こんばんは。

対話と言語化をするどりみです。



本日はデザインのミニ講座をうち内で開催しまして、寝入る前に書き留めています。


本当につれづれ。



このデザインのミニ講座は、

デザインの基本について、

実演を交えながらお話ししたのですが、

当然、その講座のために資料を作ったんですね。


で、

資料作りをしようと思って

テスト勉強をする息子と

ふらりと街中にある学習スペースなんぞに赴きまして。


そこにですね、

黄金比についての本が置いてありました。


『デザインの中に黄金比を組み込んでいる』

なんて話を聞いたことがあったもんですから、

迷わず手に取ってページをめくりますと、

数学的な要素が多くて訳がわかりませんでした。


ですがその中でも印象的だったのが、

「黄金比は中途半端な数字なんです」という趣旨の一文。


1:1.6・・・と

割り切れない数が黄金比なのだそうで。


ほう、と。



あの、

誰が見ても美しさを覚える黄金比が

"中途半端"と表現されていたことに

とても意外性を感じて、

数学的要素を避けながら

読み進めていきました。


すると今度は

「ちょうどよい」という言葉に出会し、

数字的に中途半端であることは

・人々の感覚

・自然界

・数学的にも

「ちょうどよい」

と表現されていたのです。



中途半端

割り切れないことを

美しいと思う。


まさに、この世の中そのものだなと。



わたしたち現代人は、

どうしてか完璧を求めがちです。

外の評価から外れたり、

他人の期待を大きく下回ったりする現実に

言いようのない苦痛を感じることがあります。


世間から逸脱した才能もない

「これだ!」と1つのことに熱中したこともない

幼い頃からやり遂げたこともない


すべてにおいて"中途半端"に

わたしは生きてきました。



けれどもこの黄金比の本には、

"中途半端"は「ちょうどよく」、

そして、美しいのだと書かれていたんです。


(きとんと読めていない、理解できていないため、多少の誤認があるかと思います)


が、それでも!



黄金比が"中途半端"と表現されていたことは事実で。


それだけでもホッとしました。


誰もが美しいと感じる比率が、

「ちょうどよい」という曖昧さで存在している。


講座の資料作りというきっかけで出会えた本に、

わたしは今まで生きてきた人生を

褒められたように感じました。



タイトルを失念してしまったのですが、

2007年頃に出版されてたかな?


数学の理解はできませんが、

またゆっくりじっくり手に取って読みたいと思います。



自分の中途半端さに

不甲斐なさを感じたり、

悩まれたりされている方に

この文章が届きますように。