水を飲むと、悲鳴が聞こえるようになったのは、数日前からだ。
水道水をコップにいれて、口をつける。
喉を水が流れていくとき「うあーーーー」と、子どもとも大人ともいえない高い声が聴こえてくる。蚊の音に近い。
「神崎くん、最近妙なものでね。水を飲んでいるときに悲鳴が聞こえるんだよ。」
ある暑い夏の昼下がり。友人、神崎くんと家で昼飲みをしていたときのこと。
この不思議な現象について話をすることにした。
「ほう。酒ももうないことだし、さっそく水を飲んでみようじゃないか。」
神崎くんは、空になった一升瓶に蛇口から水を入れて卓袱台においた。
「まずは中を見てみるかな。人でも入っていたら、大変だ。」
神崎くんは胡座をかきながら真剣な顔つきで横から前から一升瓶を眺めたあと、煎餅のかけらを口縁に置いた。
私が神妙な顔つきになっていたからか、彼は「これは餌付けさ」と説明すると、にこっと笑って、つまみをパクリ。コップに水を注いだかと思ったら、すぐさま一気に飲み干した。
私は瞬きもせずその一部始終を見ていた。
注意深く見ていたが、とくにこれといって不思議なことは何も起きない。
彼は水道水を飲み終えたのだ。
「何の変哲もない水道水だな。さあ次は君の番だ。」
彼はもう一度一升瓶の水を注いで私の前に差し出した。
肘をつきながら、私の様子をじっと見ている。
側にくるように目配せすると、頷いて私の顔横に耳を近づけた。
コップをとり、口をつける。
まだ何も起こらない。
水を口に含んで停止する。
何も起きない。
グビッと一口喉に通す。
わずかに(あ)と聞こえた。
神崎くんも少し目を見開いて、驚いた様子でいる。
私は眉毛を吊り上げ、今起きた物事の真実を伝えながら、グビグビっとさらに飲む。
「ああ」という声から、ついには「わあーーー」と悲鳴をあげはじめた。
「...月島くん!やめてあげなさい!」
神崎くんの一声で、ひとまずコップを置くことにした。
「かわいそうじゃないか、水が悲鳴をあげている。...........そうだ、」
神崎くんはポケットからおもむろに『ブルーハワイ』と書かれた袋を取り出しコップに入れて、お次に「炭酸も入れてみよう」と冷蔵庫から炭酸水まで取り出してきてコップに注いだ。
炭酸の弾ける音がする。
夏の暑さがやわらぐような、爽やかな色と音だ。
彼は私とコップを固唾を飲んで見守っている。
ゴクッとひと口。
声は聞こえず、炭酸の音ばかりだった。
「一気に飲み干してみてくれ。」
私は注がれたジュースを一気に飲み干した。
しかし、もう悲鳴は聞こえなかった。
「炭酸の泡で死滅したんじゃないのか。」
「かわいそうに。つぎは粉末だけにしよう。」
高い悲鳴が喉に響き渡った。