だんなの親友でマーティンという
アイルランド出身の男性がいる。
彼はだんなと幼馴染みで、年齢も背格好も同じ。
酒も、マリファナも半端なくやる。
ただ違うのは、顔と性格。
仕事は肉屋。
肉を売るのではなく、奥で肉をカットしている方だ。
肉は重たいし、冷たい。
そのうえ鋭いナイフみたいなのを
使っているのだろうから、
常に神経を研ぎ澄ましておかないと、
自分の指でも切り落としてしまいそうなほど危険な仕事だ。
そんな仕事をマーティンは１６歳からしている。
親が肉屋をやっていたというわけではない。
秀才であった彼に他の道がなかったわけでもない。
中学を卒業後、すぐ肉屋へ修業に入ったのは
まぎれもなく彼自身の選択であった。
その経緯を知った後、直接彼に肉屋になりたかった理由を
聞いてみたが、答えは単に
肉が好きだから。
そうか、なるほど。
彼は肉が好きで好きでたまらないのか。
たしかに、彼は常に肉を食べている。
まあ、彼だけに限らず、西洋人は毎日肉を食べる。
こちらの人々は食卓に肉がないと、
食事をした気がしないというのだから
驚きである。
だが、いくら肉が好きといっても、
美味しそうに調理してある温かい肉料理と
ただの生肉の塊は別物で、
それが、大きくて重く、冷凍になっているとなれば
いくら同じ肉でも、それらに囲まれるのは
ちと気分のいいものではない。
それをマーティンは、
ただ好きだからという理由で
１６歳の、まだまだ将来というものの意味さえ
わからない年齢で、肉屋になる事を選んだ。
そしてそれを４５歳になった今でも全うしている。
それどころか、その腕のよさをかわれて
カナダで就業ビザ、その後永住権を取得し、
外国でも食うことに不自由なく、
その腕ひとつで生活できている。
なんとまあ、一貫した人生だろうか。
ひとつの事を長くやり遂げる事は一見、
単純で、面白味がない。
冒険がないようにも思う。
だが、それは、上っ面の事で
実は、人生で大切なのは
そういう事なのである。
マーティンは、同じ年齢の子たちが
女の子といちゃいちゃ遊んでいる時に、
なま臭い血の匂い漂う薄暗い肉屋の裏手で
一人黙々と肉を切っていた。
その日々が積み重なっていき、流れる時間とともに
マーティンを肉屋として成長させていった。
そして、それはやがて、
現在の彼の生活に何不自由しない生活の助けとなった。
私は毎日の育児や家の雑事で毎日が
信じられないほど早く過ぎてゆくことに驚いている。
だが、していることと言えば、育児、家事。
特別な事ではない。
ただ、マーティンの事を思いだすと、
この変哲のない毎日も１日、１日に意味があり、
やがては実を結ぶ時がくるのだろうな、とも思えてくる。
だんなはマーティンと性格さえ違うが、
彼も、大工という職業を
１６の頃から今まで一貫してやってきた。
そのおかげで、食べさせてもらっている。
マリファナ、酒の力なしでは
感情をコントロールできない彼だが、
そういったところは感謝すべきである。
そこで、マーティンの人生を
私の結婚生活と重ねて
考えてみる。
ふうむ。。この結婚、はたして、
彼の人生のようになれるのか。
それにはまず肉が好きでなければならない。
好きがゆえに、何十年、寒い部屋の中
冷たく凍った重い生肉を切り続ける事ができる。
私にこれから何十年、
肉を切り続ける事が果たして
出来るであろうか。。。
