『 はぐくむ 1 』 幼児期編
森 正子:著 ぶどう社 定価:1748円 + 税 (1986年3月)
『 はぐくむ 2 』 小学校編
森 正子:著 ぶどう社 定価:1553円 + 税 (1983年11月)
私のお薦め度:★★★★☆
この本には、カズオくんが誕生してから、小学校を卒業するまでの12年間が綴られています。
カズオくんは、1968年に生まれました。やっと自閉症というものが、親の愛情不足や育て方のせいではなくて、脳の機能障害であるということがわかってきた頃・・・でも、まだ一般の社会では誤解されていた頃の話です。
まだ専門家や専門書も少なく、どんな療法が自閉症児にとって有効なのか、親も先生もわからなかった時代だと思います。
森さんとカズオくんは、当時としては比較的恵まれた出会いの中におられたと思います。佐々木正美先生の助言を受け、斉藤公子園長の「さくらんぼ保育園」に通い、発達ゼミで指導を受けていた西村章次先生には、小学校1年からつきあっていただけたそうです。
でも、それは森さんの、がんばって育てよう、という強い気概があってこそのみなさんの協力だと思います。
1巻の序文の中で佐々木先生も書かれています。
『 森さんはカズオ君を特殊な治療や教育や生活の環境に決しておかなかった。いつもごく普通の子どもたちの生活の場にカズオ君を置いて、生活のために必要なことを、いろんな工夫をこらして熱心に根気よく、時には非常に厳しく教えてきた。いわばリハビリテイションの場にいつも親子でいて、リハビリテイションへの努力を続けてきたといえる。
そしてもう一歩のところまでさしかかった。登山でいえば七合目くらいのところであろうか。
後に続く人たち、とくに自閉症児とその家族の人たちに、大きな励みになると思う。 』
とはいえ、カズオくんの歩いてきた道が、決して平坦だったわけではありません。
まだまだ、理解の少ない時代です。
たった10分ほどの就学前検診で
「この子は自閉症ではない。なぜなら1から10までの数は認知でき、私の示すマッチ棒を言われた数だけ並べることもできるからだ。この子は強度の性格的偏りがあるので、就学猶予が望ましい。校長先生にはその旨報告しておく」
これが、当時の、大病院の院長である精神科医の発言です。
“ 数が認知できるから自閉症ではなく、性格的偏りなので小学校には入れてあげません”
そんな時代です。
幸い、その後の折衝で小学校入学ということにはなりましたが、子どもたちからの刺激を求めて普通学級を希望したことから、別の問題も発生してきます。
それは、今日の自閉症児やアスペルガー症候群の子どもたちにとっても大きな問題となっている「いじめ」の問題です。
1年生の2学期のこと
『 学校帰りに上級生の3、4人の男の子がカズオをつかまえて、
「うまい肉だから、喰え!」 と、道端に転がっていたネズミの死骸を食べさせようとしたという。
嫌がる彼は 2、3人に押さえつけられ、口の傍にそれをつきつけられて、カズオはその腐肉を一口齧ったというのだ。
また別の子は、ジュースの空缶に自分の小便を入れ、「飲め!」と言ったそうだ。一緒に帰った1年生の話では、その小便の缶の方は腕で押しのけるようにして下に落とし、それだけは飲まなかったという。・・・・』
悲しい話です。抵抗することを知らない自閉症児、言葉もなく親に訴えることもできない自閉症児は格好のいじめの標的となるのでしょう。
子どもは天使ともいいますが、集団になり、一歩間違うとどこまでも残酷な存在になりかねません。
『 あまりのことに言葉もなく、涙が先に流れてしまうのもぬぐわず、私は彼を車に乗せてすぐ近くの病院に走った。病院で適当な処置をしてもらい、発疹や下痢に注意してください、変化があったらすぐ知らせて、というお医者さんたちの声を後に病院を出た。
人影のなくなった交通公園のベンチにやっとたどりついて、彼を抱きながら思う存分泣いた。強い力で絞めつける私の腕から逃れて、なじみのすべり台の方へ行きたがってもがく彼が、一層哀れであった。
嗚咽が次から次からこみあげてくるのを止めようもなかった。滂沱(ぼうだ)と流れる涙を、私は瑞栄や佐保(注:カズオ君の妹)たちには見せたくなかった。
神経質でほんの少しバナナがいたんでいても絶対に食べない彼が、ネズミの腐肉を食べたとは・・・・・。
いったいどんな気持ちでネズミを齧ったのだろう。その場面を思い浮かべると、地面に身を伏せて、のたうちまわって泣きたいほどの激情が衝きあげてくる。
カズオは無心に砂場の乾いた砂を手ですくってサラサラ落としている。神社の杉の森は秋の夕闇を吐き出し、風はカズオのジャンパーに吹き入って、上半身をふくらませて吹きぬけていく。
おまえの心の扉をたたく
鉄槌がほしい
おまえの心をつきあげる
波涛がほしい
母の血を一滴ずつしたたらせ
それが地表を染めつくした時
神が授けてくれるものであれば
私はそのためにものを食べ
そのために血をふやそう
無心に砂山をつくるお前に
無心に空を眺めるお前に
よろこびの 悲しみの心の糸を
つなぎとめ たぐりよせる
糸繰りの術があるとしたら
それをこの世の誰も知らないというのなら
イタコの言葉にのって
黄泉の国までも
捜しに行きたい!
どのくらい公園にいたのだろうか。帰ると、家の灯が少し気持ちを和らげてくれた。・・・ 』
同じ親としてたまらない風景です。哀しい詩です。
でも、そこから立ち直った森さんたちは、これまでにもまして子ども “たち” を育てる事に力を注いでいかれます。
「カズオが育つためには、カズオたちが育つことと切り離せない。」
「たち」とは、一つは同じ障害や、いろいろな障害をもった子どもたち。
そしてもう一つは学校や、地域で育ちあっている子どもたち。
この本が、単にカズオくんの成長記録にとどまらず、広くみんなの心に訴えるのは、その育ち合おうというメッセージだと思います。
題名となっている「育む(はぐくむ)」、それは我が子だけでなく、我が子たちみんなを育てていこうという熱い思いです。
私たちが「育てる会」を作ったのも同じ思いからです。
森さんの子育ての時代からは、もう四半世紀が過ぎましたが、今も私たちの子育ては続いています。
この本は、そんな私たちの良い指導書になると思います。
また、哀しい出来事を紹介しましたが、本の全体のトーンは書いておられる森さん一家の性格のためか、とても明るく元気のあるものです。
では、最後にそんなシーンの一つを紹介します。
『 「カズオが自転車に乗れたんだ。早く帰ってこい!」
まさか。夏休み中、練習をあんなに嫌って、ギャアギャアわめいて逃げ回っていたのにと、半信半疑で帰ってみると、もううす暗くなった庭先で、子どもたちが皆、めいめいの自転車にまたがったまま、今か今かと私の帰るのを待っていた。
子どもたちは、興奮の面持ちで、口々に説明しようと私をとり囲む。
「あのね。パパがね。『漢字の宿題をやるか、自転車の練習をやるか、どっちにするか!』って言ったら、『自転車に乗る!!』って、ドリルも鉛筆もほっぽりだして飛び出したの」
「そしてね。自転車に、パっとまたがって、フラフラしてたけど、一回も練習しないでのれちゃったの。いっかいもだよ」
「隣のたっちゃんが、キャッチボールをしてるところへ、『どいてください。危ないですから、ちょっと、どいてください』 って、声をかけながら、いっしょうけんめいこいでね。畑の方までいけたのよ」
姉も妹も、すごいすごいを連発している。
「じゃあ、ちょっと、ママにも見せて」
と私が言うと、照れくさそうな顔をしながら、彼専用の手さげランタンに灯をつけて、チョンと前カゴに乗せて、危なっかしそうにフラフラと乗ってみせてくれた。 』
夕暮れ時、家族みんなに愛されて、幸せそうに暮すカズオくんの笑顔が目に浮かびます。
(2002.11)
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目次
『 はぐくむ 1 』 幼児期編
序文 この想像的で、創造的な子育て ・・・・・・・・・ 佐々木 正美
第1章 カズオからの出発
1 誕生
2 異常のあらわれ
3 親としてのとりくみ
4 1歳前の異常と早期発見
第2章 子どもたちのうずの中へ
1 さくらんぼ保育園へ
2 一年目 ~ 母も、子も
3 二年目 ~ 母子分離
4 三年目 ~ 巣立ちへ
5 卒園式
6 対人関係と集団
第3章 育ち合いを願って
1 教育の場を求めて
2 小学校へ
3 一学期 ~教科学習へのとりくみ
4 夏休みの日記
5 二学期 ~ 忍者の世界から引っぱり出せ
6 家庭 = 学校 = 地域
附章 自閉といわれる子どもの言葉と発達
1 認識のひろがりと言葉の関係
2 アンケートにみる言葉の姿
3 私たちの 「 ゆさぶり療法 」
あとがき
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『 はぐくむ 2 』 小学校編
序文 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 西村 章次
プロローグ
第1章 幼児期の育ちと遊び
1 母親としての再出発
2 遊びつつ育つ
3 遊びにくさと、遊びの中で育った力
第2章 小学校低学年期の育ち
1 普通学級の中で
2 小学三年の試練と成長
3 わが家の1日
4 遊びの中から情意を育てる
5 ベンの手術
6 教科学習の取り組み
第3章 カズオと先生と母親
1 一学期
2 ニ学期
3 三学期
第4章 思春期前期へ
1 自我の成長
2 巣立ちの朝
エピローグ
あとがき