「ミサ…お前、俺を騙したのか…」
「ごめんなさいね。これが私の仕事なの。」
ミサは僕がこれまでに見たこともない冷酷な顔でそう言った。
「うそだろ…」
僕は頭がパニックになって、全力でえっさっさをした。
ヤクザの2人のうち、鼻からカイワレ大根が出ているほうが口を開いた。
「俺たちはお前さんのことを全て知っている。奥さんがいる上に2児の父親だそうじゃないか。ならユキエとの関係はなんだ?立派な浮気だなぁ?300万だ。300万でこのことは黙っといてやる。」
「さ、300万だと?!そんな大金用意できるわけがないだろ!」
「てめぇお頭にどの口聞いてんだよクソボケェ!」
もう1人の、寺門ジモン似のヤクザが全力で僕に膝かっくんした。
僕はその場に倒れた。鼻から牛乳が溢れそうになったが必死にこらえた。
「おい、やめろ」
カイワレが言うと、ジモンは引き下がった。
この時気づいた。寺門ジモンの「ジモン」は、寺門を音読みしたものなのだということを。
「払わないんだったら払わないでいいが、私達はお前がしてきたことをバラすだけだ。裁判にでもなれば、300万どころじゃ収まらねえだろうがな。15000ペソは固いぜ。」
「分かった。金は払う。だが1週間待ってくれ。それまでになんとかして金を用意する。」


外へ出ると、辺りはもう暗くなっていた。マズイことになった、キャバクラなんかに行かなければ良かった、と、ただただ後悔の念に苛まれた。とにかく今日は家に帰ろう。妻の手料理が食べたい。もはや手料理だけでなく妻の手も食べたい。そう思ってどこへ寄ることもなく家へと歩いた。家の近くの交差点で母校の高校の校長に会ったが、2000円貸してくれと言われたので喉仏にアッパーを食らわした。


家に帰ると妻が夕食を作っているところだった。匂いからして、今晩はカレーかな?と思った。
「あなた、おかえりなさい」
「ただいま、今日の夕飯は何なの?」
「トナカイの角の胡麻和えと、タツノオトシゴの姿煮と、湯豆腐よ。」
パンチが効きすぎて動揺してしまった僕は、その場で失禁してしまった。
「なあクミコ、割り箸あるか?」
「割り箸なら冷蔵庫の横の棚に入ってるわよ」
「そうか、ありがとう」
たわいもない会話さえも、今の僕にとっては切ない気持ちになった。
食事が食卓に並び、息子達も帰ってきて食卓に座った。最近は残業が多かったので、家族と夕飯を共にすることができなかった。よりによってこんな時か、と思った。悩みも何もない状態で家族との食事を楽しみたいと思った。
それでも妻の手料理はとても心に染みる味だった。長男がトナカイの角を喉に詰まらせ救急車で運ばれたが、そんなことは大して気にならなかった。ただただ妻の手料理を噛み締めた。こらから僕の人生をはどんなことになるか分からない。もしかしたら大量の借金を作ることになり、会社もクビになり、妻と息子にも家を出て行かれることがあるかもしれない。そんなことを考えていると、さらに暗い気持ちになった。
その日は食事も入浴も、家での全ての暮らし1つ1つをゆっくり味わうようにして過ごした。
その晩には、僕の3人目のムスコが絶好調だったことは言うまでもない。


「うわぁ〜派手にやられてますねぇ〜」
街外れの路地にある古びたビルの一室に足を踏み入れた榎田刑事は、床に倒れている男2人、女1人の遺体を見ながら上司のペタジーニ巡査にそう言わんばかりの顔をしてオナラをした。
「こいつら、チンピラですかね?」
「おそらくそうだ。そんなに有名なヤクザではないが、この辺りでは調子に乗っていたんだろう。」
「それにしてもこんな殺し方初めて見ましたよ〜まったく斬新ですねぇ〜」榎田はそう言わんばかりの顔をしてオナラを2発かました。
「いや、この殺し方。俺は聞いたことがある。」
ペタジーニ巡査が口を開いた。
「デコに割り箸をぶっ刺して殺す、12年前に起きて今も犯人が捕まっていない連続殺人事件と同じ手口だ。」


著者 尾田謙真 
「貢ぐ男〜後編〜」より