平成26年(く)第193号 再審開始決定に対する即時抗告申立事件
抗告人 検察官
被抗告人(再審請求人) 袴田 ひで子
有罪の言渡を受けた者 袴田 巖

抗議書

2017年5月23日

東京高等検察庁検事長 殿

主任弁護人  西 嶋 勝 彦
弁護人   秋 山 賢 三
同    小 澤 優 一
同    福 地 明 人
同    村 﨑   修
同    小 川 秀 世
同    小 倉   博
同    笹 森   学
同    黒 柳 安 生
同    田 畑 知 久
同    岡 島 順 治
同    小 川   央
同    伊豆田 悦 義
同    村 松 奈緒美
同    葦 名 ゆ き
同    間   光 洋
同    伊 藤 修 一
同    戸 舘 圭 之
同    指 宿 昭 一
同    加 藤 英 典
同    髙 橋 右 京
同    佐 野 雅 則
同    角 替 清 美
同    白 山 聖 浩
同    西 澤 美和子


第1 三者協議における作原検察官の異様な言動
 標記事件については、東京高等裁判所において、裁判所、貴庁の担当検察官及び弁護団の間で、三者協議が継続中である。
2017年3月21日の三者協議において、協議に出席していた作原検察官は、協議の対象であった本件即時抗告審の審理の話題とは無関係に、突如として、弁護人らに対し、口を極めて非難、糾弾を始めた。作原検察官は、弁護団の一人である西澤美和子弁護士を名指しの上、同弁護人が、講演において発言した内容をインターネット上の媒体(ユーチューブ)で確認したところ同弁護人が検察官や検察官が依頼した鑑定人を誹謗中傷したなどとして、ものすごい剣幕で弁護人らを批判し、裁判長をして主任弁護人に対し事実確認を要請させるなどの糾弾行為を行った。
 作原検察官の指摘は突然であり、当日出席した弁護人らは、いずれも作原検察官指摘の映像を見ておらず、その場では指摘の真偽、当否を確認できなかった。
 しかしながら、弁護人らにおいて、作原検察官が指摘した西澤弁護人が2017年1月29日に行った講演の映像をインターネット上で確認したところ作原検察官が指摘するような問題のある発言は何らなされていなかったことが判明した。
 すなわち、作原検察官の上記三者協議における行為は、西澤弁護士において何ら批判されるべき事実がないのにかかわらず、弁護人らを口を極めて糾弾し、裁判官の面前で弁護人らがあたかも非難に値する言動を行っているかのような印象を作り上げ、審理を無用に混乱させ、ひいては、本件再審開始の決定をいたずらに遅延させ袴田巖氏の雪冤を不当に妨げる行為というほかない。同検察官のこのような行為が繰り返されることは、今後の即時抗告審の審理を不当に妨害するものであって、到底容認することのできないものであるので、同検察官が所属し、その行動を監督する職責を有する東京高等検察庁、及び作原検察官に対し、ここに厳重に抗議する。

第2 弁護人らによる事実確認の結果
 作原検察官が指摘する西澤弁護士の講演は、インターネット上でユーチューブの動画として閲覧可能であり、その内容が何ら非難に値するものでないことは、明らかである(https://www.youtube.com/watch?v=MiDVcw49lO8)。
 西澤弁護人は、市民向けの講演において袴田事件の概要と静岡地裁の再審開始決定の意義、即時抗告審における審理状況等を袴田さんの無実を信じる支援者ら向けに淡々と冷静な口調で事実を踏まえて説明をしているにとどまり、作原検察官が指摘するような問題のある発言がなされた事実はない。作原検察官の行為は、弁護士の正当な弁護活動を侵害し、一般市民に対する言論による啓発活動を妨害する、極めて不当なものというほかはない。
 なお、作原検察官は、検察官が提出した順天堂大学中西准教授作成の平成28年10月19日付意見書(検察官提出証拠151(意見書))に関連して、弁護人らが同意見書の実験条件や実験資料等の開示を求めたことについて、2016年12月27日の三者協議期日において検察官が、中西准教授は在外研究中でありすぐには対応できない(早くて1月末)旨を説明したところ、この検察官の説明に関して西澤弁護士が上記講演の中(16分32秒付近)で、かかる検察官の説明を紹介した上で、
(16:32)「本当なのかなという気がするんですけれども。わざわざ海外いかせたんじゃないの?というように個人的には思ってしまうんですけど、」
と発言しており、作原検察官はこの発言について、感情的に反発したのではないかとも考えられる。しかし、西澤弁護人の発言を聞いてみれば明らかなとおり、上記発言は、即時抗告審における検察官の対応を説明した上で西澤弁護人の感想を述べている箇所で有り、違法ではないのはもちろんのこと発言それ自体として不当でもなんでもない。
 また、中西准教授の名前を講演の中で話していることも作原検察官は問題視していたようであるが、そもそも同准教授の氏名は公開されている情報で有り秘匿すべき理由も必要も存在しない(この点に関連して、三者協議の内容公開及び開示証拠等の取扱いに関する2016年12月26日付け弁護人意見書の考え方に従って弁護人らは行動しているが、中西准教授の氏名はいかなる観点からも公開を控える性質の情報ではないと思料する。)。
 西澤弁護人の講演は全体を通じて穏やかな口調で言葉遣いもていねいで本件再審事件の経過や原決定の意義、検察官の対応の不当性について事実に即し説明をしているものであり何ら非難されるようなものでは断じてない。

第3 作原検察官の三者協議における態度は許されない。
 1 作原検察官の三者協議における言動は許されない
   作原検察官は、これまでの三者協議においても、弁護人らの裁判所外における活動を取り上げて、報道等の資料を示しながら声を荒げて批判をし、肝心の即時抗告審における主要な問題点の協議を妨害してきた。
   このような経過に鑑み、弁護人は、すでに事件発生から50年を経過し、40年近く不当な身体拘束を受け3年前にようやく釈放された、81歳という高齢となった袴田巖氏の一日も早い雪冤を果たすべく努力を続けており、その活動が正当なものであることは、前述の2016年12月26日付けの意見書記載のとおりである。
西澤弁護人の活動に対する作原検察官の上記のようなふるまいは公益の代表者(検察庁法4条)として許されないにとどまらず、一人の社会人の振る舞いとしても常軌を逸しており強く非難されるべき態度である。
 2 検察官を批判することは弁護人の職業上の義務である
   そもそも本件は原決定が明確に指摘しているとおり捜査機関の証拠ねつ造行為という犯罪行為によってもたらされた世紀の冤罪事件である。
   袴田巖氏は無実であり、やってもいない犯罪をでっち上げられ死刑判決を受け40年近くも身体拘束をされ続けてきたのである(そして釈放された現在も未だ死刑確定者である。)。
   このような不正義をもたらした張本人は、警察、検察、裁判所であり、これらの国家機関は大いに批判されるべきことは当然の理である。
   弁護人らは、これまで様々な市民集会等の場において、かかる検察の不正義を広く世論に訴えるべく本件において検察官らが行ってきた数々の不正な事実を取り上げて糾弾してきた。
   このような活動は、弁護人としての職責に基づくものであり、社会正義の実現、人権擁護を基本的使命とする弁護士の職業上の義務である。
検察官は、本件においても、5点の衣類のズボンのサイズに関して虚偽の主張を平然と行い、第二次再審請求審に至るまで寸法札に関する証拠を開示しないなど数々の証拠を隠してきた。
また、写真のネガに関しては、原審段階で「ネガは存在しない。」(2013年6月28日第22回三者協議)と明確に回答しながら、当審において平然とネガの存在を前提とする主張をしてくるなど、明らかに虚偽の主張をしていることが明らかになっている(かかる点については、検察官は当審の三者協議の席上、謝罪までしている。)
このように検察官は、本件に限ってみても、冤罪を生み出すだけでなく、再審請求審における審理においても数々の不正義を働いてきたことは厳然たる事実である(これらの点について現在に至るまで検察官は謝罪も反省も一切していない。上記写真ネガに関する謝罪は、希有な例といわねばならない。)。かかる不正を公然と働いていることが明らかな検察官が非難されるべきは当然であり、弁護人が検察官の言動に不審を抱き、三者協議における説明に疑問を感じるのもむしろ当然である。
検察官は、これまでの自らの不公正な対応を棚に上げた上で根拠がないことを知りながら、インターネット上にあげられていた弁護人の講演動画をやり玉に挙げて難癖を付けてきたものであり許しがたい暴挙といわざるを得ない。
 3 弁護活動への権力の干渉である
作原検察官の今回の不当な行為は、当然のことながら検察庁が組織として行ってきたものである。
作原検察官のこれまでの三者協議における言動からは、検察庁が組織的に弁護人らの講演活動、本件の報道内容を網羅的に調査している疑念がある。
このような調査活動を正当化する法的根拠はなく、それ自体、再審請求審を担当する弁護人の弁護権侵害であるといわざるを得ない。
国家権力である検察庁が組織として、私人にすぎない弁護人らの行動を調査し把握することそれ自体、弁護人らの行動に萎縮効果をもたらす人権侵害であり、弁護人の活動への不当な干渉、妨害である。
かかる検察庁の行為はいかなる観点からも許すことはできず断固として抗議する。

第4 結語
 本件は、原審において再審開始決定が出され袴田巖氏が釈放されてから既に3年を経過し、いまだに再審公判開始の目処すら立っていない状況である。
 そもそも検察官による即時抗告自体が違法かつ違憲であり許されないことは当然であるが、この点は措くとしても、このような審理の遅延は決して許されるべきではない。そして、このような審理の遅延を招いた原因の一つには検察官の対応が挙げられ、作原検察官による今回のような事件の内容とは無関係の弁護人らの正当な活動に対する論難、非難はもはや無視し得ない程度にまで至っている。
 弁護人らは、 以上のとおり、弁護人らの弁護活動に干渉し、本件審理の進行を妨害することにつながる作原検察官の三者協議における言動、対応に強く抗議するともに、同検察官が所属する東京高等検察庁の長であり、同検察官に対する指導監督の責任を有する貴職に対しても、今後の再発防止と本件の迅速な審理に速やかに協力するよう指導監督を行うよう強く要請する次第である。
以上