向谷地生良  村上靖彦  編  医学書院
対話 実践とチーム 処遇が扉をひらく





当事者研究の基本中の基本はその人が主体的に 試行錯誤を始める第一歩、その踏み出し を徹底して大事にすることです。→あくまで A さんが話したいこと 話しやすいことから始めるのです ご本人に「今日はどこから入りますか?」と聞いてとりあえず入りやすいところ 興味のあるところから入っていく。

あなたに対して私たちは 何かをするって言うんじゃなくって あなたから私たちは教えてもらいたいことがいっぱいあるんだ。

Aさん自身に起きている出来事は A さん自身も 実は 困り果て説明することが難しい 制御不能な現象だと考えています。だから私たちがしているのは その現象を前にして一緒に東洋共有して試行錯誤を続けるということ そのことによって責任を担える土台作りのお手伝いをしているのかなと。安心とか 信頼 とかいうものの上にしかそういう力は生まれてこないような気がします→現在の地方の考え方は自分が犯した罪は反省して自分が責任を負うという前提で成り立っていて 被害者に対する責任や反省 や問題意識を非常に重視し それが 構成したかどうかを測る大きなポイントになっています しかし私たち 当事者研究 メンバーは受刑者たちに直接この現実を共有して「ちゃんと反省して二度とそういうことが起きないように」と意図的にテーマとして共有することはあまりしません


映画坂上香監督  プリズン サークル


当事者研究の中で当初は行為自体をぼかした語り口だったのだが 途中から行為主体としての自分を明示するようになったことが大きな効果だった。受刑者が長年こう持ってきた 孤立と自分の喪失から脱却する力を養う 場として当事者研究 の場合 生きてくるのだ。


自分の人生の主役は自分であると 気づくことと 周りの人に相談しても大丈夫だという信頼感を得たことが当事者研究の大きな効果となった。


家族にも支援者にも 学校教育にも恵まれる 福祉のネットワークからこぼれ落ち 生きるために 罪を犯す 高齢者障害者が刑務所内に多くいること。そして 釈放後にも 副詞的支援が受けられず 再販と図形を繰り返していることが明らかになっている。


特別調整  地域生活定着促進事業。→高齢者または障害者で基準 先がない 受刑者などに向けて 高速中から釈放後まで一貫した相談事業を実施し 釈放後 速やかに必要な介護医療 年金などの福祉サービスを受けることができるよう特別調整をするその実施機関として地域生活定着支援センターを設置した。


過去の自分未来の自分を考えるようになったこと 過去の自分ってどうだったのかという振り返りが当事者研究 という 対話の枠組みの中だからこそ実現できた さらに自分の過去を振り返ることで今までは考えることがなかった未来についても考えるようになった。


みんなで何か話したり 自分のことを話して聞いてもらったり 言ってもらえたりする機会っていうのが 刑務所の中では限られているので それに対する意欲 みたいなものがあったという そういうことをやってもらってるから自分も頑張りたいと思う みたいな。


拘禁刑において 刑のあり方が質的に変化していくためには 受刑者と刑務官の関係のあり方 そのものの組み換えが重要になるだろう。

今後の拘禁刑への移行期には当事者研究 を導入する 市内にかかわらず 懲役刑 禁固刑 に対する処遇からより社会復帰のためのケアを重視した処遇へと移行する それに伴って 刑務官の意識変化が要請される ある意味で 当事者研究はその予行演習となったのではないか 刑務官 一人一人が 管理からケアへと 意識を大転換するきっかけとなる 意味で 当事者研究への刑務官の参加は大きな意味を持ったのだ


広い視野で見ると拘禁刑へと刑罰が大きな転換をはかる中で対話の場を作り出す 努力 刑務官 一人一人がケア的な意識と技術を持っていく変化は 社会復帰のためのケアの場合と刑務所を変えていくための大きな鍵となるだろう。


応援ミーティングの10の特徴写真資料を参考



A さんから学ぶ姿勢を大事にしたいのです。

何か色々と重いとか 事情があるのではないかという気もするし 実はこういうことが大変なのだということがあるのではないかと 是非 A さんに貴重なご経験を聞かせていただければと思いこういう時間を持たせていただきました。


出所した人たちが自らの自由と欲望を取り戻すことができるような 応援をすることが私たちの 当事者研究が目指すところであり 未来へ向けての豊富である


他社に耐えることを知らない その人たちを犯罪者として裁き 社会との関係を断つ 他社との関係を断つ 孤立を基本とする環境において更生させようとするそんな 建前城上のセレモニーを終わらせるための手がかりを彼らから学びそれを 社会実装すること これが必要である。












今日6月23日は 沖縄慰霊の日。
沖縄戦のことは 灰谷健次郎さんの小説 太陽の子の中でふうちゃんとギッチョンチヨンの会話のなかで
「沖縄戦は3人に1人が死んだんや」艦砲射撃のなかで沖縄の人々は逃げ惑い。太陽の子を読んだのが1980年の最初の頃。それから何度も何度沖縄に足を運んだ。その沖縄戦の実相を自分自身の頭と気持ちで知りたくて。真っ暗闇の地下壕ガマにも入った。チビチリガマにも行った。

戦争が終わって40年近くになるのに 未だに遺骨がそのままおかれていることに衝撃をうけました。

 

それから沖縄へは20回 近く 足を運びました。

最初の時期のテーマは 沖縄戦。摩文仁のひめゆり資料館や平和資料館にも何度も足を運んで展示や資料や沖縄戦の体験談などを見て考えました。

 

そして米軍基地もフィールドワーク。広大な嘉手納基地や象のおりといわれる通信傍受施設。沖縄へいくたびに米軍の黒い軍用機がすぐ真上に轟音を響かせながら飛んでいる場面に何度も遭遇しました。

東南植物園を歩いているときにも、全く会話ができない轟音を響かせて。

沖縄の人々にはこれが日常なんだと。そら恐ろしく申し訳なく感じたものです。

 

 

そして最近は、辺野古新基地建設をめぐる沖縄の人々の思い。辺野古基地ゲート前の触りこみにも参加しました。

もちろん、その場を軽ぞする人々、警察などとは立場が違います。けど、そこに険悪な空気は流れていません。そこにいる人々は「本当の敵」は誰なのかということを知っているのだと思います。

 

5年前になりますか、沖縄慰霊の式典にも参加しました。小雨が降る中でしたが、沖縄の人々の思いを共有できたことは貴重なことでした。当時は安倍首相でしたが。昨日の高市首相の新年もなにもないスピーチはひどかったですね。

 

それに対して中学生のスピーチはいつも感動です。

沖縄慰霊の日 平和の詩 生きたいと願った証 - 毎日動画

あの日の沖縄には青い海も優しい風もなかった

空は黒く地面は揺れ人々の叫び声が絶えなかった

爆撃の音が

心まで壊していく

 

まだ若かった曾祖母は小さな体で必死に走った

血だらけの道を倒れた人たちの横を

もう動かない人を見ながら涙を流す暇もなく

ただ生きるために

 

そして

愛する夫の命を案じながら「お願い 生きていて」その想いだけを胸に

足がもつれても

呼吸が苦しくても

転びそうになっても前へ前へと走った

しかし

その願いはもう二度と届かなかった

 

その時のことを話す曾祖母の声は今でもとても優しい

でも 私は知っている

その優しい声の奥に今も消えない悲しみがあることを

細い足しわしわの手

小さな背中

長い年月を生きてきたその姿を見るたび私は戦争の重さを感じる

そして

曾祖母の右足には

今も傷が残っている

それは

戦時中 自分で引っ掻いた傷

灰色の空の下

爆撃の音が鳴り響く恐怖と不安でいっぱいになり

右手に握った石で

自分の右足を何度も何度も引っ掻く気づけば手も足も血だらけだった

 

私が真実を知った時胸が締めつけられた

どれほど怖かっただろう

どれほど苦しかっただろう

生きたい

死にたくない

その想いだけで曾祖母は必死に生き延びた

 

戦争は人を傷つける

体だけじゃない心まで壊してしまう

家族と笑う時間  友達と過ごす日々

「また明日ね」と言える幸せ

そんな当たり前を   全て奪ってしまう

でもそれは

当たり前なんかじゃない  血と涙の中を生き抜いた人たちが

命を繋いでくれたから   今の私たちがいる

もし曾祖母が

あの日 走っていなかったら

もし

あの日 命を落としていたら

私はここにいなかった

 

曾祖母の右足の傷は

ただの傷じゃない  「生きたい」と強く願った証

「戦争は二度としてはいけない」

という叫び

私はその想いを

 

これから先も伝えていく

もう誰にも血だらけの道を走ってほしくないから

もう誰にも

愛する人の命が奪われることに   怯えてほしくないから

もう二度と

沖縄の空を戦争で   染めてはいけないから

 

平和は当たり前じゃない

たくさんの人の涙と苦しみと  「生きたい」という願いの上にある

だから私は忘れない

沖縄戦で苦しんだ人たちを

 

愛する人を守ろうとした想いを

 

泣きながら生き抜いた人たちを

そして

曾祖母の右足の傷を   「生きたい」と願った証の傷を

平和な未来へと繋いでいくために。

我がタイガース。交流戦6勝12敗。
もうこの成績では日本一になる資格はない。

上位の 西武 ソフトバンク 日本ハムには いずれも 3連敗。あえ情けなや情けない。

 

藤川さんがどんな野球を目指しているのか もう1つ わからん。しいて言えばまだ勝ち負けに執着していない ある意味 8月9月を見通して 新戦力を試行錯誤している。もちろん阪神の現状は 近本が負傷欠場。昨年の絶対リリーフエース 石井もいないし。

 

それでもワンパターンの采配でおもろないねん。戦術ていうかな。試合展開の読みというかな。

代打というのは 試合展開の上で 流れを変える重要な役割でこれまでにも 阪神は代打の神様と言われる 存在がいました。いまはそういう存在がいません。

 

代打というのは、ある意味試合の「勝負処」で。試合の帰趨を左右する大切な攻撃の策です。これが弱いように感じます。

代打はチャンスに得点圏で 試合を動かす術です。慣れと勝負勘が重要です。昨年は原口さん糸原さん。いまの阪神でいえば

糸原さん 前川くん  熊谷さん  梅野さんが代打の意識で適性があるのではと思います。

 

走塁やバントもそうです。決定的に植田選手の出番が少ない。もったいないです。勝負処ではクリーンアップであれ、代走をうまく使うべきです。福島選手や高寺さん 熊谷さんはランナーになれば、盗塁をさせるべきです。


まあ藤川さん いろいろ 阪神ファンの中に風評はあるけれども 多分これから5年先を見て 若い選手も使いながら 選手層を広げようとしているんだと思います。

けれども 世代交代はもちろん 賛成しますが ベテランの経験やリーダーシップも生かしてこそ。

例えば 今行われているサッカーの W杯での長友さんの存在チームを鼓舞しその存在感は大きなものがあります。ベテランの選手はベテランの存在感を際立たせてこそ若い選手が肩肘張らず のびのびとできると思います。阪神は過去において 峠を過ぎた ベテラン選手の扱いが鳥谷さんや能見さん福留さんなど冷たい扱いがありましたがその存在と経験を生かしてこそ勝負処や天王山で泰然自若としたチームになるのではないでしょうか。