大人の世界でもそうですが、子ども達は不完全をなりわいとして生きているのですからなんでもかんでも教師や

大人の思うようにはいきません。それが子どものこどもたる所以です。

 

だからクラスのなかでもけんかやいやがらせ、トラブルが当初の時期にはよく起こります。

どうぞトラブルが起こるということを通じて より人間的な子どもへと成長するチャンスととらえて「歓迎」してあげてください。

トラブルや問題こそこどもたちの成長のジャンプ台です。

よく「問題を起こさせないように」「問題を起こらない」クラスこそが担任こそが「力量がある」「いいクラス」などと

いうベテラン教師がいますが、それは大きな「勘違い」で、それは子どもたちの成長曲線をおさえこんでいるだけだといっても

過言ではありません。

「問題こそタカラモノ」大切なのは、それをどのように対処・取り組んでいくのかというこどてす。

 

まず、いろんなトラブルつながる要因をきちんと聞き取ることが大切です。

中学の場合は何かがおこったとき、機動的に学年で複数の教師が生徒を分けて事実確認をすすめます。そのうえで互いの言い分が勝ちしているかどうかで。ここの確認を粘り強くおこないます。

 

小学校は、担任の先生がついつい一人で動きがちですが、、他の先生のちからもかりましょう。それが学校の組織原則です。

一人で複数のこどもに関わると、どうしても教師の「思いこみ」でストーリーをつくって確認しがちになったり、事実があいまいにして、単に「ごめんなさい」で終わってしまうことがあるからです。

 

子ども達が何か、とりわけ「けんか」や「暴力」などでトラブルをおこすときには、必ず理由(わけ)があります。現象面だけで加害者と被害者の構図だけで事を解決してしまうと、こどもの心の中には「沈殿した気持ち」が残ります。こどもたちの双方の気持ちを聞き取りながら互いに納得いく解決をはかることが大切です。

これらの暴力的な事象やけんか以外にも子ども達は「ちょっかい」「からかい」「もの隠し」「いたずら」「授業中のおしゃべり」「立ち歩き」などのさまざまな問題を表出します。

これらは、「自分たちの不利益には黙っていない」「いやなことはいやだという」確認をして、必ず先生に伝えること。中学ならば終わりの会で「一日のまとめ」としてみんなのなかで明らかにすることが大切です。

 

それを個別の関係するこどもたちだけで解決してはクラス全体の教訓になりません。終わりの会や学活・道徳などを通じて

みんなが「その問題の事実」を知り、時間をかけて粘り強く「問題にとりくんでいくこと」が大切です。

 

そして先生が「怒って」「きびしく指導」して解決することもあっていいですが、それ以上に「リーダー会」(班長会)などで

みんなが意識してそれらの問題を改善していくための取り組みをすすめていくことも大切です。自分たちの利不利益や問題を自分たちで解決していくこれが一番大切なことです。

 

子ども達はトラブルや問題をおこしながら、「それはどうしていけないのか」ということを学んで成長していきます。

どうしてそれがいけないのか」ということがみんなの共有の確認になれば、必ずひとつひとつ問題は淘汰されていきます。

これらの問題が解決していく中でクラスの本当の「明るさ」と「エネルギー」がみなぎっていくのです。