咲良(さくら)は、ごく普通の20代の会社員だった。
毎日満員電車に揺られ、無難に仕事をこなし、家ではスマホをいじって一日が終わる。
それでも、彼女は心のどこかでずっと思っていた。
「どうして、あの子ばかり?」
高校時代の友人・美咲のSNS。
ブランドのバッグ、旅行先のリゾート写真、誰が撮ったかわからないハートのスタンプ。
「私と同じような顔で、同じような大学出て、なんであの子は?」p
ある夜、咲良はスマホを眺めていた。
ふと、タイムラインに知らないアカウントの広告が流れてきた。
《“本当のあなた”に、なりたいですか?》
タップすると、緑色の光が画面いっぱいに広がった。
「あなたの中の一番強い願いを叶えましょう。代わりに、あなたの”目”を少しだけ借ります」
指が、勝手に画面をタップしていた。
翌日から、変化はすぐに現れた。
咲良のフォロワーが一気に増え、何気なく上げたランチ写真に何百もの“いいね”がつく。
同僚たちは彼女を褒め、服のブランドを聞きたがった。
「あなた、最近雰囲気変わったよね」
「キラキラしてるっていうか…見てるだけでちょっと嫉妬しちゃう」
その言葉に、咲良の心は満たされた。
けれど――満たされたのは、ほんの一瞬だった。
美咲のページは、さらに華やかになっていた。
ついに婚約したらしい 相手は医者で、プロポーズは海外の教会。
ふたりの写真は、まるで映画のワンシーン。
咲良はスマホを見つめた。
そのとき、画面にまたあの緑の光が現れた。
《“目”を、もうひとつ借りますか?》
彼女は、ためらいもなくタップした。
それから、美咲のSNSに異変が起こり始めた。
婚約者の過去の浮気が暴かれ、写真が炎上し、コメント欄には罵詈雑言が並んだ。
咲良のページには「応援してます」「あなたが正しい」といった声が集まり、
まるで世界が入れ替わったようだった。
でも――咲良の瞳は、少しずつ緑がかってきていた。
鏡を見るたび、自分の目が誰かの目じゃないかと不安になる。
夜になると、スマホの画面の奥で、何かがじっと彼女を見返している。
いま、あなたが誰かに嫉妬しているなら、
誰かの投稿が羨ましくて、悔しくて、心がざわついているなら――
そのスマホの奥には、
きっと、“緑の瞳”が覗いている。
そして静かに囁くだろう。
「あなたの願いは、ほんとうに“願い”ですか?」
