上代特殊仮名遣いの発音 | TOSHI's diary

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上代日本語や上代特殊仮名遣いの音韻というか発音について書いていこうと思います。

まず上代日本語とは何ぞやという方のために説明すると、簡単にいえば奈良時代の日本語です。

かなり専門的な記事になるので、その辺りをご理解いただいた上でお読みくださればと思います。

では早速始めていこうと思います。

 

上代日本語の紹介はかなり省いていますが先ほど書いた通りです。

上代特殊仮名遣いを紹介する前に、万葉仮名を軽く説明いたしましょう。

万葉仮名とは奈良時代以前――ひらがなとカタカナがなかった時代に、

日本語を表記するために漢字を借りて表現した、いわば当て字のことと書けばいいのかな。

要するに夜露死苦や愛死天流みたいな表現方法ですね。

なので奈良時代の人に愛死天流と書けば通じる可能性があります(笑)

万葉仮名の使われ方はかなり法則が整理されていたようです。

万葉仮名の例をちょっと挙げてみましょう。

 

原文「現世尒波 人事繁 來生尒毛 將相吾背子 今不有十方」

漢字かな混じり文「現世には 人事繁し 来む生にも 逢わむわが背子 今ならずとも」

現代語訳「この世は人の噂がうるさいもの。来世でもあなたにお会いしましょう。今でなくても……。」

万葉集541より抜粋。

今手元にあった万葉集の本を適当に開いて、何だかミラクルロマンス的なこちらの詩を例に挙げてみました。

このように万葉仮名では「~には」を「~尒波」、「~とも」を「~十方」といった具合で表記しています。

これが万葉仮名というものです。

 

こんな感じでひらがなやカタカナの代わりに使われていた漢字はある程度決まっていたようです。

ウィキペディアや他のサイトにも使われていた漢字の表があったりしますので、

興味がおありの方はご覧になってみてはいかがでしょう。

 

ここからは上代特殊仮名遣いについてお話ししていきたいと思います。

キヒミケヘメコソトモヨロとその濁音を表記する万葉仮名の漢字が2種類に書き分けられています。

そしてこの2種類は混ざらないように書き分けられており、混同することはないのです。

どういうことか図で説明いたしましょう。

 

 

姫と夢を例に取りましたが、こんな感じで「ひめ」と「ゆめ」の「め」が分けられていました。

平安時代にひらがなとカタカナが出現したことによって、この書き分けは消滅しています。

この法則を発見したのは江戸時代の学者さんだそうです。

その後は近代に入るまでは日本語史における謎とされていました。

近代以降も深掘りした研究が長年続けられ、これは発音の違いなのではないかという主張が現れます。

姫の「め」を甲類、夢の「め」を乙類として、全く別物とし、全く違った母音があったというのです。

当然議論の上では反論も起こり、推測される発音にも論者によって差異がありました。

 

ではこれより、タイトルのように発音に関する研究について記していきましょう。

上代日本語にはハ行がパ行で話されていたといわれています。

また、濁音は「ンカ」「ンタ」「ンパ」などの発音だったようです。

更に先ほどの上代特殊仮名遣いが甲乙で別物だったとされる点も含めると、更にややこしいことになってきます。

 

イ行の甲乙を「ヒ」を例に見てみます。

甲類の日や陽は「pi, pji (ピァ ピィ)」、乙類の火は「pwi (プィ)」であったとされる説が濃厚だそうです。

何故タイムマシンがあるわけでもないのに、当時の発音がわかるの?

そう思われる方もいらっしゃると思うので、その根拠を簡単に書いてみようと思います。

 

万葉仮名は日本語の音を表すために漢字を借用したものです。

先ほど挙げたハ行がパ行だったとされる理由については、

ハ行を表す漢字が当時の中国でパ行の発音だったのではないかという説が根拠になっています。

例えば「は」の万葉仮名が「波」で、当時中国語で「波」は「パァ」だったとされています。

では何故、当時の中国語の漢字(表意文字)の発音がわかるのか? という疑問に至るかと思われます。

中国は当時、唐という超大国でした。

アルファベット的な表音文字を使う周辺の国々と接していたと窺えます。

「波」の字が表音文字の国では「パ」「パァ」と音訳されていた。という学説が根拠になっているようです。

この辺りについては私自身が深く調べ上げたわけではないので、

そういう調べ方もありますという具合に紹介させていただきます。

 

では上代特殊仮名遣いの話に戻ります。

日(ヒ甲)は「pi, pji」で火(ヒ乙)は「pwi」だと何故想定できるのかという疑問も浮かんでくるかと思われます。

こちらも似たような調べ方がされていて、徐々に解明が進んだことで現在の推定となっているようです。

 

ここで私が使用している言語の一つであるベトナム語が登場します。

何でいきなりベトナム語が出てくるんだよと思われる方もいらっしゃると思うので説明します。

日本語とベトナム語には共通の漢語があります。

漢語由来の語彙はかなり似ているので、実は両言語のつながりは深いのです。

もっというと、漢語が似ているのは伝わった時期が近いからではないかとも考えられます。

 

【平城京巡り】平城京・令和の始まり

 

こちらはかれこれ二年くらい前の私のブログ記事です。

日本語とベトナム語の似ている単語を少しだけ紹介しているので、気が向いたら覗いてみてください。

奈良・平安時代の「襖(あお)」という服と、アオザイで知られる服を意味する「áo(アオ)」の由来が同じらしいと書いています。

こじつけではなく、ともに中国から衣類を意味する言葉として伝わったからだとされているからです。

 

また話が逸れそうになってきたので、再度上代特殊仮名遣いの話に戻りますね。

ヒ甲類を示す万葉仮名は比、卑、必etc。訓読みのものは日、氷etcがあります。

一方でヒ乙類は非、悲、斐、肥、飛etc。訓読みのものが火、干etcといった具合です。

現代日本語ではどれも「ヒ」と読み、これらの読みに差異が見られない状態です。

それではこれらの漢字の音読み側を、ベトナム語における漢語(詞漢越 - từ Hán Việt)と比較してみます。

 

 

少し違うのも混じってしまいましたが、これまた似ているような気がします。

今でこそ日本ではどれも「ヒ」なのですが、かつてはそうではなかったのではないかと窺えるかと思います。

とはいえ日本とベトナム語では成り立ちや歩んできた歴史がまるで違うので、

ここだけを見てどうこうと断言もできません。

ただ、日本以外の漢字文化圏では甲類と乙類の漢字が同じ読みだったことがないようです。

 

「ヒ」だけを比較してもあれなので、別の音も見ていくとしましょう。

それでは「コ」の万葉仮名を甲乙ともに見てみたいと思います。

コ甲類は古、姑、故、孤etc。訓読みだと子、児、粉etc。コ甲は単純に「ko」(母音の表記法にwo, ôも見られる)。

コ乙類は巨、去、居、己etc。訓読みだと木があります。コ乙は「kə」(同じく表記に差があり。発音としてはエとオの間のような音)。

これらもベトナム語の漢越音と比較してみます。

 

 

ちなみにベトナム語で「クー」と書きましたが、その母音は微妙に「u」とは違います。

お気付きの方もいらっしゃると思いますが、コ乙類の万葉仮名は現在「コ」と読まれないものが多いですね。

現代日本語において「キョ」と読まれるものが多いようです。勿論例外も見られます。

コの甲乙の違いは、現在の日本語にも形を変えながら脈々と受け継がれているのかもしれません。

こうして見ると上代日本語と現代日本語、外国語とも何かしらのつながりが見えてくる気がします。

 

古文における歴史的仮名遣いとベトナム語にも関わりがあります。

今思い付いたことを一つだけ書いてみましょう。

歴史的仮名遣いで「くわん」と書いてあるのをご存知かと思います。

例を挙げると観音様を「くわんのんさま」と振り仮名を打っているあれです。

この「観」はベトナム語の漢越音だと「Quan(クァン)」となります。

昔の日本では元々「かん」ではなく、実際に「くわん」とは区別されていたのではないかと窺えます。

 

 

それでは最後に、初めに紹介した歌を上代日本語の発音に変換してみようと思います。

念のためにもう一度原文を載せますね。

原文「現世尒波 人事繁 來生尒毛 將相吾背子 今不有十方」

音「kənəjə nipa pjitəNkətə siNkjesi kəmu jə nimo apamu aNka seko ima naraNsu təmə」

カタカナ音写は限界があるので書こうかどうしようか迷いましたが、一応書きましょう。

カタカナ音写「ケォネォイェォ ニパ ピァテォンケォテォ シンキェシ ケォム イェォ ニモ アパム アンカ セコ イマ ナランス テォメォ」

あくまで個人の感覚でカタカナ音写したものなので、真に受けないでください。

小文字のァィゥェォやンを含めた一音だと思っていただければ。

更にいうと「シ」「ス」の子音は「ts」だった説もあるので、「ツィ」などと発音されていたかもしれないそうです。

 

もう何が何だかわからなくなりそうなところで、今回の記事は終了とします。

興味がおありの方や、お持ちになった方は上代日本語について調べてみてもいいかもしれません。

また、奈良時代の日本語で喋ってみたや歌ってみたといった動画もYouTubeに上がっていたりします。

私の記事よりもずっと詳しくわかりやすいところもありますので、いろいろと見て回られるといいと思います。

 

そして、音韻論に関しては諸説あり、現代でも定説というものはありません。

あくまで推定であるということをご理解いただければと思っております。

 

それでは最後までお読みいただきありがとうございました。

今後も言語学に関する記事を書くかもしれません。

その時はどうかお付き合いくだされば幸いです。

ではまたお会いしましょう。