梅田芸術劇場で花組公演『二人だけの戦場』を観てきました。二度目の観劇なので,物語の流れは把握したうえで,柚香光さん演じる青年士官・ティエリー・シンクレアと星風まどかさん演じる旅芸人をしているロマの娘・ライラが,お互いに譲れない信念をかかえつつ境遇の違いを乗り越えて友情と共感を育くみ,戦乱という非常時の中で永遠の愛に発展するまでのプロセスが丁寧に演じられました。
この物語はあくまで虚構ですが,不安定な連邦国家の中での少数民族からなる自治州の独立問題という設定は,かつてのユーゴスラビア社会主義連邦共和国が1990年代以降に辿った民族自決の戦いと6つの国家(スロベニア,クロアチア,ボスニア・ヘルツェゴビナ,セルビア,モンテネグロ,北マケドニア)への分裂の歴史を彷彿とさせます。セルビアの属州でアルバニア人が多数を占めるコソボ自治州の独立の問題は未だに正式な形での国際的な承認が得られていません。
『二人だけの戦場』の第2幕冒頭で,連邦制を維持してきた「大統領」の死後,ルコスタ自治州の独立運動と連邦軍の対立が激化します。お芝居を観ながら,この大統領とはかつてのユーゴスラビアを連邦国家として統治したヨシップ・ブロズ・チトー大統領(1892-1980年)のことだなと想像できました。人民解放軍(パルチザン)の闘志としてナチスドイツやスターリン率いるソビエトから独立を脅かされながらも,独自の非同盟中立の立場を貫き不安定な多民族国家であるユーゴスラビアの社会主義体制を長年に渡って維持してきたチトー大統領の政治手腕はカリスマ的でした。チトー大統領亡き後,ボスニア紛争やコソボ紛争による混乱により常にバルカン半島には複雑な利害や宗教的対立がくすぶったまま現代に至っています。こうした不安定な政治状況でも民族の違いや思想・信条の違いを超えて男女は出会い,恋をし,生き残るための手段を懸命に模索するのだということが,ティエリーとライラの物語として象徴的に描かれていて胸が熱くなりました。
それにしても,当日の梅田駅周辺のゴールデンウィークの雑踏には驚きました。すっかりコロナ前の状態に戻ったようです。