本当は、ただ褒めてもらいたかった。
昨日は、私が水泳の先生に憧れて、
「私も、こんな先生になりたい」
と思うようになったことを書きました。
そして中学生になり、私は「中学校の体育の先生になる」と決めました。
そのためには高校の進学先から考えなければいけません。
塾にも通いたい。
そこで私は、母にお願いしようとしました。
でも……。
母にお願いすることが、とても怖かった。
なかなか言葉が出てきませんでした。
今思えば、
「どうして、あんなに緊張していたんだろう?」
と思います。
きっとその頃には、私の中に、
「自分が発する言葉に対して、母から厳しい返事が返ってくる」
ということが、すっかりインプットされていたのだと思います。
ほぼ毎日のように、母に叱られていました。
母が仕事から帰ってくるまでに、宿題として言われていたお手伝いが終わっていないと叱られる。
そんな毎日の中で、私はいつの間にか、
「怒られないようにしなきゃ」
「余計なことを言わないようにしよう」
そんなふうに考えるようになっていたのかもしれません。
小学1年生の頃のこと
もう一つ、今でも覚えている出来事があります。
小学1年生の頃。
学校で習った問題が、簡単に解けたことがありました。
嬉しくなった私は、母に、
「こんな問題、簡単にできるー!」
と言いました。
すると母は、
「そんな何でも簡単なんてことはない!」
と、ピシャリ。
叱られました。
母はきっと、
「何でも簡単だと思って、調子に乗ってはいけない」
ということを教えたかったのだと思います。
謙虚な人になってほしかったのかもしれません。
でも、当時の私はまだ小学1年生。
ただ、
「できたよ!」
と、嬉しい気持ちを伝えたかっただけだったんです。
そして、褒めてもらいたかった。
「すごいね」
「よくできたね」
「頑張ったね」
そんな言葉を、ただ聞きたかっただけだったんだと思います。
「調子に乗ってはいけない」
その出来事をきっかけに、私はそんなことを覚えていったのかもしれません。
できても、あまり喜ばない。
自分から「できる」と言わない。
何事にも謙虚に。
それは一見すると、とても良いことのようにも思えます。
でも、その奥には、
「自分に自信を持ってはいけない」
という気持ちまで、いつの間にか育ってしまったのかもしれません。
何かができても、
「まだまだ」
「私なんて」
と、自分を小さくする。
褒められても、
「そんなことないです」
と否定する。
今思えば、私はずっと、
「自分を大きく見せないこと」
を覚えてきたのかもしれません。
大人になって気づいたこと
でも、大人になってから気づいたことがあります。
あの小学1年生の私が、本当に欲しかったもの。
それは、ただ褒めてもらいたかっただけだった。
「すごいね」
「よくできたね」
「頑張ったね」
「あなたならできるよ」
そんな言葉をかけてもらいたかった。
ただ、それだけだったんです。
あの頃の私は、調子に乗りたかったわけでも、自慢したかったわけでもありません。
ただ、自分ができたことが嬉しくて、その嬉しい気持ちを誰かに受け止めてもらいたかった。
今、大人になった私は、あの頃の自分に言ってあげたいと思います。
「よくできたね。」
「すごいよ。」
「頑張ったね。」
「あなたは、そのままで大丈夫だよ。」
そして今、私は思います。
子どもの頃にどんな言葉をかけられたか。
どんなふうに育てられたか。
それは、大人になってからの自分の考え方や、自信の持ち方にも、知らないうちにつながっているのかもしれません。
でも、
「私はこういう人間だから」
と、決めつけなくてもいい。
大人になった今からでも、自分のことを認め直すことはできる。
私は、そう思っています。
そして、ここから少しずつ、私の人生の話が今につながっていきます。
夢を持っていた少女が、その後どんな道を歩いたのか。
夢だった「先生」という仕事に近づいていったのか。
そして、そこから今の私がどうして「もう一度、自分の夢を生きたい」と思うようになったのか。
まだまだ、私の人生の続きを書いていきたいと思います。
今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
あなたにも、子どもの頃の自分にかけてあげたい言葉はありますか?
もしよかったら、心の中でそっと、あの頃の自分に声をかけてあげてくださいね。
これからも、自分の足で、腕で
自分の人生を漕いでいきたい。
