投稿画面を開いてみる。

ん~。殊更に書かねばならぬことなど何も無い気もする。

恋人はお仕事密林のなか。

その不安を推し量ったところで、何を手助けできるものでもないし

そんなことを求めてもいないだろう。


何か呑気に笑える話題でも・・・と思案してみる。

ん~・・・・・。ご存知の話題の提供ネタである、スタッフ達の話題は

今はサッパリ笑えない。

せいぜい、電車に乗った折、やけに立っているのがつらそうな

婦女が居り、妊婦さんかなぁ・・・席を譲るべき?

それともただの肥満・・・・だったら洒落にならない・・・

ど~しようかなぁ~としばしチラチラ眺めながら居心地の悪い

時間を過ごしているうちに、沢山のひとの降りる電停に着いてしまって

その婦女は二人分の座席に足をおっ広げて、ガンと音を立ててお座りになり、

ああ、ただの肥満体でした。と認識したとき、心のなかで辻斬りに。

今日も殺生してしまいました。


今夜は久しぶりの雨の夜だ。

一雨ごとに春が近くなる季節にはまだ早い気がするけれど

今日は「ふきのとう」や「菜の花」を店先にみつけた。

お雛様が華やかに並んでいる。

梅の花の開花のニュースも聞いた。

花粉探知機を搭載した同僚に寄れば、そろそろ目が痒くなるのだそう。

2月に入って間がないというのに、今年の春は駆け足で近づいて

いるようだよ。


お正月に始まって、節分やお雛様、桜の花見や夏の花火・・・・

季節のうつろいや祭事にも仕事絡みでしか関係しない暮らしぶり。

お祭りや花火はどうでもいいけれど、せめて自然の季節くらいは

暮らしのなかに感じたいもの。

光るようなブナの森の新緑や、菫色に染まる空や

湧き上がるような入道雲、緑がむせるような湖畔の林

金色に光る波や、道端にひっそり咲くたんぽぽ

妖艶でさえある夜の桜、温かい色合いに染まる山々

冬枯れの針葉樹の林、鉛色の雲に張り合うかのような冬の高波

それらが日常のなかのしばしの休息に織り込めるだけで

ほんの少し救われる気がするのだけど


当たり前のほんのささやかな時間。それさえ持てないことが

互いのストレスを助長させているような気がするわ。


春になったら、あなたは釣りに。私は山に。

したいことが常に同じでなくて構わない。

指一本くらい大きくしてしまう捕り逃した魚の話を嬉々として聞かせて。

食べられるンだぞ。というブラックバスを是非連れて帰って

上手に捌いて。美味しいんだぞ。という燻製を一緒に作って。

近くの堤防で食べきれない位、ハゼを釣ろうね。


そう、こんなことを考えている時が私の癒しの時間なんだ。

見果てぬ夢をみているように。


さあ、今日の雑談は終わりよ。

ただ、今の時間も、ただ孤独な作業に追われてるあなたのことを

考えていたわ。


cuteは気に入らないらしい・・・


確かにcoolでもあるからこそ

cuteも引き立つのに


ひとの魅力を引き立てるのは

案外単純な意外性

coolでtough 彼を知るひとは

その仕事ぶりから、そう信じて疑わない

打ち解けて話をすれば

センスのいいジョークだって上手

酔えば馬鹿話で盛り上がるし

知的でありながら、仕事を為そうとする

志はとても熱い


決して完璧な人間ではない

それだからこそ

愛することもできるのだけど


*********************


休日 「しなければ成らない」は

簡単に片付いてしまい

のんびりネットを彷徨い、TVを眺めながら

恋人とポツポツ話をする。

こんなに忙しくちゃ、二人の時間は遠い

早く春になればいいのに


TVを眺めていると記録的暖冬のニュース

豪雪地帯と言われる長岡市では104年ぶりに

積雪ゼロなのだそう

仙台のゴルフ場も34年ぶり位に現在も営業中

朝早く出て、夜遅く帰る暮らしでは

さして暖冬の影響を感じることはない

やはり寒いし、やはり冬は嫌い


冬の(に)

綿帽子を被ったような雪景色を眺めること

美味しい魚を探しに北の港へのドライブ

温かい車で、北の海に打ち寄せる波を眺めること

貸切の露天風呂・雪見酒

まだ知らない、暖かいというスキーや雪遊び

冬枯れの林で、春の気配を探すこと

コトコト煮るおでん、料理の湯気で曇る窓

冬を好きになれる気がする

あなたが一緒なら


明日の憂鬱な仕事がつらつら浮かび始める夜

休日は終わった

春を待ちわびて過ごす日々

希望があるから乗り越えられるね


私の恋人はとても cute である。

cute というのは若い女性に使われる形容動詞であるらしいが。

カワイイというのは、何か若いツバメにでも使うもののようだし、

容姿が、ということでは無いので。


例えば、何気なく返ってくるメッセの返事だとか

例えば、話している時に飛び出す荒唐無稽な例えだとか

例えば、いきなり携帯に届くニャロメ画像だとか

・・・・・


多分、こんなことにイチイチ心が動くのは

其れが作為されたものでは無いシンプルなことで、

そして、それが彼の見た目や日頃の言動との

対比という点でバランスを欠き、それが面白さとして脳に伝わり

机とかバンバン叩いたり、ビールもう1本頼んだり、蹲りたくなるほど

 カワイイなぁ・・・

と悶絶してしまう原因のようだ。


間違えてはいけないのは、それは、いたいけなものに対するカワイさ

ではない。

いたいけないオトコなど、私は牛乳や人参以上に嫌い。

近寄りたくすらない。

いい歳をしたオトコに、仕事上などで甘えられたりすると、

鳥肌が立ってしまうキビシイ女なのだ。


近頃思うのだけど、男のカワイさ、女のカワイさ。

私、オンナとしては如何なのでしょうね。

朝から晩まで仕事して、突っ張って、どんどん男ぶりを上げてゆくよう。

恋人はそんなオンナが好きだといってくれるので、

多分これでいいのでしょうけど。

時に、これでいいのか大和撫子!と嘆きたくなるときもあるのです。

職場のお節介大先輩からも

 時には(仕事でも)甘えたり、オンナを使って楽をしたら・・・ 

とアドバイスを受けることも有るほど、勇ましい私。

オンナとして可愛くある場所さえ、理由づけしてしまう。


恋人のcuteにやられた夜。


私は恋人の目に可愛く映っているか ふ と気になりました。









この地域の有名な駅伝が開催される。


この日には何時も強くこの町で暮らしていることを

確認することを、あなたは知っているだろうか。


そう。出合った年の翌年の2000年の1月。

ずっと西の町でこの中継を眺めてた。

その翌年の2001年の1月も、港に近い西の町で

この大会を眺めてた。

誰がどんな走り方をしたかとか、何処が優勝したのかなど

何も覚えていない。

ただ、TV画面に映し出された変哲のない町並みや

急に広がる瀬戸内海の景色を、離れている時間の

どこかで目にしたり、通り過ぎたりしたことがあるのだろうと

思うと、その何もかもが特別な景色に見えた。

あなたの育った町。暮らしている町。

その景色を同じ時間に我が目で確かめていられることが

ただ嬉しくて。その距離がただもどかしくて。


距離を縮めたい。

果たして2002年の大会の頃には、私はこの町の住人に。

スタートとゴールの狼煙の音の聞こえる場所で仕事をし、

TV中継さえ見ることは無い。


TV越しに遠くにあった町で暮らす。

今でも時々それは夢のよう。

遠くだった町の言葉もついて出るようになっても。

そのことさえ、とても不思議に思うことがあるんだ。


この町に来て6回目の大会前の夜。

帰りの電車を待ちながら、沿道沿いの

この大会の揺れる応援旗を眺めてた。

あなたとメッセを交わしながら、考えていたのはそんなことだったんだ。


この町に来て、やっぱり良かったんだって。

帰ってきているのだろうか。

多分、帰ってもう仕事を始めているよね。

ここに何かを記したからといって、こんなにしんとして

しまった日々が続いた以上、もう覗いてもいないかもしれない。


短い通信さえ途絶えて

勝手に黙りこくっている自分が不安に。

Skypeを時々覗いたりしてみたけれど留守。


矛盾だらけ。

自分自身に苦笑。


また貝になってしまった原因はあなたにあるワケじゃない。

垣間見えてしまう普通の出来事に

心がグラングランしてしまう自分自身に辟易してしまっているのだ。


自分の心の在り処はとても良くわかるのに。

あなたが私にどうあって欲しいのかも知っているのに。


出口が見えないことに対して、これでいいのかという湧き上がる

問いに対して、着き過ぎてしまった常識や分別が

在るべき姿を肯定させてくれない。

自分の想いが、重ねた時間が、過去の様々な出来事が

結果「重荷」になっていないか。

あなたの幸せを想えば想うほど、あなたの気持ちと立場を

考えれば考えるほど、あなたの人生にとって

父親としてのあなたにとって、自分の存在を肯定できないでいる。


それでも、今私はこの町に居る。

この町のこの部屋で、春の便りを待っている。

様々な矛盾を感じながらも、そうしかできずに。



あなたにとって良い1年になりますように。


ピリオドでも何でもなく愛してるんだ。