虹の架け橋 ~自閉症・アスペルガー症候群の心の世界を理解するために~ | 私のお薦め本コーナー 自閉症関連書籍

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自閉症・アスペルガー症候群および関連障害や福祉関係の書籍紹介です by:トチタロ

ピーター・サットマリ:著 佐藤 美奈子・門 眞一郎:訳 星和書店 定価:1900円+税 (2005年7月)


    私のお薦め度:★★★★☆


カナダの臨床研究家のピーター・サットマリ氏によるASD(自閉症スペクトラム)の子ども達や成人された方の本です。

サットマリ氏が臨床の現場で関わってこられた方たちの話を12の章に分かれて書かれていますが、登場する子どもたちが12人というわけではありません。中には三つ子の子どもたちまで登場しますし、一話の中に複数の子どもたちの症例もでてきます。


サットマリ氏の視線は○○療法の理論建てや研究などでなく、あくまで目の前の子どもに当てられ、どうすれば助けになることができるか、ということのみを追求・実践されています。副題は「心の世界を理解するために」となっていますが、それは精神論ではなく、ASDの特性による認知の違いから入って、私たち非自閉圏に暮らす者にもわかるような言葉で解読してくれています。


例えば、第4章に登場するザカリー君、彼は9歳の時 死の観念に取りつかれてしまいました。彼は母親のアンジェラに「おばあちゃんが死んだらどうなるの?誰がおばあちゃんの代わりになるの?」と絶えず尋ねました。その後、彼はさらに順を追って家族全員について次々と同じ質問をしていくのです。


「ジムおじさんが死んだらどうなるの?誰がおじさんの代わりになるの?いとこのサリーのときはどう?」

彼の会話のレパートリーはほぼ完全にこのような質問でなりたっていました。それ以外の話題についてはほとんど口にすることができないほどだったのです。


大丈夫だからといくら安心させようとしても、まったくと言っていいほど効果がありませんでした。かといって尋ねられても返事をしないものなら、ますます頑なにしつこく問い詰めるばかりでした。


さて、みなさんならどう対処されるでしょう? ザカリー君のように“死”についてではなくとも、同じ質問を何度も何度も繰り返ししてくる・・・という経験をされた方もいらっしゃると思います。


私たちが陥りやすいのは、自閉症の子どもたちも私たちと同じようなことに“こだわる”と思いがちなことではないでしょうか。

この問題に対しても、死に対する不安から強迫的な質問を続けているのではないかと思い、その不安を和らげることに対処しがちです。筆者であるサットマリ氏も最初は同じでした。

でも、自閉症の特性を知り、質問を注意深く分析することにより、ザカリー君のこだわっているのは死、そのものではなく「誰が代わりになるの」という変化に対する抵抗だったということにたどりつきます。それは、変化に対する不安と恐怖だったのです。これに対しても、自閉症児と接する人には経験があることでしょう。


その二つを結びつけられれば、ザカリー君の質問の繰り返しの意味がわかってきます。そしてそれに対処するには、死についての不安をカウンセリングで解消しようとすることではなく、「変化」を受け入れやすくするために、絵や文字を使って一日の活動の大きな流れを示したスケジュールを示し、教室の壁や自宅の冷蔵庫などに貼っておくということだったのです。


こうしてひとつの活動から別の活動へもスムーズに移れるようになり、条件が整ったところで、今度は死によってもたらされる変化に対応するために、別の関心、気晴らしを提供してあげるわけです。ザカリー君の場合は、夏の休暇に好きなもののひとつ、車の博物館(ヘンリー・フォード博物館)へ旅行することにより、死へのこだわりから気持ちを解放させてあげることができました。


あの日、彼が診察室を後にするとき、私は彼のパンパンにふくれたポケットが小さなおもちゃでいっぱいなことに気づきました。おもちゃの車に興味をもつか、あるいは死に取りつかれるか、どちらかを選択するとしたら、やはり車を選ぶほうが賢明で魅力的と言えるのではないでしょうか。


このように12の章のそれぞれに、ある意味魅力的な子どもたち(一部は大人の方も)が登場し、それに対して彼らがより安定して、幸せに暮らせるようにというサットマリ先生の対応が綴られています。


どの章にも、興味深い子どもたちが登場しますが、私が最も感動したのは最終章のソフィーでした。というよりも、彼女の養父母となったグレッグとマリアンヌの夫婦との物語でした。


それまで子どもをあえて作らず暮らしてきた夫婦でしたが、共産主義政権が崩壊したルーマニアで、孤児院が悲惨な状況にあることを知り、その中の誰かひとりでも救い出してカナダで養子として育てようと決意したのです。
一人でブカレストを訪れたマリアンヌのところに通訳者が養子の候補と連れてきたのが3歳のソフィーでした。


子どもは震え、全身傷だらけでした。虱を防ごうとしてのことでしょう。頭は剃られていました。しかもまだおむつをしていました。自分で頭をあげることができず、おむつから漏れた下痢便にまみれていました。体重は15ポンド(6800g)ほどで、やせ衰えてみえました。


マリアンヌは、ソフィーの両目がずっと一方の側へ寄ったままであることに気がつきました。マリアンヌはソフィーに話しかけてみたのですが、それでもソフィーは彼女を見ようとはしませんでした。


話をしないのよ。歩くこともできない。それだけじゃないわ。自分の世界に閉じこもってしまっているの。マリアンヌはソフィーの様子がどれほどひどいか彼(グレッグ)に(電話で)話しました。


 あの子を養子にしたら、私たち、自分たちの将来の計画を一切忘れなくちゃいけなくなるわ。ううん、実際には将来なんてもの、なくなってしまうわ。ひどい障害なのよ。この子の世話に追われるなんて、そんなのまさしく牢獄よ。私たち自身には何も残らなくなってしまう。何もかも失ってしまうのよ。


 グレッグはじっと聞いていました。一瞬考え、そして言いました、「連れておいでよ」。


全身ただれているのよ。震えてるの。頭を剃られてしまっているのよ。

マリアンヌはソフィーの様子を説明し、再度抵抗しました。「私たちには無理よ。とうてい不可能だわ」。しかし抵抗すればするほど、マリアンヌは彼女を連れて行かざるを得ないことをひしひしと感じました。

「あの子どこに戻るのかしら?だめよ。あんな孤児院に戻ったら死んでしまうわ」。電話越しにそう言うと、マリアンヌは泣き出しました。涙にむせび、この哀れな子どものために声をあげて泣きました。


グレッグはため息をつきました。1万キロ以上も離れてはいましたが、まるで彼女のすぐそばにいるように言いました。
「連れておいでよ。 いいかい、連れてくるんだ。 約束だよ、いいね?」


その後、新しい“家族”となったグレッグとマリアンヌ、そしてソフィーの物語の続きは、ぜひみなさんに実際に本書を手にとって読んでいただきたいと思います。
そして、そのぬくもりを感じていただけたらと思います。


       (「育てる会会報 92号 」 2005.12)


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虹の架け橋―自閉症・アスペルガー症候群の心の世界を理解するために/ピーター サットマリ
¥1,995
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目次


まえがき


謝辞


第1章 スティーブン ~変わり者の昆虫学者~
第2章 ヘザー ~別の軸を中心に展開する世界~
第3章 ジャスティン ~世界の構造に耳をすます~
第4章 ザカリー ~死の強迫観念~
第5章 シャロン ~人の心がよくわからない~
第6章 ウィリアム ~隠喩のない世界~
第7章 テディ ~不釣合いな時間、不釣合いな発達~
第8章 サリー、アン、そしてダニー ~謎を受け入れる、原因にこだわらず進み続ける~
第9章 トレバー ~モビールと「奇跡」~
第10章 アーネスト ~橋から見た景色~
第11章 フランキー ~学校で学ぶこと、忘れること~
第12章 ソフィー ~諦めずに受け入れる~


訳者あとがき


文献
索引