(駄)老後資金200万円で乗り切る方法 ③ | 60歳からの移り変わり

60歳からの移り変わり

世間で言う”老後生活”の入り口に立ちました。これからいろいろ変化していく衣食住&お金について綴っていこうと思います。
アメンバーは、ブログを開設されている方とさせてもらいます。
また東海地方の方は身元が不明な方はご遠慮願います。(身バレ防止のため)

戯言にしようと思ったのですが、本心を書くと鬼娘爆裂になりそうなので

ちょっと控えめに表現させてもらいました。(;^_^A

なので介護です。

 

本格介護生活も3年が過ぎ

ある秋、訪問看護師さんから熱があると言われ・・・(私は測ったことがない)(;^_^A

医師に入院先を決めてもらい、誤嚥性肺炎で入院となりました。

一か月ほど過ぎたころ、曲がったままの膝の血管に血栓が詰まり、血流が滞り緊急手術となりました。

この入院生活中、かかとに褥瘡ができました。

(しぶとく)退院できましたが、かかとの褥瘡は悪くなる一方です。

体が固まってきていましたので、(海老状に体が丸くなる)足をどの位置に固定してもかかとがお布団についちゃうんです

入院費手術費はもちろん無料です。(ほんと!有難かった~~)

寝たきりになってからの衣服は”ねまき”オンリー

2枚くらいの買い足しで済みました。

訪問入浴も一時中止です。余ったお金は・・・・父のパチンコ代に消えたみたいです。(。-`ω-)

 

退院したら元通りの医療体制です。(ヘルパーはお願いしたことがありません。お金かかるから)(;^_^A

そんな中、父に膀胱がんが見つかりました。

父がいなくなると、私への負担が増えます。仕事になんていけません。

かかとの褥瘡もひどくなる一方で、骨が見えるようになってきました。

看護師と医師との勧めもあり、父の入院と同じころ一時施設入所となりました。

この時言われました。「家で看るのは限界だ」と・・・

 

家族はわからないんです。限界が・・・

ただただ、平たんに近い状態でゆっくり下がっていくだけですから。。。

これは今思うと、本当に有難い言葉でした。

 

父は無事に手術入院が終わり退院してきましたが、体力や体の機能が戻らず紙パンツにお世話になりました。

(入院は1週間ほどで、自己負担割合は1割。覚えていないくらい安かったです)

母は、そのまま系列の病院に入院し、退院後は運よくベッドに空きがあったため老健に入所です

そしてそのまま、意識があるかないのかわからないまま、4年近くの寝たきり生活に終止符が打たれました。

入院費は医療費なので無料ですし、老健も寝たきりでリハビリも何もやってもらわないので介護サービスもゼロに近かったと思います)

 

最後の入院中、何度かの医師との面談がありましたが、その都度聞かれるんですよ~

「延命処置はどうしますか?」と・・・そして何度も同じ答えを言うんです。「しません」と・・・

これ、すごくキツイです。(´Д⊂ヽ  

親の生死を娘が決めるんです!!断るなんて、まじ鬼娘と自分で言っているもんですよ。

 

そのころからでしょうか?父のお出かけもめっきり減り

歩いて5分の郵便局で年金を下ろすのも娘の役割に加わりました。

初めて通帳と印鑑を渡されたとき、そっと確認したことが・・・

葬式代の100万円は無事か?です。(;^_^A

(父母それぞれ100万円づつ定額にしていました)

 

これでまず、母は老後資金100万円ですみました。

100万円は、葬式代として使わずにとっておくように、親と約束しておりました。

ちゃんと守ってくれて本当に助かりました。(´Д⊂ヽ

 

残るは父のみ!

父は、どう考えてもデイサービスに通ってくれる気がしません。介護認定もしていません。

まぁ~認知症を発症しても、足腰が弱ってきていますし心臓もへたってますしね。

寝たきりになっても長患いせずにとっとと逝ってくれるかと・・・(;^_^A

(これくらい、お気楽トンボじゃなければ介護はできません)

 

問題児の母がようやく逝ってくれ、それからは父との生活です。

認知症は患っていませんし、まだ自分の身の清潔は保てましたし、お金の管理もできました。

穏やかに過ごせた時期でもあります。

でも、私の拘束感は半端なかったですが(。-`ω-)

 

(つづく)