Mt.Kagami


最近、九州のテレビのニュースで取り上げられている


首羅山(白山)遺跡のシンポジウムに行ってきました。


博多湾を望む山全体が、霊山として、


修験道の行場として、中世山岳寺院として、


ものすごく状態よくのこっていたそうです。


表土というか、上の藪を払っただけで


ごろごろ石段やらなんやら出てくるらしいです。


写真をみると、たぶん藪を払って精査しただけでしょう、


という様子のところに柱穴やら


礎石やらがばっちり出てました。


戦国期に兵火で焼けたという記録のある文書があったらしく、


今ではもう藪だらけで


調査はめちゃくちゃ大変な藪払いから始まったらしいです。


担当者は女性でしたが、


テレビでもそのやぶ払いが大変だったとおっしゃっていましたし、


調査前、調査後 の写真をみても、大変さはよく分かりました。


   学生のときの古墳の調査を思いだした。

   こないだの現場も遺構の上に巨木が立ってて、

   チェーンソーもないし大変だったのです。


町だけでは山全体を調査できないとのことで、


調査委員会を作って大学や博物館の先生方に調査指導を頼んでいるらしいです。


報告書も1000円とお買い得ー。

ちなみに町史は上下巻セットで3000円。

下巻だけ1500円だったら買ったかも。

産業とか人口とかの部分は、あまり欲しくはない。



この遺跡の調査は、外部の先生方は勿論のこと、


町民の人にもいろいろ参加する機会をつくったりして、


どんどんやっていこう、というところがあるみたいで、


そういう点でもへえと思いました。




突然ですが、

 文化財は研究者のためだけの文化財ではない、と


常々思っています。


私たちは発掘調査をしたり、


遺物の調査研究をしたりしますけれども、


それが何の役に立つのか、


何のためにそういうことをしているのか


考えてやらなくてはいけないと考えています。


 確かに文化財は、研究したところで病気も治らないし、


生活が便利になるわけでもない。


物理的なメリットはありません。


それでも、なぜ巨額を投じて


失われる遺跡を調査・記録保存する必要があるのか。


それは調査員や研究者それぞれに考え方があると思いますが、


何にも考えなしに、ただ自分の興味だけで


文化財を自分のもののように扱うのはどうかな


と思います。


だからといって自分自身がきちんと


自分の考えに沿って出来ているとはいえませんが、


自分自身の方針、というか やり方に


筋を通していくのも大変ですが、大事だなあと思うこの頃です。


ちょっと感傷的ですけれど。


さて、


話は戻りますが、


昨日は久山町(首羅山遺跡のある町)に行ったあと、


ついでに古賀市の資料館へも行ってきました。


ナビのやつめが


近くに来ると、


「近くにきました。音声案内を終了します」


とかいうくせに、地図上に目的地の場所は乗ってなくて、


4時50分くらいにどうすんだどうすんだとうろうろしたあげく、


ようやく見つけました。


閉館が6時だったので(図書館にくっついていたから閉館も同じ時間らしい)


約1時間、変な人間がひとつのガラスケースにへばりついて例の野帳に一生懸命スケッチする光景が。。。


野帳をもってると、ああ、関係者だなと思う。。。


あと、なんかの研究会にいこうとして、近くの店でご飯食べてたりすると、


「あ、あの人らぜったい研究会にいくんだろうな」


と同業者の匂いを感じます。


そうい感付かれ方はしたくないですねー。




帰りに福岡の都市高速からヤフードームの横のタワーを撮ってみました。


福岡、夜景綺麗なんですけど、


眺められるような山みたいなとこを知りません。


もうすぐクリスマス。