9月は全くチケットがとれなかったので、チケジャムサイトでなんとかチケットを一枚とって。

昨日阪神ー中日観戦。





 

5連敗とトンネルの真っただ中でした。なんとか連敗阻止をと気合を入れて。けっこうレフト外野ですが、

9段目のいい席。立石くんの後ろあたりです。

 

試合は残残惨敗。ひどい試合内容゛てした。マラー投手にアラーやられて。投手が打てないだけでなく

打者マラーから4点。こんな試合は初めてです。情けないにもほどがあります。







 

 

これまでなんとか瀬戸際に追い詰められても首位の座を死守していましたが、「勝負の9月」でこの様はほんと60年来の阪神ファンとしては寂しい限りです。

 

けど、予兆はずっとありました。藤川監督は理論的にはすぐれた指導者だと思いますが、こと攻撃に対する作戦面それと選手起用

の人間味が理解しかねるところがありました。

なんといっても今年の阪神は試合内容が面白くない。

いろんな選手が活躍の場を奪われているような気がしています。

レギュラーがテル森下大山そしてちかさんたくむくんとすぐれているのはよくわかりますが、それでも脇役の存在も重要です。

高寺くん熊谷さんそれとランナーとしての植田さん。福島くん。  島田さんなど一度も一軍で起用がありません。

若手の台頭をおしあげるのも大切ですが、ベテランの存在を大事にするのも重要です。

ベテランは大事なところでチームを救います。

梅野さん木浪さんの使い方がひどい。投手では西さん。ドリスさんも前半は抑えで後半は敗戦処理。岩崎さんも生かしきれていない。糸原さんだって代打の切り札なのかなんなのか。彼が生かされていない。

阪神は過去、峠をすぎたベテランを他球団においやる冷たい仕打ちが田淵さん 岡田さん 福留さん 鳥谷さんと幾度となく

繰り返されましたが、DeNAの宮崎さんや巨人の坂本さんヤクルトの山田さんや引退する石川さんのベテランが果たす役割は

大きいです。ベテランにチームをけん引す役割を大事にしてほしいです。それぞれチームに貢献した経験があるのですから。

結果「チームが躍動」していない。HEROも同じメンバーばかり。

機動力盗塁が少ない。四球も岡田さんのときに比べて少ない。つないでタイムリーもない。攻撃面での作戦がほとんど

といっていいほどない。

ピンチのとき、土俵際を支えるのはベテランの経験です。

 

藤川監督の試合後のインタビューも語彙不明で具体性がありません。

言葉は選手を鼓舞します。岡田さんが「アレ」が流行語のように人々の心に浸透したような言葉の人間性がありません。

これは藤川さん自身の人間味の反映です。

 

突然失速したのではなく、打撃面でも投手陣も他球団にはない戦力をそろえながらこのような事態を招いたには要因があります。

 

 

 

 

張本さんが亡くなられた。

張本さんといえばサンデーモーニングでスポーツコメンテーター 「喝」「あっぱれ」で有名だが、

ヒロシマで生まれ、被爆体験をされた野球選手としては唯一無二の方だった。

 

私のなかではパ・リーグ全くパ・リーグの試合は日本シリーズやオールスター以外手は見ませんが、東映フライヤーズのスラッガーとして南海ホークスの野村克也さんと並ぶ代表的な選手としての記憶が残ります。

 

亡くなられる4日前にも新聞のインタビュー記事が残されています。

 

 
ヒバクシャとしての張本さんもそうですが、私が一番印象に残っている話は
張本さんが在日コリアン二世として 大阪球場の 南海と東映の試合で。
大阪の心無いファンがバックネットから張本さんに対して「朝鮮に帰れ」というヤジを浴びせたとき
張本さんがぐっとこの声の方向をにらみつけ、けれど感情をあらだててはならないのでがはまんした。
 
「その言葉だけは許せなかった」という話です。
 
在日コリアン二世  そしてヒバクシャとしてプロ野球の世界で大活躍された張本さんの気持ちのなかには
いろんな悔しさや悲しみが渦巻いていたんだと思います。
 
プロ野球人としてはもちろんですが、人間として生きられた張本さんを追悼し、心からご冥福を
お祈りしたいと思います。

 

もう10日ほど前になりますが、8月27日京都新聞「窓」に掲載してもらいました。

 

 8月27日朝刊です。 

平和を語ることは  いのちを語ることです。
 
平和であるからこそ人間の可能性と人間らしさが輝きます。
 
平和を語りこどもたちとともに考えることは政治的でもなんでもありません。
 
 平和であるからこそ人間の無限のそして夢幻の可能性が光り輝かすことができるのてす。

 

公教育なかで過去の戦争の悲惨な事実を学び、戦争というものがいかに人間が人間であること。日常の人間の暮らしや愛する人とのつながりを破滅的に破壊するかということ。

 

暴力や人間を貶める また上位下達で理不尽な物事に従うことは「戦争」の本質であること。そのことを学校がメッセージとしてこどもたちとともに共有することは最大の学校の使命であると思います。