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私のこのブログは、
過去と未来の私自身へ向けて
今の私の状態を記録しているものです。
私以外の他者へ向けて、
何かを発信しているのではなく
全て、過去と未来の私自身へ向けて
「今の私」の言葉を紡いでいます。
※本ブログの内容や表現、またマクラメ作品を
作者本人の意図を超えて、解釈・代弁・世界観や
思想の1部として、公に引用する事はお控え下さい。
使用する場合は、1度、私へ確認をお願いします。
また、個人の経験の記録ですので、科学的証明の
出ていない現象なども多く記録しています、
内容の無断使用、商業利用はおやめください。
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自分構築に取り組んでいる皆様
こんにちは😃
第二回目の名古屋座談会。
今回もまた個々がベストなタイミングで
繋がったことを実感できる状態で、
天然石リーディングでは、
本人が思ってもみなかった角度から
石達のアドバイスが来ていたりして
翻訳した私も、
めちゃくちゃ面白かった😂
集ってくれた皆様
本当にありがとうございました。
名古屋座談会の振り返りは
また後日に。
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前回の記事では
なぜ私は
「成功している自分」を
証明し続けたくなるのか。
その背景には、
安心を成果で得ようとする構造が
あるのではないか。
という話を書きました。
今日は、その続きです。
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なぜ私は
「他者を見下したくなっていたのか」
昔のわたしは
誰かにマウントを取られると
「なんて嫌な人なんだろう」と感じる
と同時に、私も負けじとマウントを
取り返そうと必死になっていました。
でも、
そういう自分を観察し続けるうちに
どうしてそうなるのか。が
分かってきたんです。
自分の権威を見せつけたいから
誰かを見下したいのではなく、
これもまた「安心したいだけ」
だったんだな。と。
今日は、その記録です。
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【私はなぜ上に立ちたいのか】
私は、自分が優越感を感じれば
自信がつくのではないか?と
思っていたことがあります。
これもまた、前回の記事同様に
「安心が欲しい」というだけでした。
「私は大丈夫」
「私は価値がある」
「私は間違っていない」
そう確認して、さらに
そう言ってくれそうな誰かを
周りに置いて安心したかったのです。
ところが、
私は幼い頃から、
何をやってもダメ出しされ続けたり、
何か一つできるようになれば、
次から次へと、まだできてないことを
頑張れ!と急かされた経験が多く
自分自身の価値を自分で感じられない
(見つけられない)状態のままになりました。
できるようにならなければ、
それまでにかかった努力や労力は、
評価されない。そう無意識に
自分自身に刷り込んでしまって、
他者との比較でしか
自分の価値を確認できなくなりました。
すると、他者と比べて自分が上か下か。
勝っているか、負けているか。
そこばかりが気になるようになります。
【比較は不安から生まれる】
本当に安心している人も
他者との比較はします。
でも、
比較した結果で、自分の価値まで
揺らぐことが少ないのです。
比較しなくても
自分の価値は消えない。
と分かっているから。
自分を信頼できる力が
自分の中に育っている場合は
他者と比較する意味がないんです。
ところが、私は
自分の価値が不安定すぎて
自分自身を信頼できなかったので
比較を繰り返し続けました。
・学歴
・年収
・ルッキズム
・スタイル
・フォロワー数
・資格
・売り上げ
・知識量
などなど、
比較する材料は多岐に渡りました。
沢山の「比較」をすることで
「私は、ここ、勝ってるよね?」
と確認しようとしていました。
しかも、上には上がいるので、
そこを見るのはキツイわけです。
すると
自分より下に見える相手を
かき集めるようになります。
だから、
見下しの感情の奥には
優越感よりも、
自分自身の不安が隠れていること
の方が圧倒的に多いんです。
【正しさに執着する理由】
比較が進むと
次は「正しさ」が始まります。
正しい側に立てば
他者の悪口を言っているようには
聞こえませんから、安心できる。
SNSでもこれは良く起こります。
・あの人は間違ってる
・それはレベルが低い
・そんな考え方だからダメなんだ
・私の方が達観している
こうした発信は、自分が正論で
言えば言うほど「攻撃していない」
という免罪符になるから。
他者の揚げ足を取って
「私の方が、正しいですよ」
という確認作業をしていました。
他者を裁くことで
安心しようとしていたんです。
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【なぜ、仲間や派閥を作るのか】
正論で他者を裁きはじめると、
私は一人では安心できなくなり
仲間を集めはじめました。
同じ意見
同じ価値観
同じ敵
なるべく、私の正論や理屈と
同じように考えてくれる他者と
徒党を組み始めたのです。
そうすれば、集団の中でも、
安心できたからです。
しかし、
この状態になると、
今度は、
私と意見や価値観の違う人を
排除したくなってきたのです。
なぜなら、
自分の価値観に賛同してくれる他者が
多ければ多いほど説得力がある。
と勘違いしてしまっていたからです。
自分と同じ意見の人が多いほど
安心できると勘違い。
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【本当に強い人は比較しない】
私はたくさんの人を観察してきました。
その中で、感じることがあります。
本当に自信がある人ほど
実はマウントを取りません。
本当に実力がある人ほど
人を見下しません。
全ての領域で勝ってるから。とか
そんなことではありません。
自分がどこに自信があって、
どこに自信がないのか。
自信のある部分では他者を手助けし
自信のないところは、他者に
助けてもらえる自分だと
自分のことも他者のことも
信頼できているからです。
比較などしなくても
自分の価値が消えないからです。
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【見下しの反対側にあるもの】
人は誰でも比較をします。
誰でも優越感を求めます。
誰でもマウントを取ることがあります。
優越感やマウントは刺激的な感覚で
自分を鼓舞する時のエネルギーにも
なります。
だから、
それ自体が悪い訳ではありません。
ただ、その感情の奥には
傷つきたくない
認められたい
安心したい
そんな人間らしい願いが
隠れていることがほとんどです。
そして、そんな自分の弱さすら
自分の愛おしいエネルギーだと
素直に受け入れられたとき
自分の価値を無理矢理
証明しなくてもいい。
誰かを押しのけて
無理してマウントを取るより
今の自分を自分が認めていこう。
そう、少しでも
思えるようになったとき
比較の世界から少しずつ
自由になります。
比較とは、
勝ち負けを決めるためではなく、
「自分が担当する場所」を
見つけるためにあるんです。
長年、
人間観察から構造を解いていく
実験を繰り返してきて
人は、どうやって
自分の価値を
外側に預けるようになるのか。
そこに、人間の弱さも愛らしさも
両方みえてくる瞬間が
私は好きなんだとおもいます。
安心が
人との比較ではなく
自分の内側にあると
だんだん分かってきたから。
だから、
人を見下したくなったときは
「あの人より上に立ちたい!!」
ではなく、
「私は何に不安を感じてるんだろう」
「あの人より上になったら、
どんな安心が手に入ると思ってる?」
と自分に問いかけてみると
見えてくる景色が変わってくるのです。
自分を振り返るタイミングに来た方は
是非、振り返りチェックをしてみてね。
では、また。
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【メモ】
ちょっと気になったので
記録しておきます。
明日6月29日は、東京へ帰ります。
名古屋のとある土地のエネルギーを
見てきましたが、
関西と関東で、
エネルギー的なズレが起こっていて
バランスが悪いな…と感じています。
これは、両極のエネルギーを
繋げたい私が、少し真剣に
取り組む部分だと感じたので
今月、来月は、また
土地との交流を密にしようと
感じています。
地盤から感じるエネルギーも
少しアンバランスですし、
台風通過後で河川の氾濫や
土砂崩れなどが起こっている場所も
多くあるようです。
防災グッズの再点検なども
やってみてね。
私自身はそのように感じましたが、
予言ということではなく
科学的な根拠を示すものではありません。
過度に反応するのではなく、日々の生活の中で
防災に関しても見直してみてね。



