ウキウキ鳥見日記 -14ページ目

ウキウキ鳥見日記

バードウォッチングの日記です。

テレビで船橋の三番瀬(さんばんぜ)海浜公園のニュースが流れ、毎年冬に大きな群れで来ていたミヤコドリが近年は夏に小さな群れで来るようになったとのこと。

ミヤコドリかあ、まだ見てないな。今なら季節もいいし、三番瀬行ってみよう♪

という訳で、先日三番瀬に行って来ました。

愛車のスイフトRSハイブリッドが傷直し中なので代車で高速に乗った。

代車もスイフトだが、ナビが付いてないのでスマホのナビで行ったけど、声だけのナビだと外環から京葉道路が怖かった。

三番瀬海浜公園の駐車場への入り方がよくわからず、何回か入り口前を行ったり来たりして、ようやく駐車したのは12時頃だった。ちょうど大潮の引き潮のピーク時だ。

広大な干潟を前にして、「あ、長靴忘れた」と思ったが、潮の引いた干潟は固くて普通の靴でも水が入って来ることはなかった。

右方向が広いし、バードウォッチャーも遥か彼方に何人かいるので、干潟の上をプロミを担いで右方向へ向かう。

途中、帰ってくるおじさんに声かけられた。

「ヒメウズラかい?」

「いえ、ミヤコドリがいるって聞いて来たんですけど」

「ミヤコドリはいないなあ。今日はヒメウズラだよ。ヒメウズラ若が一羽いるんだ。朝のうちはプロも写真撮りに来てたよ」

「ミヤコドリ、いないんですか?」

「今は完全に潮が引いてるからね。満ちてくれば現れるかも。それよりヒメウズラだよ」

ヒメウズラシギも見たことないけど、そんな識別の難しい鳥よりも一目で分かるミヤコドリをまず探そう。

三番瀬の右端近くから汀線付近をプロミでなめていくと、1羽のミヤコドリがすぐにプロミの視界に入った。

やった! 見たことある鳥が一種増えた。

これで291種。300種まであと9種だ。



写真は撮ってないので、いつものようにフィールドガイド日本の野鳥から高野さんのイラストを掲載

それにしてもコーワのプロミナーの解像力は凄い。肉眼では点にしか見えない遥か彼方のミヤコドリがはっきりくっきり鮮明に見える。観賞レベルの見え方だ。

それと、プロミの視界にカラスが入った。このカラス変だ。首の後ろの色が淡いからコクマルガラスではないかな?ずんぐりしてるし。

3羽いて、3羽とも同じように首の後ろが淡いから個体差ではなくコクマルガラスなのだろう。292種目だ。



ヒメウズラシギは見つからなかった。


帰りは高速怖いので、一般道を通って帰ったのでした。


バードウォッチングに必要なものは、「フィールドガイド日本の野鳥」と、7~10倍ぐらいの双眼鏡だ。
あと、タカの渡りや干潟のシギ・チドリなど遥か遠くの鳥を見る場合は、20~30倍の望遠鏡が必要だ。

ところで、望遠鏡の画質を損なうのは色収差だ。
大学一年の時に野鳥サークルに入って鳥を見ていた時、使っていた望遠鏡はコーワのプロミナーの20倍だった。胸にはニコンの8倍双眼鏡だ。
プロミナーは、非常に鏡筒が長いのでまったく色収差が感じられずハッキリクッキリの高画質だった。
ただ、それの重いこと重いこと。
スリックの大型三脚に付けて担いで野山を歩き回るのは辛かった。
プロミナーは、射撃競技で的に当ったか確認するための望遠鏡(スポッティングスコープ)で、本来据え置き型であり、バードウォッチングで担いで野山を歩くなんてメーカーのコーワは想定してなかったのだ。
翌年、大学2年生の時に、ニコンがバードウォッチング用を前面に押し出した望遠鏡を出した。
フィールドスコープと名付けられたそれは、対物レンズから接眼レンズまでの長さがプロミナーの半分ぐらい(30センチぐらい)しかなく、素晴らしく軽かった(アイピース込みで1,030グラムぐらい)。

↑これがフィールドスコープ初号機。ネットで検索しても情報がでて来ないのは、ニコンは黒歴史としてなかったことにしているのかな。

天下のニコンから重さも長さも半分の望遠鏡が出るという事で、私は大喜びで、プロミナーは後輩に三脚ごとあげて、フィールドスコープとそれにあった小ぶりの三脚に乗り換えた。
世界のニコンが作ったフィールドスコープだから、画質はプロミナー並みに高画質だと信じていたが、使ってみたら、あれ?と首をかしげる画質だった。
物の輪郭が滲んだように汚ならしいのだ。色収差のある画像を初めて見たわけです。
やがてフィールドスコープはEDレンズ(特殊低分散ガラスを使い色収差を低減したレンズ)を採用したまともな画質のやつが売り出されたが、買い替える金などなかったから、いまだにニコンを恨みながら、毎年のように10月に色収差のひどいフィールドスコープを持ってタカを見に愛知県の伊良湖岬へ行ってるのだ。
いつかプロミナーに戻ってやるぞ!と思い続けて38年。
子供たちも給料を貰うようになったし、いよいよフィールドスコープからプロミナーに買い換える時が来たのかなと思い、妻に「俺ってば、バードウォッチングを趣味にしようと思うんだけどいいかな?」
妻は「うん、いいよ」
「バードウォッチングが趣味なら、プロミが必要なんだけど、買ってもいいかな?」と慎重に妻に言うと、妻は「プロミ?もうあるじゃん」と言った。
「いやあれはニコンのフィールドスコープといってプロミではない。プロミとは、コーワのプロミナーのことだ」
「欲しいなら買えばいいよ」

というわけで、一昨日の日曜日、柏のビックカメラでプロミを注文したのでした。今日届くのだ。わくわく。
コーワのカタログを見ると、時代の変化は凄い。プロミはバードウォッチング用途を前面に押し出しており、射撃用途などまったく無くなっている。
使っている野鳥の写真は、双眼鏡コーナーも含めて、オジロワシ、オオルリ、ギンザンマシコ、シメ、コルリ、メジロ、ノスリ、セイタカシギ、モズ、オシドリ、コサメビタキ、カワセミ、ノジコ、ツミ、アオバトと盛りだくさんだ。
バードウォッチング用途としているので、小型軽量化を果たしていて、素晴らしい。
買ったのはTSN-664M PROMINARだ。アイピースは30倍ワイド。
クラス最高レベルの明るさと光学性能を謳ったスタンダードモデルだ。
まあ、プロミの一番人気の機種だから間違いあるまい。

バーダーという言葉がある。珍鳥を追い求める人とか、見た鳥の数を競う人とかいう意味らしい。
日本の野鳥を300種見るのが生涯の目標としている私も、バーダーと言っていいかもしれないが、一般種も好きで、見た鳥の種類が増える可能性のない山中湖や奥日光にちょくちょく行っているから、私はバーダーというよりバードウォッチャーだと思っている。


コガラ (2020年5月1日 日光戦場ヶ原)

さて、昨日の8月21日は夏休みを利用して、妻と二人で北茨城~大子町の高原ドライブへ行って来ました。


常磐道を高萩で降りて、まずは高戸小浜へ。
日本の渚100選に選ばれた美しかった入江は、今や見る影もなく、なんだか汚い浜に変貌していた。
サザエ養殖のためか、入江の潮の出入り口に石を積んだため潮通しが極端に悪くなったのが、汚くなった原因かな。
20年程前、ここでテントを張った思い出の場所だけに残念だ。
その時、夜のちょい投げでイシガレイが2尾釣れたけど、潮通しが悪くなった今はカレイは望めまい。

高萩から内陸部へと入り、花園渓谷へ。


花園渓谷まで上がって来ると、酷暑は和らぎ爽やかな高原の雰囲気だ。
8月はもう野鳥は囀ずらないから、オオルリなどを探すのは難しい。

まあ、鳥見が目的ではないので、すぐに花園渓谷を出発して、福島県塙町を通って、茨城県大子町の袋田の滝へ。

これは入り口付近。入場料は300円だった。

最近、エレベーターで観瀑台まで上がれるようになって、このアングルで袋田の滝を見るのは初めてだ。

せっかく大子町まで来たのだからと、茨城県最高峰の八溝山へ行くことになった。
茨城県最高峰といっても標高1022メートルしかなく、栃木・茨城・福島三県の県境の山だ。
なんでも、ブナ・ダケカンバを主とする広葉樹の原生林は一見の価値があるとのこと。
車はどんどん山奥へ入って行き、八溝山登山口は鬱蒼とした原生林の中にあった。
原生林に阻まれて山頂どころか中腹も見えない。
登山口からは、車がすれ違うのに苦労しそうな細いつづら折りの道を時速20キロで上がって行くと、頂上付近に神社の鳥居があった。
八溝山の頂上には山そのものを御神体とする八溝嶺神社がある。
鳥居をくぐって、赤トンボなど虫だらけの石段を上がっていくと、神社の左側に城を模した展望台があった。


あいにく霞んでいて眺望はいまいちだった。

帰りに鳥居の所で「お邪魔しましたー」と大きな声で八溝嶺神様に感謝でご挨拶させて頂くと、「うむ、わかった。その心掛けやよし」と八溝山の神様がとてつもないプレゼントをくれたのでした。
つづら折りの道を来たときと同じ時速20キロで降りていくと、前方にキジ科の鳥がつがいで散歩していたのでした。
オスの方を見ると、赤茶色の模様のある異常に長い尾、わっ、ヤマドリだ!!
「ヤマドリ、ヤマドリ、ヤマドリ、ヤマドリ、ヤマドリ」と興奮気味に妻に教えると、「ふーん、キジとどこが違うの?」と事の重大さが分かっていないのでした。全然違うよ。

ヤマドリは、柿本人麻呂の短歌のお陰で名前が有名だから、普通にいる鳥という感じがするが、実はなかなか見ることができない鳥なのだ。私も昨日が初見だ。
ちなみにその人麻呂の歌は、「あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」だ。
この短歌は学校の古文で必ず習うから、知らない日本人はいない。

生涯で300種見ることが目標だが、ヤマドリは 289種目だ。
ちなみに288種目は、今年の3月22日のタンチョウだった。

ヤマドリの写真は撮れなかったから、「フィールドガイド日本の野鳥」から高野伸二さんのイラストを。

キジとは全然違うよね。特にオスは。

余談だけど、このイラストを描かれた高野伸二さんとは、一度だけお会いしている。
1980年5月4日、対馬の佐護地区だ。
夕方、佐護川に架かる大岩橋のたもとで高野さんは、ひとり腰を据えてブッシュの中のキマユホオジロの群を観察されていた。
私も隣に座ってキマユホオジロのオスとメスの眉斑の違いなどじっくり観察することができた。
「あなたは◯大の人ですか」と高野さんは私に話しかけてくださった。
「いえ、私は違います」と答えると、「可哀想に、◯大の人たちはまだ何も見れてないそうです」と高野さんは言った。
そういえば2日前ぐらいに、ブッシュの中にコホウアカのメスがいて、◯大隊は高野図鑑(小学館発行「 日本の野鳥」)を見ながら、種を特定しようと、ああでもないこうでもないとやってて、ついに「ダメだ!こんな図鑑」と言い放ったのでした。
近くにいた高野さんはすかさず、「すみません」と言ったので、高野図鑑にダメ出しした学生は「えっ?えっ?」と狼狽しまくったのだった。
そんなことがあって高野さんは、◯大隊を気にかけていたのだろう。
対馬で◯大隊にダメ出しされたことで、その後、高野さんは「フィールドガイド日本の野鳥」の作成に注力される。
せっかく高野さんと話す機会ができたので、一番知りたいことを質問した。
「ヤマショウビンは今年も来るでしょうか?」
すると高野さんは、「来るよ。今夜来る。今夜来なかったら、明日の朝来る。去年はあの木に来た。一昨年は向こう側のあの木に来た」と躊躇なく答えてくださったのでした 。
この言葉から、その時の高野さんはヤマショウビンの到着を待っておられたのだろう。

佐護川河口のキャンプ場に戻って仲間に高野さんの言葉を伝えると、速水有人は「本当に高野さんはヤマショウビンが今夜来ると言ったのか? 信じた!」と甲高く叫んで、今夜の船で帰る予定だったのを即座に1日延ばす決断をして、翌5月5日は我々4名はヤマショウビン捜索に全力を尽くすこととなった。

運命の1980年5月5日の朝。
ほとんどが前の晩のフェリーで帰ったので、昨日まであんなにいたバードウォッチャーがまったくいない。
同期の東君とヤマショウビンが来ると想定される佐護川左岸を歩いていると、異様に目立つ翼の斑紋の鳥が、背後の山から飛んできて対岸の林の中に消えたのだった。
高野図鑑のヤマショウビン飛翔図を見ると、まさにその斑紋だ。
あわてて川の浅い所を横切って対岸へ(この浅いところに現在は湊大橋という名前の橋が架かっている)。
〈左が1976年の航空写真。湊大橋はまだ存在しない〉

他の仲間も何事かとやって来て、我々4人でヤマショウビンを探すと、程なく青と赤と黒の派手派手のヤマショウビンが見つかった。
ヤマショウビン見れたのは高野さんのお陰だから高野さんにお知らせしようと、相棒の東君がまた川をじゃぶじゃぶ横切って、高野さんがいると思われる方(大岩橋)へ走った 。
東君は、高野さんだけではなく、高野さんの奥様も連れて帰って来たのでした。
もういいというまでヤマショウビンを見たあと、高野さんの奥様から、「その濡れたズボンになんと言ってお礼を言ったらいいか分からないわ」と言っていただき、我々は感激で胸がいっぱいだった。