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008 株式会社ジャンプ 代表取締役 増渕 知行さん

今年5月に独立したばかりの元リクルート代理店のTOP営業マン
増渕知行さんに「ジャンプ株式会社 」設立にかける思いと、
これまでのご経験を伺いました。

夜の飲み歩きが生んだ、社会人としてのスタート

「フラッグ・リクルーティング」をコンセプトに、企業の採用力向上
を支援する「ジャンプ株式会社」を今年の5月に立ち上げたばかりの
増渕氏。みんなが自分らしく生き生きと働く世の中をつくりたいと
願っての起業だが、実は社会人当初から採用業界に特別な興味があった
わけではなかった。大学時代、新聞奨学生だった彼の担当地区は新宿。
徒歩圏内であった歌舞伎町の「夜の飲み歩き」で偶然林企画の先輩と
出会う。広告営業がおもしろそうだと感じていた増渕氏にとって、
この出会いがきっかけとなり、1996年に新卒で林企画に入社することと
なった。入社直後の歓迎会では「1年以内に会社で一番になります!」
と宣言し、まわりをドン引きさせた。
「このときは一番になることばかり考えてましたね。本気で思ったから
には、みんなにもちゃんと言っておこうと思って。会社で一番になる
には結局2年くらいかかりましたけど(笑)」。
その後は「業界で一番」という目標を掲げ、林企画に在籍中はリクルート
の代理店営業マンとしてセールスやクオリティのトップで何度も表彰
されることとなった。

アクティブな貴方に元気をお届けする「ToBe マガジン」-増渕知行さん


優秀なプレイヤーだからこそ、ぶつかったマネジメントの壁

今でも「お客様に喜んでいただくことが自分のモチベーション」という
増渕氏は、一番になることのほかに常に自身に何らかの目標を課してきた。
「目標に向かっているときが楽しい。でも決めたことをクリアすると物足
りなくなってくるんですよ。だから常に目標がほしいんです」。
そんな増渕氏だが、林企画時代には壁にぶつかることもあった。
「初めてマネジメントにチャレンジしたとき、部下育成で日々悩みました」
優秀な営業マンだからこそ、部下がなぜがんばれないのか、瞬間的に
がんばってもそれが持続しないのはどうしてなのか、わからないことが
多かった。しかしこれはこれまでプレイヤーとして活躍してきた増渕氏
にとって、マネジメントへの興味が深まるきっかけだった。
「いまなら組織のメンバー全員で期待値を統合していくことの大切さが
わかるんですが、当時は失敗だらけでいろんな本を読んだりと必死でした。
最終的には本人が自分で目標を決め、自分の意思で実行する、そう導く
のが上司の醍醐味とわかるまでには時間がかかりましたね」


求人広告の世界に本気で向き合った12年間で気づいたこと

増渕氏には求人広告専門の業界に長くいたからこそ感じる気づきがあった。
企業は求人広告等をつかって「今の魅力」を最大限伝えることはできるが、
本来企業が力を注ぐべきは「将来にわたる本質的魅力」を磨きつづける
ことではないか。そこに本気 で手をつけないと、ずっと同じ悩みを繰り
かえしていく。しかしそれに気づいていなかったり、気づいていてもどう
やっていいのかわからない企業が非常に多い・・・。
増渕氏は言う。「いきなり『あなたの魅力は?』と聞かれても、意外と
答えられないですよね。企業も同じで、自身の魅力に気づいたり、創り
出せるようになることが重要なんです」。
企業の魅力を確立することで、よい人材を採用し、社員全体のモチベー
ションアップにつなげたい。採用業界に本気で取り組んだ12年間で見えて
きたこの課題がきっかけとなった独立だった。
「採用力向上というテーマは100年経ってもなくならない、普遍的で本質的
なものだと感じています。魅力的な企業が増えればそこで働く人たちの
モチベーションも上がる。そのお手伝いがしたい」。

アクティブな貴方に元気をお届けする「ToBe マガジン」-増渕知行さん


冷めた心がいつも何かに燃えていたいと変化した

さて、今でこそ情熱的な増渕氏だが、小さい頃は冷めた子供だったという。
当時大好きだった野球ではどんなに努力しても補欠。その一方でそんなに
やらなくてもできてしまう勉強。好きが成功につながる体験のないままに
過ごす学生時代だった。そんな増渕氏が大きく変わったのは、高校の夏休み
にたまたま読んだ落合信彦の『狼たちへの伝言』。当時は明確な目標もなく、
偏差値も45程度の成績だったが、「人生本気で生きなきゃ損!」「大学へ
行っていろんな世界を見てみよう」と決心し、必死の猛勉強を開始。
親の世話になりたくないという気持から、受験は合格を確信できる一校のみ。
受験費用はアルバイトでまかなった。結果は見事合格。
「自分が死ぬほど努力したことが報われた初めての感動でした。このとき
から自分のスイッチが変わって、常に何かに燃えていたい! と思うように
なったんです」。さらに増渕氏は語る。「せっかく生きるなら、おもしろい
ことが多い方がいい。私は『いつか自分も死ぬ』ことをよく意識する性格
なので、よりそう感じるんです」

アクティブな貴方に元気をお届けする「ToBe マガジン」-増渕知行さん


「採用力向上支援」という新しい市場をつくり出したい

今の増渕氏が何よりも夢中になっていること、それは採用力向上支援という
市場をつくること。「企業の採用力が上がることがどれだけの価値を生み
出すのか、それが世の中に浸透していくのはまだまだこれから。ジャンプは
そのパイオニア、キーカンパニーになりたい。企業が独自の『魅力の旗』を
つくり、社内外に浸透させることができれば、自分らしく生き生きと働く人
も増えると信じています」。
そんな増渕氏のマイブームは、「ご近所づきあい」。休日には近所の子供
たちが自宅に押し寄せ、親も交えてワイワイガヤガヤ大騒ぎするのが楽しい
と言う。
「僕らが子供のころはそれが当たり前だったけど、最近はあまり聞かない。
せめて自分とそのまわりの子供たちには人と人のつきあいが生み出すものを
感じさせてあげたいですよね。ま、親同士が昼間から酒を飲む口実かもしれ
ないですけどね(笑)」。
仕事も休日も、いつも何かに夢中になっていたいと熱く語る増渕氏。
これからも新しい目標に向かう中で、多くの人が「生きるおもしろさ」を
感じられるような新たな価値を次々と生み出してくれそうだ。
(取材・文:ぱうだー)

<増渕 知行さん プロフィール>
1974年栃木県生まれ。大学卒業後、求人広告の専門会社・林企画に入社し、
延べ400社以上の新卒・中途採用を支援。採用広告のプランニング、
コンセプトメイク、ディレクションから、採用プロジェクト全体の
マネジメントまでを幅広く経験。2008年5月、ジャンプ株式会社を設立し、
代表取締役に就任。

ジャンプ株式会社  概要>

事業内容 : 採用力向上支援事業
1.人材採用に関するコンサルティング
2.採用支援ツールのクリエイティブサービス
3.求人メディアのディレクション
4.セミナー・説明会等のプランニング
5.採用プロジェクトマネジメント

007 株式会社イクリプス 代表取締役社長  日野 水穂 さん

WEBサイトの企画からシステム構築、運営までトータルにデザイン
する株式会社イクリプス。代表取締役社長 日野 水穂 さんに
創業のきっかけ、今後実現したい夢について伺いました

アクティブな貴方に元気をお届けする「ToBe マガジン」-日野水穂

国立(くにたち)に誕生した学生社長


「トータルなデザイン」を通してクライアントのビジネスに貢献
する企業、イクリプスは今年で11年目を迎える。会社設立のきっかけ
は代表である日野さんの大学時代にあった。日野さんは武蔵野美術
大学に在籍中、学生でありながらも疑似デザイン事務所として仲間
と一緒にWEBをはじめとするデザインの仕事を幅広くこなしていた。
その実績が評判を呼び、大手企業から大型案件が舞い込むように
なり、23歳のときに学生社長として起業。資本金300万円で大学の
近くに事務所を構え、日野さんを含む3人でのスタートだった。
世の中でITベンチャーが脚光を浴びる中、当時多くのメディアで
日野さんが取り上げられた。日本のITベンチャー企業の女性社長
として、ニューヨークタイムスの紙面を飾ることもあった。


デザインコンセプトは、相手にあわせてわかりやすく論理的に

一度仕事を受けると、その後リピートするクライアントがほとんど
というイクリプスだが、初回の受注では綿密な作戦会議を行う。
特に省庁などの堅い業界でのコンペでは神経質になる。どんな
クライアントでもイクリプスが大切にしているのは、相手が理解
できるわかりやすい言葉でデザインのコンセプトを論理的に説明
すること。プレゼンの中でときには小さな言い間違いもあるが、
かえってそれが人間らしい魅力となり、それまで目をあわせてくれ
なかった偉いおじさま達が興味をもってくれることもあるという。
「どんなプレゼンテーションでも、事前のシミュレーションが大切。
準備が不十分なら成功はありません。最初と最後は丁寧に、でも途中
は自信をもってプレゼンする。そして最後にデザインのいちばん大切
なコンセプトを相手に通じる言葉で念押しするようにしています」
と日野さんは語る。

アクティブな貴方に元気をお届けする「ToBe マガジン」-日野水穂


自然体でいることが余裕につながると気づいた社長業

順調に成長しつつあるイクリプスだが、ときおり日野さんが悩む
こともあった。これまでいちばん辛かったのは人が辞めていくとき。
会社は人生の通過点のひとつであるということを受け入れられず、
そんなに会社が嫌だったのか、私が嫌いだったのかと、大失恋の
ような気持ちになったという。最近は人が入れ替わるパターンがみえ
てきて、社長業として余裕をもてるようになった。
「今までは、なめられちゃいけない、隙をみせちゃいけないと
肩ひじを張っていましたが、最近はだんだん自然体になって
きました。私自身が自然体で結果がダメなら仕方ないと。
よい意味でのあきらめが、余裕につながっているんでしょうね。」
人は思い通りにならない反面、結果的に日野さんの好きな人たちが
集まる組織となったイクリプス。
「社員が増えてくるとドライにならざるを得ないときもありますが、
いつもなるべくみんなをほめるように心がけています。ちょっと
したことで社員がこんなに喜んでくれるなんて! というのは、
社長の醍醐味。毎回新鮮な感動ですよ」


自分のアイデアでみんなに喜んでもらうことが何よりも好きだった

「デザインコンセプトをわかりやすく論理的に」「アイデアで
楽しさを創造する」というイクリプスのアプローチ。それは、
日野さんの子供時代に遡る。様々な遊びを考案。水糊+チョークで
粘土ができることを発見し、叱られることなど気にせず、先生の
チョークをすべて粉にしてみんなに配ったこともあった。
「小さい頃からみんなが楽しくなるアイデアを考えるのが大好き
だったんですよね。規則とかルールはまったく気にしてませんで
した(笑)。単純に『楽しいこと』『みんなが喜ぶこと』を考えて
いました。私を理解してくれる先生もいましたが、
当時はけっこう問題児だったと思いますよ(笑)。」

アクティブな貴方に元気をお届けする「ToBe マガジン」-日野水穂


個性は基礎の上にあってこそ、価値がある

今後はマネジメントはまわりに任せて、より収益に結びつく大きな
プロデュースに関わっていきたいと語る日野さん。会社の土台が
整備され、日野さん本来の強みを発揮できる環境が整いつつあると
いうことだろうか。日野さんの将来の夢はライフワークを持つこと。
小さい頃から絵が大好きで、いまは日本画を習っているという。
「仕事は社会との接点のひとつ。それとは別に、純粋な自己表現を
したいんですよね。」日本画の基礎を早く習得し、その上で個性を
追究していきたいという日野さん。
「仕事もそうですが、基礎を理解しているからこそ、個性を伸ば
せる。やみくもに個性個性といってもあまり意味がない。これまで
たくさんの人たちの試行錯誤でできあがった基礎の上に立った
自然体の表現、それこそが個性だと思います。」
仕事やプライベートに関わらず、常に一貫した志向を持つ日野さん
だからこそ、今後もまわりをあっと言わせるアイデアやデザインで
多くの人に感動を与えていくことだろう。

取材・文:ぱうだー


<日野 水穂 さん プロフィール>

1974年大分県生まれ。武蔵野美術大学在学中に、独学で習得した
WEBデザインのスキルを活かし、大手企業や団体のWEBサイト制作
を受注。1998年、デジタルデザイン及びブランディングデザインの
会社イクリプスを設立。2005年より日本WEBデザイナーズ協会会長。

株式会社イクリプス 概要
・サービス概要: WEBサイトの企画制作、商品や商業施設における
 トータルなデザイン企画制作
・資本金: 2000万円
・社員: 20名 登録スタッフ数 約100名
・主要取引先: 資生堂、リクルート、サイバーエージェント、
ソニー、新日本監査法人など
・URL: http://www.eclipse-jp.com


メールマガジン配信日:2008年10月22日
ミニ交流会開催日:2008年11月7日

006 株式会社矢動丸enjin 御堂剛功さん

今回は、日本最大級の社長動画Q&Aサイト「賢者.tv」を運営する株式会社矢動丸enjin 御堂 剛功さんにインタビュー。
夢を、具体的に宣言することで実現してきた経験をうかがいました。

ミュージシャンからの転職。仲間に宣言した夢

現在「矢動丸enjin」で「社長のドキュメンタリー」をネット配信
する事業に携わる御堂氏。多くの社長と意気投合してしまう御堂氏
には、それまでに培った「人としての魅力」があふれている。
実は御堂氏は、プロのミュージシャンだった経験を持つ。
学校卒業後の5~6年間、ポップロックバンドのボーカルとして
全国ツアーや大学の学園祭に出演する多忙な毎日を送っていた。
しかしあるとき喉を痛めて引退。違う仕事を探そうとしていたとき、
仲間が大阪梅田の居酒屋で激励会を開いてくれた。
「おまえもこれからはサラリーマンだな」といわれ、みんなで楽しく
飲んでいたのもつかの間、酔った友人達から仕事の不平不満
トークがこぼれだした。御堂氏にはそんな彼らが理解できず、
好きでもない仕事をなんでやるのかという疑問がわいた。
そんな仲間たちとのやり取りの中で、御堂氏が宣言した約束、
それは「そんなら俺は30歳までに好きな仕事で仲間・お金・誇り
をもったるわい!」だった。

アクティブな貴方に元気をお届けする「ToBe マガジン」-御堂剛功さん


ソフトバンクに入社。自己紹介で公言した誓い

仲間との約束を胸に御堂氏は転職活動を始めた。最初に興味を
持ったのはソフトバンク。選考は順調に進み、孫氏のプレゼンを見て
入社となったのは2005年1月だった。「まず企業理念に感動しました。
立派なことが書いてあるなあと思って。孫さんのプレゼンでは
わくわくしました。会社に飛び込んだものはよいものの、実は
ソフトバンクがIT企業だとよくわからないままの入社でした(笑)」。
入社当時、PCにほとんど触れたことがなかった御堂氏。
配属先の大阪支社で社員を前にした挨拶では「PCは仮名変換と
シャットダウンしかできません」と正直に述べて笑いを誘った。
その一方、自分が持っている情熱をアピールし、
「半年以内に何かのかたちで自分の名前を轟かせてみせます!」
とここでも大きな宣言をしたのだった。

福岡ドームに流れる懐かしのメロディ

ソフトバンクでの最初の仕事はYahoo!BBの営業だった。
入社後すぐに御堂氏は徹底的にロープレを重ねる。奥様だけでなく、
コタツに入ってくつろぎ中のお母様や、学校帰りの小学二年生の甥にも
営業マンとして接した。こうしたあえてやりづらい人へのロープレで、
相手にあわせた説明術を磨いた御堂氏。三ヵ月で兵庫地区トップ、
四ヶ月で関西トップ、半年で見事全国トップとなり、入社時の挨拶で
宣言したことを無事果たす結果となった。
全国トップとなった翌月は福岡ドームでの表彰式。
営業成績優秀者は幹部とともにVIPルームで過ごす。試合の後、
幹部と共にグラウンドに降りたとき、驚いたことが起こった。
なんと幹部の計らいで、ミュージシャン時代の自分の曲が流れ
始めたのだった。「オーロラビジョンに自分が映るだけ
で感動なのに、そんなことになってるとはまるで気づきませんでした。
幹部の方々に『歌え!』と言われてますます会社にホレました(笑)」

アクティブな貴方に元気をお届けする「ToBe マガジン」-御堂剛功さん

将来の自分はいまの自分がつくる。だから目の前のものに全力投球する

その後、御堂氏はマネジャーとして山口へ転勤。成績の悪い地区の
業績回復という重いミッションを背負っての赴任だった。御堂氏の
仕事に対する姿勢をみて、まわりの仲間たちがどんどん変わっていった。
「今の自分は過去の自分が作っている。将来の自分はいまの自分が作る。
だからこそいま目の前にあるものに全力で挑む。そして自分だけじゃなく、
まわりの人の未来もよくなるようなきっかけをつくりたい、いつもそう
思っていました」と御堂氏は語る。
そしてソフトバンクで熱く仕事ができる仲間を増やしながら、実績を
順調に積み上げてきた御堂氏だったが、2008年に退社。
マネジャーとしての活躍より「誰かのために」をより実感できる仕事
への転身だった。
「僕は昔からまわりを笑かしたりびっくりさすのが好きだったんですね。
より上のポストや大きな仕事といった自分のためじゃなく、
誰かのための仕事のほうがモチベーションが上がるんです(笑)」。

アクティブな貴方に元気をお届けする「ToBe マガジン」-御堂剛功さん

自分の夢とまわりの人たちはつながっている

「人生の目的は人と人とのかすがいになること」と語る御堂氏。
いまの事業を通してその夢が叶いつつあるという。そんな御堂氏が
18歳の頃から続けているものに「夢ノート」がある。
「こんな腕時計が欲しい!」「こんな仕事がしたい!」ということを
なるべく具体的に書いていくものだ。
「普段ぼんやり思っているよりノートに具体的に書くと、どうやったら
実現できるかみえてくるんですよ。ぜひおすすめです」。
そして最近御堂氏が新しく開発したのが「セカンド夢ノート」。
こちらにはまわりの人にしてあげられることを100個書く。そして
書いたことは実践する。「一気に書けるのはせいぜい20~30かな。
僕は『両親に週1回電話する』と書いて実践してます。自分の夢を
追究するだけじゃなく、まわりにも働きかけるといろいろな変化が
あっておもしろいですよ」。
全力投球で自分の夢に挑むと同時に、まわりのひとにもよい
きっかけを与えていきたいと語る御堂氏が生み出す数々の成功。
それは御堂氏が関わった人たちの喜びと融合して、これからも
ますます大きくなって行くことだろう。

(取材・文:ぱうだー)

<御堂 剛功氏プロフィール>

元プロミュージシャン。
その後、数々の挫折を繰り返しソフトバンクに入社。
ソフトバンク勤務時には、ブロードバンド事業、モバイル事業にて
低迷エリアを次々と全国TOPクラスのエリアに変える実績を持つ。
現在は、社長のドキュメンタリー番組として日本最大級の
社長紹介番組「賢者.tv」をWEB上で手がけている。
全国各地での営業経験やマネージメント経験を生かし、スタッフの
モチベーションを上げる公演等を日々知り合った社長の会社で行う。

メールマガジン配信日:2008年10月8日
ミニ交流会開催日:2008年10月31日