのだ。
・ ・・あれから何年もたったけど、毎年、節分を迎える度にあの大惨事を思い出す。
ここのところは無事に節分を通過している。ほっとしている。
あ、でも何年か前、お正月にバイク事故で肋骨を7本も折ったこともあったっけ。あのときもコンサート前で、キャンセルせず、苦しい痛みでコンサートを乗り切ったっけ。
どういうわけか僕は新春に大けがをすることが多かった。
でも今はもう大丈夫!(これだってなんの脈絡もない「大丈夫」)
もうそういうのはすべてやって終わっているのだ。・・と決めつけている。
・・・・・・・・・・・・・・・・
ところで我が家では日本の年中行事を大切にしているから豆まきもしっかりやる。
家の外と通じている出入り口すべてで大きな声を出して「鬼はー外!福はー内!」とやる。
ただそれだけなのだけれど、気持ちがいい!
ちっち(8歳の息子)も大喜び。なにしろ家の中にマメを撒いちゃうんだから!普段絶対してはいけないことはワクワクだよ!!
最近は関東でも恵方巻きが流行り始めて、一応それにも乗っかって楽しんでいる。
高級寿司屋の巻物の宣伝も伝わって来る。でも恵方巻きだからといって巻物にそんなに高いお金をかけるのもどうかと思う。
我が家では地元の「醍醐」の巻き寿司でいいとする!
というか、この「醍醐」はとっても美味しいのだ。安心なのだ!
ちっちも普段から「醍醐」の味が大好き!!!
で、ちゃんと食べ、豆も食べた。
僕は豆、56個、ちゃんと食べたよ!
毎年そうなのだけど、ちっちは豆まきの後、鬼にも丁寧にお豆をあげるのだ。
「こうして鬼にもちゃんとお豆をあげると鬼だって悪いことしなくなるよ」と言って。
さすがだ! 優しい! ちっちらしいぞ! いいぞ!
今年も幸せまちがいなし!!!
この時期がくると毎年思い出す。
死にそうになった体験を。
もうずいぶん前のことだけど、
手に入れて間もないお気に入りの1967年マスタングを運転して、
エンジン不調で路肩に停めて救援を待っていたところに
居眠り運転のトラックが100キロ近いスピードで追突してきた。
ヘッドレストの無いクルマだったからただ座っていたら簡単に首の骨が折れて死んでいた。
でもなんだか嫌な予感がして座席で後ろを見ていたからぶつかる瞬間にとっさに身体をかたく縮めて身構えることが出来たから死なずに済んだ。
それでもクルマがくちゃくちゃになるくらいの衝撃でもの凄いむち打ちで首がずれるほど。
体中がしびれ、ハンドルが胸に食い込み、もちろん自力で脱出できない。
救急隊員にいろいろな道具で引っ張り出された。
マスタングはトランクのすぐ下にガソリンタンクが有るから脱出できない状態で炎上していたら終わりだった。
でも、不幸中の幸いというのか、僕は大丈夫だったのだ。
そして、次の日には全国ツアーのコンサートが決まっていた。
救急車で病院に運ばれ、「もちろんコンサートはキャンセルだろうけど、このまま入院してしばらく絶対安静で、」と言われたけれど、
無理矢理断って家で安静にするからと、帰った。
そして次の日、首や腰にコルセットを巻いてコンサートに出た。
とても苦しかったし体中が痛かったけど。
でも指が動くし息が出来るのだからコンサートはなんとかできるんだ!という意気込みだけでステージに立った。
僕は、本当にダメなときまでやってみてから、初めてダメだ、ということを決めたいのだ。
キャンセルをするのなら、ステージで出来る限りを尽くして途中で倒れたりしたら、そこで初めてそこからキャンセルなのだ。
「大事を取って」という選択肢は僕にはなかった。
「出来ないかもしれない」と「出来るもしれない」だったら迷わず「出来るかもしれない」に賭けるのだ。
で、コンサートは最後まで遂行できた。(そのために後遺症が残ったけど悔いてはいない)
それから僕はまずいことになってもあまり動揺しないのだ。
事故に会った直後から、その場ですでに次の日にスタッフにこの大惨事の模様をいきいきとしゃべって驚かせている自分を想像しているのだ。
救急車で運ばれるとき、「ああ、自分の大惨事の事故現場の写メをしておくんだった」などと冷静に思ったほど落ち着いている。
悪いことがあって、どんなに泣き騒いだり動揺しても時間は巻き戻せないのだ。
だからそこから、最短時間、最短距離で楽しい方向に目を向けるしか無い。
それも頑張ってするのでなく、僕の場合直後にもうそういうモードになっている。
我ながら非常に強い人間なのだと思う。怖がらないのだ。
同時に節分というのは年の変わり目の大きな節目なのだから、あの事故は節分後でなかったから究極の「悪いこと収め」だったのだろうとも思った。楽天的なのだ。
・ ・・あれから何年もたったけど、毎年、節分を迎える度にあの大惨事を思い出す。
ここのところは無事に節分を通過している。ほっとしている。
あ、でも何年か前、お正月にバイク事故で肋骨を7本も折ったこともあったっけ。あのときもコンサート前で、キャンセルせず、苦しい痛みでコンサートを乗り切ったっけ。
どういうわけか僕は新春に大けがをすることが多かった。
でも今はもう大丈夫!(これだってなんの脈絡もない「大丈夫」)
もうそういうのはすべてやって終わっているのだ。・・と決めつけている。
・・・・・・・・・・・・・・・・
ところで我が家では日本の年中行事を大切にしているから豆まきもしっかりやる。
家の外と通じている出入り口すべてで大きな声を出して「鬼はー外!福はー内!」とやる。
ただそれだけなのだけれど、気持ちがいい!
ちっち(8歳の息子)も大喜び。なにしろ家の中にマメを撒いちゃうんだから!普段絶対してはいけないことはワクワクだよ!!
最近は関東でも恵方巻きが流行り始めて、一応それにも乗っかって楽しんでいる。
高級寿司屋の巻物の宣伝も伝わって来る。でも恵方巻きだからといって巻物にそんなに高いお金をかけるのもどうかと思う。
我が家では地元の「醍醐」の巻き寿司でいいとする!
というか、この「醍醐」はとっても美味しいのだ。安心なのだ!
ちっちも普段から「醍醐」の味が大好き!!!
で、ちゃんと食べ、豆も食べた。
僕は豆、56個、ちゃんと食べたよ!
毎年そうなのだけど、ちっちは豆まきの後、鬼にも丁寧にお豆をあげるのだ。
「こうして鬼にもちゃんとお豆をあげると鬼だって悪いことしなくなるよ」と言って。
さすがだ! 優しい! ちっちらしいぞ! いいぞ!
今年も幸せまちがいなし!!!