東京の国立市と言えば駅から放射状に真っ直ぐのびた道路がちょいと近代的な雰囲気をかもす街なんですが、当時昭和40年代頃はすこし歩けば畑があった時代に、中央線の国立駅のまわりに何軒かあった小さなスナックバーへ行ったのはなんのためかといまごろ思いだそうとしているのだけど、なんせ昔の話で記憶が定かではない。店の名前もおぼろでそこでお酒を飲んだ記憶もないのだけど、飴色に塗り上げた古い木製のドアの色が記憶にある。場末にある安っぽい棟割りの店だった。私はといえば、あのころ中央線の沿線のアパートを転々としていた学生だった。友人のKが国立市に住んでいて、音楽大学に通っていたが、たまに発表会と称して、どこかの場所を借りて演奏するのを聞きに行ったことがある。たいがい発表会よりもその後の打ち上げが目的みたいなていで、友人ずらして飲み会に混じっていたら、突然即興の演奏がはじまって、おまえもなにかやってくれというので、飲み物を運ぶ銀盆を叩いて、でこぼこにしてしまったような思い出がある。その会場を貸してくれた通称Mマダムという40歳すぎぐらいの女性が印象的な口元に付けぼくろをして、まるで女優のようにふるまうので、若い学生には人気があった。会場は武蔵野の風情が残る林の中にあるレストラン兼クラブでもと男爵の別邸だった広い敷地にテラスもある大きな平屋建ての建物は洋風の煉瓦の壁に蔦が絡まっているのだった。客筋は近くの米軍のGIとかが多くここは治外法権的なあやしい雰囲気があってそんな雰囲気も学生には刺激的な場所だった。刺激的といえば、単に雰囲気だけではない、クラシックの曲を演奏をしているうちはお客もおとなしく聴いてくれるのだが、ポップミュージックやダンスっぽい曲の演奏が始まると決まって男女のペアが濃厚な接触でダンスを繰り広げるのが常で、そのうちベトナム帰りのGIが酒に酔った勢いで何が気にくわないのか怒鳴りはじめたりするのだ。学生がびびりながらも、それを無視して演奏を続けるとさらに大きな声で怒鳴ってくる、仲間のGIがなだめに入るが怒ったその男はついに立ち上がり学生の方に向かってくる。そのGIと学生の間に座っていた自分が立ち会あがると、明確な目標ができたその男はわたしにむかって、英語で罵詈雑言をまくしたてた。当時長髪のヒッピーのような風体で酒なんか飲んでいる日本の若者が癪に障ったのかおそらくヴェトナムから帰ってきたのかこれから飛ばされるのか分からないが、いずれにせよ酒の勢いだけではなく苦悩の眼の色をただよわせてやるせないはけ口を求めているように正確には悲しみを怒りにかえてどなっている感じだった。こっちは英語で怒鳴れてもいっこうに刺さらないので、冷静に酔っ払いを観察してみると、だんだん相手の気持ちが分かるような気になって、「あなたの気持ちは分かるような気がするけど、もっとおちついて」と英語で言うと相手は一瞬眼を見て驚いた表情をした。握手の手を差し出すと彼はその手に触れようともせず、仲間のGIに肩を抱かれて向きを変えた。仲間のGIがふりかえり片手を上げてすまなかったというふうに合図をした。「気にしないさ」そう言うとまた手を上げて店から出て行くのだった。咄嗟のことだったが、こんな態度をしたのは、以前にも似たような経験があって、同じアパートに住んでいた学生のS君と立川の居酒屋で飲んでいた時に、若い米軍のGIがS君との会話の途中からだんだん怒り始めて、罵詈雑言をどなってあわや暴力ざたになるようなことがあった。S君は普段はまじめな法学部の学生で、人に喧嘩を売るような人間ではないのだが、彼はESSクラブに入っていたので、よく電車の中や街で外国人を捕まえて、英会話の練習を実践するくせがあって、彼の父親が言うには、せっかく大学へ行くのなら、一生身に着く技術を一つだけでも獲得しておけと言われて、地方の田舎から東京の大学へきた以上、彼には英会話がその一つであったらしく、学び方にも根性が入っているのがはた目にも感じられた。そして当時接触しやすい外国人と言えば米軍の軍属で、特に立川や横田周辺の街によくでかけていたらしい。そのようなS君のご指導よろしく、米兵との付き合い方を教えてもらっていたわけで、その経験が生きたわけだが、当時はベトナム戦争反対の機運が盛り上がっていて、とくに学生においては、その運動が過激になっていたころなので、米軍に対する反感はS君も当然持っていたが、そのことと会話はべつのことだとするS君の行動が非常に大人っぽく思えたのが印象にある。その後米兵の脱走事件が表面化されて、日本の基地からロシア経由でヨーロッパへの脱走ルートがあると新聞記事になったりしたが、その時以来S君とは会う機会が無くなった。そんな話は、さておいて、武蔵野の林に囲まれたクラブ如月荘を仕切っていたMマダムがビールを片手に持って、私の席に来るなり「ありがとう、時々あんな風な人がいるのよ、気分悪くしないでね。どうぞこれはサービスよ」そう言ってテーブルにビールをおくと「お名前きいてもいい」と言うので「Yと言います」と言うと「同じ音大なの」と聞くので「ええ」とうそを言ったのだが、それを見抜いたように、「楽しんでね」と言ってニヤッと笑って奥の方へ別のお客の方へ向かって行った。その後演奏を終わって友人のKがこの店のホステスの見習いA子と一緒にやってきた。「おどろいた?ちょっと危ない感じがしたけど、うまくおさめたね。俺もいい経験になったよ。」そういうと横にいたホステス見習いのA子を紹介した。ちょっと面長の東北顔で美人とは言い難いのだが、胸のふくらみが目立っていた。学生の身分で来れるような場所ではないのでほんとうにまれな出会いになったのだが、その後顔をみることもなく、何年か後でA子が自分で小さなスナックの店を持つことになってそこにKに誘われて一緒に訪れた時にA子が、一度なつかしの如月荘へ行こうと言い出して客として一度だけ行ったのだけれど、A子はMマダムからお金のない学生と付き合うのはやめなさいと言われたらしい。きっとそれは若い女への嫉妬だけではない。水商売の先輩としての忠告だろうが、A子は時代が違うのよと言ってKの顔をのぞくのだった。二人の関係が深まっていたのは察しはついたが、あとで聞いたはなしだが、そのころ、Kはバンド演奏で稼いだバイト代をほとんどA子に貢いでいた。同居はしていないが夫婦のような間柄だったらしい。そのKがこともあろうにあの新宿騒乱事件の夜に新宿で逮捕された。ノンポリと言うよりむしろ学生運動に批判的なKがまさかデモに参加するはずはないし、もし参加しても逮捕されるようなことをするとは思っていなかったので、彼を担当した弁護士から連絡があった時は、なんでそんなことになったのか驚くとともに、彼がなぜ自分に連絡してきたのかその心情を考えるのだった。

翌日、小菅の刑務所に会いに行くと、面会室の透明な仕切りの向こうで照れたような微笑みを浮かべながら他人のような仰々しさで話し出した。監視官が横にいる中で告白めいた話をするわけではないのだが、逮捕された時の様子を話し出した。それによると、あの日の夕方にバイトの話で新宿の喫茶店へ行ったらしい。その話の後に外に出ると街はすでにデモ隊が行進していたが、駅の東口辺りにくるとジグザグデモになり道路はデモ隊で一杯になっていた。当然車やバスなどは通行できなくなり、歩道には多くの見物人と言うか、デモを見守る人々が集まりやがて歩道を越えてまるで歩行者天国のように車道にも溢れ出してデモに参加する人たちも多くいた。その時、Kのそばにいた背広にズック靴を履いた男たちが歩道にいる人々を煽ったのだ、デモに誘うように手を振って、みんな参加してくれと声を張り上げた。何人かの若い男たちが、その煽りを受けて、歩道から車道へ飛び出していった時、その煽った男たちは、歩道から飛び出す一人の若者の足を蹴りあげた。若者はたまらず車道でもんどり打って転がった、すると群衆の中にいた男たち、背広にズック靴の男たちが何人か一斉に転んだ若者を抑え込みにかかり、若者は必死に抵抗したのだが、後ろ手に抑えられて逮捕されたのだった。Kはその一部始終をみて、腹が立ったのだ、過激なデモをしている人間を逮捕するのではなくそれを見ている一般人を煽って、騙して逮捕する警察のやり方がまるで、自分は仕事をしましたという言い訳づくりと、そのためなら、捕まえやすい一般人を落とすのが彼らのやり方なのだということを、目の前で見てKは込み上げる怒りにまかせて、警察の男たちに向かって抗議したのだ。Kの抗議に歩道にいる人々の何人かは同じく抗議の声を上げた。一種の興奮状態の中で抗議の声が広がるのを恐れた警察はKを素早く取り囲みその場から引きずり出して逮捕したというわけだった。「そうかそりゃ災難だったな、誰かが言っていたけど小さな権力が積み重なって国家権力が出来上がっているって、右だ左だ言っても結局は上か下かその程度のものなんだ。」そう言うと、Kは「お前さんらしくもない、あの日は何処にいたんだい。」看守の様子を伺いながらそう言うと「ああ、俺はあの晩駅のホームにいたよ。あの夜はパーフェクトゲームだった、なにせ投げる石はいっぱいあるからね。機動隊がビビッて盾をかざして後退していくのをはじめて見たよ。ジュラルミンの盾はデコボコでヘルメットのフェースガードが吹き飛んだから、指揮官も焦ったろうね。ホームの階段へ避難した後二度と出てこなかったさ。その時誰かが騒乱罪が適応されたらしいと言っていたのを聞いて、それでその日のパーティはおしまいになった。そんな訳であの晩は駅から友人のアパートのある高円寺まで誰もいない中央線の線路の真ん中を歩いて帰ったさ、いい気分だった。電車のない東京がこんなに静かなのはちょっと不気味だったよ。」「ああ。やっぱり居たんだ新宿に。」そんな会話の後、KはA子にいまの自分の状況を伝えてほしいと頼む顔にはすでに照れくささは消えていた。

後日、Kに教えてもらった電話番号に何度か電話を掛けたが通じなくて、直接A子のスナックへ行ってみたのだが木のドアは鍵がかかって店は閉まっていた。もうスナックをやめたような雰囲気もあったので、隣の店の人に尋ねると、最近は休みが多く前に働いていた如月荘に行っているらしいとのことで、次の日の夕方に如月荘へ出向いた。その日は土砂降りの雨が降っていたがちょうど夕方には晴れて、涼しい風が吹いていた。武蔵野の風情を感じさせる大きな樹のある入口の駐車場には車が何台か雨粒を光らせていた。中に入って用件を中年の黒服に伝えると、A子は胸元を大きく開いたドレス姿で出てきた。少し驚いた様子で小声で「今日は、お久しぶりね。どうしてここがわかったの。」そう言うと、玄関から外へ誘って、「今日はお客さんが来ているのよ。よかったら明日来てくれない」と言うので、「遊びに来たわけじゃないよ、実はKのことだけど・・」そこまで言うと急に顔色を変えたA子は下を向いた。「すでに知ってるのかい、逮捕されたこと」そう尋ねると「ええ、バンドの人が知らせてくれたの。ここまでわざわざ知らせに来てくれてありがとう。・・ごめんね、ごめんね・・」その顔はみるみる泣き顔に変わっていった。その時店の方からMマダムが出てきた。彼女はA子の様子をちらっと見るとこちらに向かって「ここはね学生さんの来るところじゃないのよ、悪いけどまたにして。」と水商売の本音が出て、A子を店の中に急き立てるように二人の間に割って入った。A子は申し訳なさそうな顔をしながらも「もう来ないで、Kにも伝えて・・」と小さな声で店の中に入って行くのだった。赤い夕陽が彼女の白っぽいドレスに映って悲しそうなピンクに染まっていた・・