ご無沙汰しております。主将の松村です。

 



 白嶺荘の3階は2段ベッドになっているのですが、アクセスがイマイチであると不評の上段が個人的には好みです。

 

 白嶺荘の唯一の欠点としてプライバシーというのがありますが、上段にいるとひとまず人目からは逃れることができるので、伸び伸び暮らすことができます。

 

 そして、今回の合宿は幻のロフトに陣取り、さらにセキュリティをアップグレードいたしました。

 

 ただこちらのエリア、インターバル大きめのハシゴが8段ほどありまして、アクセスがもう一段劣後しております。反比例説ありますね。

 

 来週末には北陸新幹線の敦賀延伸に伴い、特急「サンダーバード」「しらさぎ」が金沢直通運転を終えます。


 かつては特急街道として名を馳せた北陸本線もほとんどが第三セクターに委譲され、その姿を消していくことになります。


 先日、私は鉄オタが群がらないウチに乗り納めてきました。高校時代、人生ではじめてひとり旅をした時にも乗車した思い出の列車です。


 座席前の物入れには、敦賀駅での新幹線との乗り換え方法についてまとめられたパンフレットがすでに差してありました。思い出というものが掬い取られてどこかへなくなってしまうような,複雑な気持ちでした。


 (別にまだまだ若いとは自覚していますが)21年も生きていると、小さな頃に慣れ親しんでいた光景が変わり、いつも使っていた電車にも入れ替わりの波がやってくるようになり,自分もある意味では「そちら側」の年齢になってきたんだなぁとつくづく思います。


 鉄道とスキーはあまりにも情景がかけ離れていますが、別れの季節、始まりと終わりが交差するこの時期というのも、今後は自分にとってだんだんと価値が重くなっていくような気がします。

 



 本日をもちまして、東大スキー部は令和3年度入部の代が終了いたします。

 

 シーズンが終わるわけではないので個人的な振り返りは傍におきまして、幹部代を担った23-24の一年を軽くさらっておきたいと思います。

 

 シーズンが始まる前より、弊部の戦力状況や他大学の新歓状況を眺めながら、今シーズンに部としてジャンプアップするのは難しいだろうなと想定しており、現に十大戦ではそのような結果が出ました。

 

 経験者がいる/いないによる差が大きいうえ年末年始に大会がある以上、その差が埋まりきっていない状態で一つの大切なリザルトが生まれるのも仕方のないことです。

 

 ただし、普段の練習からの向き合い方について。しっかり勝つための準備をするというところに全員でこだわり切れてなかったというのもまた事実であり、そこが今後の部としての課題でもあるということは以前のブログに指摘した通りです。

 

 十大戦〜インカレという1ヶ月強の期間は、そうは言ってもライバルとの差を埋めるには短い期間であるように思えますが、それを可能にした部員がいたということは覚えておくべきでしょう。

 

 「彼」は十大戦で1ポイントも取れなかったところから練習を重ね減量を重ね、インカレでは十大勢の誰にも負けない素晴らしいリザルトを残しました。

 

 1ヶ月あれば人というのは変われるのだと、「彼」が証明してくれた当たり前なようで一番難しい事実を目にして、私は非常に感慨深い気持ちになったものです。

 

 そんな「彼」の活躍もあって、インカレでは今年の大目標となっていた2部残留を完遂することができました。

 

 毎年お題目のように唱えられ、そしてなんやかんやで達成されてしまうこの目標がこれほど重くのしかかり、そして達成に安堵したのは入部以来初めてのことでした。

 

 ここから数シーズンはOBの皆様をドキドキさせるかもしれませんが、一つ一つできることをやっていればブレイクスルーが起きるということを信じて、また一年頑張っていければいいのではないでしょうか。

 

 活動全体に関連したことを一つだけ。

 

 個人主義という言葉。これが改めてマジックワードとしての一面があることに思いを致します。

 

 オフシーズン中の練習においては、個人でのトレーニングが促進されてよかったとは思います。

 

 しかしいざシーズンに入ると、個人主義具体的には個人の都合というものが、スキーを“する”理由ではなく“しない”理由を生み出してしまっていました。

 

 よりはっきり言ってしまえば、各人の中でのスキーの「優先順位」が低すぎたのではないかと思います。

 

 上手くなりたければ雪上練習を増やすべきですし、速くなりたければ日程を可能な限り調整してゲートに入れるように注力するものです。運動会に所属している以上それが私だけでなく、各部員にとっても当然の意識であろうと思っていましたが、どうもそういうわけにはいかなかったようです。

 

 運動会運動部であるからにはスキーに全てを捧げる集団であってほしいと強く思いますし、今後の飛躍にはその姿勢が不可欠であろうと思います。


 このような遺言を生かすも殺すも次の幹部次第。むしろ試行錯誤の結果であれば殺してくれても文句は何もありません。後輩がそれぞれの形で、また新しいスキー部を創って行ってくれることでしょう。


 私は明日から晴れて平社員です。いろいろの事情があって2年次から実質的にアルペン主任をやり,2年ほど気を張り続けたわけですが、来年くらいは“適当に”スキーをして,気が済むまで練習できればと思っています。


 人間ですから全てにおいて悔いが残ってないということはありませんし、こうすれば良かったなと思うことの方が多いです。


 そのような経験を経て次の代も成長してくれるのだろうと思いますし、そのウラで、ちょうど良い距離感で、スキーに励んでいければと思っています。


 最後に、OB/OGの皆様,スクールの関係者の皆様,その他スキーを愛する全ての皆様に感謝しつつ,次の代にバトンタッチしたいと思います。


ありがとうございました


23-24シーズン主将

松村知樹