21年前の震災時、伊丹空港にほど近い豊中の曽根南町に住んでいました。
長男が生後7ヶ月で、普段では夜泣きでは絶対に目を覚まさない私でしたが、その日はたまたま長男の夜泣きで目を覚ましウトウトしていました。
ゴーっという地鳴りと共に、地中に落下しているような感覚の大きな縦揺れで、咄嗟に長男と嫁に覆い被さり、大丈夫や!。と叫びながらも、ヤバイ!。と、思った事を鮮明に覚えています。
枕元を振り返ってみると、そこにはテレビが落ちており、夜泣きで起きていなければ最低でも大怪我をしていた事と、長男の夜泣きに、ありがとう。と思ったことも、今でも忘れていません。
そして、当時はマイホームをご紹介する仕事をしていたのですが、震災で御自宅は全壊で、しかも息子さんを亡くされたというお客様の担当をさせて頂いた時の、お客様のなんとも言えない虚脱感を今でも鮮明に覚えています。
今日はその当時の先輩であり仕事の指導も頂き、今でもお付き合いを頂いている方の娘さんの誕生日。という事で、その投稿を拝見しました。
私は、仕事の傍観者になるな。と、周りには厳しく求めてきましたが、今こうして振り返った時に、私は、確実に社会の傍観者でした。
自分の存在の意義をよく考えて、意義から逃げずにその責任を噛み締めなくては。と感じた次第です。
その娘さんも、私の子供たちも含めた次の世代が担えるように引き継いでいくことの責任を、噛み締めながら21年前の今日の事は風化させないように思い投稿しました。


