帰省
また、九州から埼玉まで帰省してきました。今回の帰省のテーマはとても重く、①ケアマネと会う、包括センター担当者と会う、デイサービスの見学②伯母一族との相続会議(議長は私)でした。ちょ、鬱で難聴の私、荷が重すぎね?www①については、そりゃあもうよく対応してくださいました。今まで電話だけだったので、実際に顔合わせができて本当によかったです。デイサービス見学で、感動して泣いてしまいました。だって、プール付き、カラオケし放題、お食事つき。地元銘菓でなく、ケアマネさんにGODIVA(アウトレットだけど)持って行って本当によかった!😆ケアマネさんが後日、お土産としてわざわざ金粉入り狭山茶をくださいました。甘いものがお好きで、とてもこちらのお土産を喜んでくださったようでホッとしました。そのお茶も、私が子供の頃から飲んでいる店のものでしたので、シゴデキな方だなと思いました。②については。。長男(兄)行方不明、電話も切られるという事実、預金はほぼなし、土地の名義が高齢者二人、築50年の上物の名義も複数という私が司法書士なら「そっ閉じ」案件です。資料を揃えて、司法書士に相談、公証役場との約束を取り付け、相続会議に臨みました。ですが、家庭内ヒエラルキーを重んじる伯母方、最下層の私が提案する士業の勧める最善策を真っ向から否定。疎遠の長男をないがしろにするのが許せないと。そして何より、他家名義になるのが許せないということでした。「皆さんは、実の親の葬儀に出られなかったことはありますか?私が兄に排斥され、侮辱され、父の葬儀に出られなかった事実を重く見ていただきたい」と、ここは法廷かと思うような陳述をし、結局三時間の話し合いの末、こちらの提案を受け入れてくれました。そしてその後母から夫のいないところで、声を顰めて「お前の夫がうちの財産を狙っているのではないかと皆心配している」と言い出しました。「そうだよね。心配だよね。私なんか、そんなメリットがなければ誰とも結婚出来なかったよね。お母さんの心配はわかるよ。」と宥めましたが、それがとても私の心を深く抉りました。後から「あんな事言ってごめんなさい」と母から泣きながら謝罪がありました。私は、「あの親戚の中で、誰か私達を助けてくれたことある?自分の身を挺してまで、支えてくれたことあるかな?」と言うのが精一杯でした。「お兄さんと話し合え」と簡単に言うけど、誰も第三者として話し合いに参加しようとは言わない。一人暮らしの母をサポートするわけでもない。伯母方の親族も冷たいもんです。挙句「なんで⭐︎はそんな遠くに嫁に言ったのかしら💢」ですからね。。そして従姉妹から色々書類集めの質問が来るのですが、正直自分で対応して欲しいです。私より14歳も上なのですから。私は難聴で不安がありながらも、自分で情報を集めました。従姉妹も難聴になり補聴器をつけてるようです。遺伝なんですかね。また来年中旬に、相続関係で私だけ帰省予定です。