2.
85歳の未来から戻った、自分の振り返り版の伝記。
71歳の時に人生最後とも言える転機が再び訪れた。
それが中国系企業への転職です。それから今まで
の14年間、紆余曲折はありましたが、なぜか上手
世渡りしてきました。
71歳から再び猛勉強を開始。多くの資格に挑戦。
⇒旅客運行管理⇒中国語検定3級⇒中国語検定2級
⇒日商簿記検定2級⇒電卓技能検定3級⇒同2級
⇒行政書士⇒宅地建物取引主任者⇒社労士
凡そ4年間で75歳で全ての試験に合格しました。
その秘訣とは...
⑥知識の複利効果を理解して、学習に活かすこと。
その事例として、以下運行管理者試験(旅客)の
場合をご紹介しましょう。
=======================================
①
日経新聞を毎日読み、感想を毎日書く習慣
(読む⇒書く)
②
NHKラジオを毎日聴き、要旨をメモる習慣
ちなみに今日は、日曜討論でAIがテーマ。
(⇒聴く)
③
毎週本を最低1冊読みブログで紹介する習慣
(⇒読む)
④
仮想ディベートと称する、仮想命題を、仮想
の二人がディベートすること。
(⇒話す)
⑤
仮想街頭演説・仮想評論家又は政治家として
朝礼や会議で発表する。街頭演説をすること。
(⇒話す)仮想で、社長や上司や担当者又は
その所属団体や部署や番組参加者として。
=====================================
2.
...私の自己紹介の続き⇒24歳〜31歳まで
⇒海外駐在員として、中華民国(台湾)
に赴任した。約7年半。日本製の高額
工作機械の輸出貿易営業担当者として。
中国語は、全く勉強したことがないが。
====================================
1.
⇒私の自己紹介の開始⇒0歳から23歳まで
私は、島根県松江市苧町で生まれました。
韓国に一番近い県で、山陰地方(島根県と鳥取県)
人口64万人の人口ランキング最下位から2番目。
父は鳥取県、母は島根県隠岐の島の出身では、私は
3人兄弟妹の内の次男。長男である兄と両親は既に
他界しました。父は、気象大学を卒業した天気予報
マンで20年以上国家公務員として活躍、将棋の島根
県代表と全国大会にほ出場、国体の選手としても活
躍した文武両道の人物でした。地元の地方新聞の将
棋欄の解説記事も執筆していました。
16歳まで田舎で過ごし、高校は大阪。19歳に再び
島根県松江市に帰り、23歳まで地元で勤務しました。
私の人生の最初の転機は、この地元で過ごしたこの
4年間でした。この期間に猛勉強しいろいろな資格
を取得したことが、後の人生を劇的に変える起爆剤
となりました。その後数十年間にも及ぶ影響あり。
文部省認定の英検3級⇒英検2級⇒小売商販売士3級
⇒小売商販売士2級⇒日商簿記3級に挑戦し無事合格
しました。その後、様々な資格にも挑戦しましたが
この時が、人生で一番勉強した時期です。
✤閑話休題⇒ビジネスアイデア01
⇒インバウンド投資専門総合アプリ
※閑話休題⇒ビジネスアイデア02
⇒インバウンドフランチャイズ事業
※閑話休題⇒ビジネスアイデア03
⇒インバウンド専門AX用アプリ事業
(AIトランスフォーメーション)
米国⇄中国⇄日本間投資ビジネス専用
※閑話休題⇒ビジネスアイデア04
⇒個人の給与倍増化プラン事業
○筆者推薦の書籍
⇒日経プレミアシリーズ
「中国人は日本で何をしているのか」
著者:中島 恵(なかじま けい)
1967年生 フリージャーナリスト
お勧めの理由は、私が現在ある中国系の
日本企業に勤務しているからです。