いよいよ新学期がスタートします。
新しい学年 新しいクラスで新しい出会いが待っています。

新しいクラスの 編成も終わって新しく出会うこどもたちとの1年。ワクワク そして少しドキドキしながら 始業式の準備を行っている先生がおられると思います。

 

机や椅子のシール貼り付け。清掃分担表 時間割表

ロッカーの割り当てなど事務的な作業もたくさんあります。

 

けれども 一番大切なことは子どもたちとの出会いの喜びやこれから始まる1年間の 願いや 子ともたちを育ててこられたお父さんやお母さんへのメッセージを丁寧にメッセージとして演出することです。

 

 

 
 

 

 

 

心からのこどもたちとの出会いの奇跡。

それは何億分の1の出会いの偶然の奇跡です。

 

教師という 上からの権力者目線ではなく1人のかけがえのない子度もたちを愛する一人の人間として 思いを伝えたいものです。

 

私は先に書いたような事務的な作業的なものについてはクラスが始まって子ども達に力になってもらって「これやってくれへんか?」と立候補してともにクラスを作っていくことをお願いします。

 

そして喜びを横断幕 やくす玉にしたり また最初の出会いの喜びを歌ったり踊ったりしながら「本当にみんなと出会えたことが とっても嬉しいんだ」という気持ちを伝えます。

また保護者に向けては「学級通信」のなかで自己紹介もかねて教師としての体面を繕ったわたしではなく、ひとりの人間として共に子どもを真ん中に悩んだり 不安を感じたり お互いの腹の中をぶっちゃけ話し合い 語り合い しながら子どもを応援するためにつなぎあう存在でありたいそんな願いを伝えます。

 

さあ先生方 1年間 いろんなドラマが待っています。

子どもたちは無限の可能性を持っています。

そして子どもたちは発達途上人で失敗したり間違ったり時には道を踏み外したり そんなことをしながら成長していきます。

こうしなければならない 決まりを守って当たり前 そんな 杓子定規な教師 根性で子どもたちをおさえつけるのてなく。ジグザグでもいい。生きていくということは いろんな道があり歩き方があるんだと そんなことを心に念じながら子ども達と楽しい学校を作って行って欲しいと願っています 頑張ってください。

楽しんでください。

 

 

 

今日は春雨。若い時なら春雨じゃ。濡れていこう。なんて68歳濡れて風邪ひいたら致命傷になりかねまへん、

野球も春雨で広島マツダスタジアム。やるんや。中止かいなと思っていたけれども 。4回裏カープが逆転して5回ウラに豪雨。試合成立。雨には勝てんと思っていたら。1時間も様子を見て試合を続行。カーブの根性みあげてものやと。おまけに雨天で2時 試合開始が1時間遅れて3時開始 そして 中断 1時間。こんな時 観戦してる人は大変やなと思ってたらカープいのちのNさん亀岡から広島に。おつかれさま。

それでも試合は 広島 が追加点で5対2。9回二死から中野のタイムリーで同点。延長戦に。そして延長11回劇的 木浪さんのホームランで勝ち越し。うっちゃり勝利。試合終了は午後8時。6時間 球場に 缶詰のNさんほんとおつかれさまでした。(笑)


あっそれからNasジム今日から復活しました。

いったんやめると安くなります(笑)


これです。




ホノルルめざしてがんばります。
雨にも負けず!!です


昨日、Aくんから電話がありました。彼はもう20代半ば、私が、最後の中学校で在任中 担当した生徒でした。

 

そのときからもう10年近くたっているのですが‥時々電話をしてきます。

 

彼は自分自身の「発達」障害の疑いの課題の前に社会のなかで 生きていくことに「いきづらさ」を感じています。

いろいろ彼は自分がやりたいことがあるみたいなのですが、それが今の社会のなかでなかなか簡単に実現できない。そういう方向

に支援してもらえないことに「もどかしさ」を感じているのだと思います。

 

そして、世間的に名前をある大学を出て、世間で名のある企業の中で「出世」する父と自分を比べて、「そうなれない自分」

に対してイラ立ちを感じているように思います。

あげくは、自分をこのように育ててしまった両親に対して「オレをこのようにしたのはあんた達だ」というような感情を抱いているようです。

 

思春期の時期ならば、そういう感情をもつことはありうると思います。けれども、彼自身は最初にも書いたように20代半ばにさしかかろうとしてます。

 

たしかにいまの日本社会は、いろんなハンディをかかえている人々や社会的にマイナリティにおかれている人々にとっては「生きづらさ」を感じる罠がいくつも何重にもおおいかぶさっています。そういう人々をフォローしケアする体制が十分ではありません。そうしたなかで、ハンディを背負っている人だけでなく、そうでない人も「いきづらい」社会です。

 

けれども、その「いきづらさ」から解き放たれてかけがえのない「自分のいのち」の可能性を自分自身で磨き、そして輝かせるためにはどうすればいいのでしょう。 Aくんのいろんな苦悩を聞き、感じながら私自身も考えてみました。

 

私自身も生きた時代が違う、父の世間的な価値観にしばられていた時期が少なからず過去、もうだいぶむかしですが、10代の時期にはありました。ある意味こどもの時期というのは、良きにしろ悪しきにしろ周囲の身近な人の影響を受けていきるのが通常です。けれども、その生き方や価値観にある時期「反発」したり「反抗」したり、ときにはいくぶん「受容」したりしながら

自分自身を形成していきます。

 

Aくんはいろんな困難をのりこえながらも高校で学び大学でも学んでいます。いろんな資格などにもチャレンジしてきたと思います。けれども、一番大事なことは、世間や周囲の「今の価値観」に縛られず、「ほんとうになりたい自分をめざすこと」です。

Aくんあなたはどんな自分になりたいのですか。「なりたい自分」といっても抽象的ですが、まず日常の日々です。

両親とのトラブルを繰り返さないこと。そのためには、自分のいまを親の責任に転嫁しないこと。もうあなたは自分で生きていくことができるちからと可能性をもっているのですから。あなたがいのちをもらったことに感謝することはあっても「ああだ」「こうだ」と今の自分のできないことを親に責任をなすりつける年齢ではありません。自分自身を自分で引き受けること。これが大切です。

 

次に「なりたい自分になる」ためには時間がかかるということ。まだAくんは20代なかばです。人生80年。あなたの未来でいえば人生90年。人生の3分の1の道のりもあるいていません。あわてることはありません。けれども「なりたい自分」になるためには日々の生活を落ち着きのあるもの。安定したものにしなければなりません。

朝、何時に起きて、朝食はどうして。それから午前中のスケジュールは。一日何をして過ごすのか。①勉強すること。学ぶこと

②現実の社会の中で自分が役に立つ何かをすること。③楽しむ時間。ーテレビでもパソコンでもいい。散歩をして風景を楽しむことでもいい。映画を見にいくことでもいい。いろんなことができるし。君がちいさなことでもやりたいことをやることです。

人と話したければ人のいるところにいってみたらいいと思います。交流の場でも。

一日をどう過ごし、そして一週間をどのように組み立てるか。一か月のなかでどう自分をつくるのか。

それを継続することです。

もういちど結果を求めることが人生ではありません。そのプロセス、道のりが大事なのです。

どんなことを成し遂げるも修行や練習、鍛錬が大事です。

 

A君今日はこのくらいにしておきます。自分の気持ちと意志をもって自分のいまを自分で受け入れて自分自身を自分で「引き受けて」ください。いつでも応援していますよ。ぼちぼちやってください。