都市の中の廃墟ー九州大学箱崎キャンパス

建築はそれが廃墟になった時の姿まで考えてデザインしないといけないと言ったのは、立原道造でした。若くして逝ってしまった昭和初期の詩人であり、将来を嘱望された建築家でした。東大在学中に辰野金吾賞を3年連続して受賞するほどの華々しいスタートでしたが、24歳で病に屈してしまいました。

道造の詩集には『萱草に寄す』『優しきうた』などがあります。最近あまり読まれないようですが、青春の詩の古典的なものだと思います。特に「夢見たものは・・・」は甘く切ない心情にあふれています。

この美しい緑は、どこの森か公園かと見まがうほどです。
実は九大建築学部付近の木に蔦が絡まったものです。

プチとまと-九大1


こういう感じに木全体を包みこんでいます。

プチとまと-九大2


木だけでなく、建物もこのように蔦に侵蝕されつつあります。

プチとまと-九大3


プチとまと-九大4


九州大学は郊外に移転が始まり、大部分の学部は移ってしまったらしいのですが、建築学部は7年後までこの箱崎キャンパスに居座る予定だそうです。その間、キャンパスのメンテナンスは一切行われず、除草もされないとのこと。たった半年でこの状態なのですから、7年後には繁茂した薮をかき分けて研究室にたどり着くということになっているかもしれません。廃墟として美しいかどうかは別問題ですが。