ポール・セザンヌの絵画<画家の夫人>をモチーフにした小説 | to-be-physically-activeのブログ

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 2013年にミシガン州デトロイト市の財政破綻の影響で,米国屈指の現代美術コレクションを誇るデトロイト美術館の収蔵品が競売にかけられる危機が生じた。幸い市民からの献金や企業・財団からの寄付金などにより基金が創設され,デトロイト市の運営から独立行政法人に生まれ変わることによって貴重なロバート・タナヒル・コレクションを含む絵画や美術品の散逸を防ぐことができた。

 このエピソードにヒントを得て,ポール・セザンヌの絵画<画家の夫人>(セザンヌ夫人オルタンスがモデル)に格別な思い入れを抱くデトロイト市民で自動車工場の元溶接工フレッド・ウィルと美術館のキュレーターであるジェフリー・マクノイドの心温まる交流を軸に美術館のコレクションを守るための市民活動の顛末を描いた創作小説が,原田マハ・著『デトロイト美術館の奇跡』(新潮文庫,2020年1月発行)である。

 小説の中には,実在の人物であり美術品のコレクターとしても有名な富豪Robert H. Tannahill (1893-1969)の事績についてもドキュメンタリー風に描かれていた。<画家の夫人>の絵は生前のタナヒル邸に飾られていたお気に入りの作品だったそうである。

 <画家の夫人>に亡き妻との思い出や面影を感じて美術館通いを続ける年金生活者のフレッド・ウィルは,ジェフリーに次のように語りかける。

 「アートを愛する気持ちは,金持ちだろうが貧乏人だろうが,どんな肌の色だろうが,関係ありません。彼女は・・・オルタンスは,私らみんなの友だちなんだ。だから,タナヒルだって友だちじゃないか,って思えてきてね」

 フレッドは<画家の夫人>の絵と美術館を守るために老後の年金から500ドルの小切手を融通して,ジェフリー・マクノイドに寄付を申し入れる場面が心に響いた。

 

 小説の表紙の装画になっているのが<画家の夫人>(油彩,1886年頃)である。一見すると未完成の絵画のようにも思えるが,セザンヌは自らの画法を究めるために糟糠の妻であったオルタンスをモデルに29作もの油絵を残したそうである。デトロイト美術館蔵の<画家の夫人>の構図にそっくりなのが,ボストン美術館蔵の『赤い肘掛け椅子のセザンヌ夫人』(1877年頃)である。二つの作品を見比べながらセザンヌ作品の創作活動の奥深さと妻への愛情を感じてみるのもおもしろい。

 

参考文献:日本経済新聞記事(2013年8月6日)「デトロイト市,資産査定を開始 美術品で競売大手と契約」

 

ボストン美術館蔵の『赤い肘掛け椅子のセザンヌ夫人』(Wikipediaより引用)