夏川草介『神様のカルテ0』(小学館) | 落語探偵事務所

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夏川草介『神様のカルテ0』小学館、2015年。

一昨年に本編シリーズ3冊を読み、映画も2本とも観てしまい、まだ続編が出ていない中、また本編3冊を読み返そうか、あるいは映画2本をもう一度観ようか、と思案していた時に、『0』が残されていたことに気が付き本書を読みました。

「有明」「彼岸過ぎまで」「神様のカルテ」「冬山記」の短編4作品を収録しています。

4作品とも本編よりも以前の物語です。

「有明」は本編の主人公・医師の一止がまだ医学部生だった時代に「国立信濃大学医学部」の「有明寮」という学生寮で医師国家試験への準備期間を過ごす頃の物語です。女子学生の先輩で既に医師になっている男との恋愛のもつれ、一止が片思いしていた後輩の女子学生・千夏が友人・辰也にとられてしまった後での辰也と千夏の恋物語などが盛り込まれています。青春の話で、あまり深みのある内容でもない(悩みや葛藤が深まってない)のですが、そのためか本編に比べて著者はわざと深みが無い様に描いているとも思えます。とはいえ、本編で一止と辰也・千夏の夫婦の「三角関係」は出てくるので、本編に描かれていない、かつ読者の「この人たち、学生の時ってどうだったのよ?知りたい!」という欲求に沿った物語でもあります。

「彼岸過ぎまで」は医学部6年生の一止が就職先に松本の本庄病院を志望し面接した日までの、本庄病院内でのベテラン医師たちと新たに病院に赴任してきたやり手の事務局長とのやり取りを描いた物語で、本編の主人公・一止は出てきません。本編では病院内における「現場の医師vs事務方」という対立の構図がクローズアップされていますが、単なる利害対立ではない、もう一つの側面、利害が一致している側面、協力する側面を描いています。

「神様のカルテ」は主人公・一止の医師になって数か月という駆け出しの新人・研修医時代の苦闘の物語です。医師不足、本庄病院の「24時間265日」の理念と現実に疲弊しながら、初めて診る胃がん患者とのやり取りなど、本編で本格的に展開される一止の苦闘・葛藤の端緒を描いています。下宿「御嶽荘」の住人達も登場します。

「冬山記」は一止が結婚することになる登山写真家・榛名が、真冬の常念岳で遭難者を救助することになる話で、医療ドラマ外のお話です。本編では魅力的な女性として描かれながらも謎の多い榛名の一面を切り取った物語となっています。

4作品とも、本編のファンにとってはたまらない内容となっており、私も十二分に堪能しました。
私の友人・知人にも医師はおり、彼らから聞く医師の仕事や医学生時代の話に比べると「彼岸過ぎまで」や「神様のカルテ」(や本編3冊)は少々ファンタジーではありますが、リアリティに満ちているようです。

時系列では『神様のカルテ0』→『神様のカルテ』→『神様のカルテ2』→『神様のカルテ3』となりますが、読むなら出版された順に『神様のカルテ』→『神様のカルテ2』→『神様のカルテ3』→『神様のカルテ0』で読んだ方がよいです。

社会の荒波で心身が汚れてしまった大人が、読めば特に心をピュリファイできる1冊だと思います。