原田マハ・著『デトロイト美術館の奇跡』(新潮文庫,2020年1月発行)の中で描かれているポール・セザンヌ夫人オルタンスの話の続きである。彼女の名前のオルタンスは,フランス語の「あじさい(l’hortansia,男性名詞)」に由来するそうだ。
南仏のエクス=アン=プロヴァンス出身のセザンヌは画家を志してパリに出たが,そこでルリユーズの仕事をしていた18歳のオルタンスと知り合って同棲し,ひとり息子のポールをもうけた。しかし売れない画家だったセザンヌの生活費は銀行家である父からの仕送りで賄われていたため,オルタンスとの内縁関係は秘密にされたまま経過し,ようやく父の晩年になってふたりの結婚が正式に認められた,と小説に紹介されていた。
ルリユーズという言葉は初めて知ったが,製本の過程で背表紙を綴じるお針子のことらしい。一般的にはルリユール(reliure,女性名詞)=製本技術ないしは装丁の仕事のことで,それに携わる職人のことを男女によってrelieur, -euse /rəljœːr, øːz/. [名] 製本屋,製本職人と呼び分けている。セザンヌ夫人オルタンスは若い頃はこの背表紙を綴じるお針子の内職を続けながらセザンヌの創作活動を静かに見守っていたのだろう。
英語版のWikipediaによれば,妻オルタンス,正式な名前はMarie-Hortense Fiquet Cézanne (22 April 1850 – 1922)と夫との関係についても簡単に触れられている。正式な婚姻生活を認められて以後の夫婦関係は必ずしも円満ではなかったようだが,これ以上詮索するとせっかくの名画を鑑賞する目が曇るのでやめにしよう。
偶然だが今年はオルタンス夫人の没後100年にあたる。
メトロポリタン美術館蔵のオルタンス夫人(Paul Cézanne)