汚染食品のゆくえを考える。
検査強化といえども、全部をするのは不可能。
本日の国会でも、全食品にベクレル表示をすべきという意見から、細野大臣はそれは、無理と断言していた。
汚染された食品は必ず存在し、自粛といえども、出荷なり、売買は行われているはずだ。
東電の賠償みていても当てにならず、明日を生きる農家にとっては、自分の家族を守るため、多かれ少なかれ汚染なんて知ったこっちゃない。
食品を選ぶ人と、選ばない人では、大きな差が生まれるのは、言うまでもない。
しかし生産者は激安でも出荷する。廃棄コストにだってコストがかかるからだ。
外食産業とお弁当の会社にはコスト削減が求められる時代にいい取引先となるだろう。
かれらも生きるためだ。汚染なんて関係ないのが本音だろう。それよりも目先の利益。
みんな目先のことが大切で、将来のことは後回し。
そんな自分も避難できずに毎日会社で稼いでる。
いっしょだ。
金イコール生きる になっている。資本主義だからといえばそれまでだが。
個人のレベルでこんな具合じゃ、国家に1000兆も先送りされた借金があるはずだ。
それに、自己防衛が高まっているのだろう。
毎日頭をつかって生きようと思う。