Mt.Kagami


 阿蘇山本体(?)には登りませんでした。


阿蘇山の北側の山から阿蘇山をみる。


阿蘇山て本当はものすごくでっかい山だったんですよね?


阿蘇山を囲む山のてっぺんはなんだか


北海道みたいな景色で台地っぽくなっていて、


牧場が多いです。


あと展望台。


大観峰(徳富蘇峰が命名したらしい)


で、涅槃図にみえるという阿蘇の山をみる。



Mt.Kagami
富士信仰みたいに


阿蘇信仰もあるんだろうか?


ぜんぜん知りませんが。


ミルクロードという道が阿蘇の北側の山脈みたいなところを通っていて、この写真みたいな光景がずっと見えるのです。


あの寒ささえなければ1時間くらい眺めていたかったなと


思うのですが、


火の国とかいうくせに、


かなり寒かったのです。


途中で寄った牧場では


馬がカバー(服?)を着ていました。



Mt.Kagami


この白いのではないんですが、


このエルパティオ牧場というところで


引き馬ではない乗馬を初体験!


20分ほど、台地の上をぱこぱこ行きます。


しかし、Yさんの馬は、どうもやる気がなかったらしく、


気がつけば、ガイドさんからどんどん遅れること数回。


「わき腹けってもいいですよ」


といわれ、おなかをけったらしいのですが、


めんどくせえなあ、と草を食べそうになったり、のそのそ行ったり。


ガイドさんの真後ろで


なかなか精悍な感じの黒馬に乗せてもらった私は


ガイドさんが振り返って馬を止めるので、


ん?


と振り返ると、後続の馬は


いかにも


あーあー草食べたいよう、


とか、


あーあーまだ行くの?


とかいう顔をしてのそのそ来ます。


なかなか楽しかった。


馬は歩きながら平気でフンをするんだとか、


前の馬がフンをしたら、


あ、オレも、


って連れフンをするんだということもわかりました(笑)


馬の鬣のストラップを買って満足。


でも平日だったのでお客さんは私らだけ。


(だから馬も休みのつもりが働かされてめんどくさげだったのか?)


ちょっとなんとも形容しがたい雰囲気の牧場と


阿蘇の台地?でした。


Mt.Kagami

 阿蘇へ行ってきました。


さっき(?)6時頃帰ってきたところです。


うちから3時間ほど。


今回は資料調査などではありません。


阿蘇でも青銅器は出ているそうですが。


一泊二日。



絶景です。


上の写真は今朝の阿蘇山。


昨日は内牧温泉というところに宿泊。


残念ながら写真を撮り忘れましたが、


面白い温泉宿で、


きっとおんぼろだったのを


頑張って再生したんだろうな、、、という感じでした。


部屋に手作り感溢れる露天風呂がついていて、貸切風呂も無料。


(というよりも、大浴場ではなくたくさんある貸切風呂がメイン。


これまた手作り感溢れてた。


大浴場に入る人殆どいないんじゃないかな)


なんだかコンパネ(ベニヤ板)を張り合わせましたか?って感じの


通路の先に食事どころがあって。


夜にはフロント近くで希望者でカラオケ大会です(笑)


私らはばっしんばっしん卓球をやりました。



宮崎だけと思いきや、


阿蘇もなかなか地鶏が美味しかったのです!


満腹。なんだかどんどん出てくる。


Mt.Kagami


これで露天風呂つき部屋(でも、手作り?のせいか、


夜中もじゃあじゃあお湯が注がれる音で少々うるさかったらしい。私はぐうぐう)


で、朝食付き、で、ソフトクリームもただで貰い、記念写真つき、で1万円ちょいって安くないですか?


楽しませてもらいました。

私はまんぞく。


はやめに目が覚めたので、


貸切風呂で夜明けを見ました。





Mt.Kagami


最近、九州のテレビのニュースで取り上げられている


首羅山(白山)遺跡のシンポジウムに行ってきました。


博多湾を望む山全体が、霊山として、


修験道の行場として、中世山岳寺院として、


ものすごく状態よくのこっていたそうです。


表土というか、上の藪を払っただけで


ごろごろ石段やらなんやら出てくるらしいです。


写真をみると、たぶん藪を払って精査しただけでしょう、


という様子のところに柱穴やら


礎石やらがばっちり出てました。


戦国期に兵火で焼けたという記録のある文書があったらしく、


今ではもう藪だらけで


調査はめちゃくちゃ大変な藪払いから始まったらしいです。


担当者は女性でしたが、


テレビでもそのやぶ払いが大変だったとおっしゃっていましたし、


調査前、調査後 の写真をみても、大変さはよく分かりました。


   学生のときの古墳の調査を思いだした。

   こないだの現場も遺構の上に巨木が立ってて、

   チェーンソーもないし大変だったのです。


町だけでは山全体を調査できないとのことで、


調査委員会を作って大学や博物館の先生方に調査指導を頼んでいるらしいです。


報告書も1000円とお買い得ー。

ちなみに町史は上下巻セットで3000円。

下巻だけ1500円だったら買ったかも。

産業とか人口とかの部分は、あまり欲しくはない。



この遺跡の調査は、外部の先生方は勿論のこと、


町民の人にもいろいろ参加する機会をつくったりして、


どんどんやっていこう、というところがあるみたいで、


そういう点でもへえと思いました。




突然ですが、

 文化財は研究者のためだけの文化財ではない、と


常々思っています。


私たちは発掘調査をしたり、


遺物の調査研究をしたりしますけれども、


それが何の役に立つのか、


何のためにそういうことをしているのか


考えてやらなくてはいけないと考えています。


 確かに文化財は、研究したところで病気も治らないし、


生活が便利になるわけでもない。


物理的なメリットはありません。


それでも、なぜ巨額を投じて


失われる遺跡を調査・記録保存する必要があるのか。


それは調査員や研究者それぞれに考え方があると思いますが、


何にも考えなしに、ただ自分の興味だけで


文化財を自分のもののように扱うのはどうかな


と思います。


だからといって自分自身がきちんと


自分の考えに沿って出来ているとはいえませんが、


自分自身の方針、というか やり方に


筋を通していくのも大変ですが、大事だなあと思うこの頃です。


ちょっと感傷的ですけれど。


さて、


話は戻りますが、


昨日は久山町(首羅山遺跡のある町)に行ったあと、


ついでに古賀市の資料館へも行ってきました。


ナビのやつめが


近くに来ると、


「近くにきました。音声案内を終了します」


とかいうくせに、地図上に目的地の場所は乗ってなくて、


4時50分くらいにどうすんだどうすんだとうろうろしたあげく、


ようやく見つけました。


閉館が6時だったので(図書館にくっついていたから閉館も同じ時間らしい)


約1時間、変な人間がひとつのガラスケースにへばりついて例の野帳に一生懸命スケッチする光景が。。。


野帳をもってると、ああ、関係者だなと思う。。。


あと、なんかの研究会にいこうとして、近くの店でご飯食べてたりすると、


「あ、あの人らぜったい研究会にいくんだろうな」


と同業者の匂いを感じます。


そうい感付かれ方はしたくないですねー。




帰りに福岡の都市高速からヤフードームの横のタワーを撮ってみました。


福岡、夜景綺麗なんですけど、


眺められるような山みたいなとこを知りません。


もうすぐクリスマス。