インスタのリールを見ていたら、突然知った顔が流れてきました。


地元のろう協の若手聾者と、私のブログに頻回に登場している苦手な聴男性が、新たなプロジェクトを発足したようです。


「聞こえる世界と聞こえない世界の架け橋に。違いを知ることで手話をもっと好きになりましょう!」


だそうです。


「カッコつけたい人たちが集まった、ただの賑やかし」(夫談)

私の意見ではありません。夫の意見ですよ🤪

常にスタバを片手に持ってるタイプの方たちなので、まあ図星っちゃ図星かなと。


夫は今年から私の勧めで手話講習会に行く予定ですが、自己顕示欲を満たす道具ではなく、英会話を習う感覚と同じ気持ちで行くようです。

私も、数字と指文字を覚えてくれたら程度の気持ちでいます。

私が酔っ払っていたのでよく聞いてなかったのですが、「それぞれの文化が云々」言っていたので、私の苦手とする方向にはいかないと思います。


先日、帰省の折、羽田空港の成城石井で買い物をした時、「あ、耳が聞こえにくいから」と文字起こししようとしたら、「手話できる?」と言われ、最後まで手話で会話できました。その時は、さすが東京だな。と思いました。


私自身、難聴が悪化し、もう手話を使う場がなくなりましたが、その販売員の方のように、出しゃばらず、静かに、よき隣人でありたかったんだなと思いました。

中途失聴の難聴者が手話を使いにくい背景は、わかる方はわかると思います。

なんかSNSで聾者から批判されるんですよ。日本語対応手話反対!みたいな。


私は正直なところ、聞こえない世界と聞こえる世界に住む人達はわかりあうことは絶対ないと思います。鰓呼吸と肺呼吸くらいの違いだとおもうから。

そしてそこに聞こえにくい世界も加わると、それこそ「両生類キタ!」並みに別次元になります。


「聞こえにくいなら、ますます手話サークル行くべきじゃないの?」と医師から言われますが、

手話サークルはボランティアであり、役割を求められ、さらに評価と格付けの場になるので、今の私にはとても居心地が悪いのです。同じ水槽で、グッピーと金魚を飼えないのと一緒です。


世の中は平らにはならない。そんな気持ちになりました。