静かな午後
少年は、一人で駅のベンチに座っていました。
空は、どこまでも青く澄み、
線路の向こうには、ゆらゆらと陽炎が揺れていました。
足元に落ちていたのは、赤い切符
そこには、たったひとこと
「行き先:こころの奥」と、書かれていたのです。
「それを使えば、会えるよ」
ふと顔を上げると、隣に、白いスーツの男が立っていました。
黒い帽子に、静かな声。
それはどこか、懐かしい響きがありました。
「君自身に、会いに行こう」
そう言って、男は微笑んだのです。
そのとき
遠くから、汽笛が響きました。
音もなく、深紅の列車がホームにすべり込んできました。
少年は、赤い切符を握りしめ、
静かに、列車へと足を踏み入れました。
列車の中は、不思議な空間でした。
やわらかな灯り。静かな空気。
そして、ずらりと並ぶ、たくさんの扉。
ひとつ、扉を開けると
草原で、ぽつんと泣いている自分がいました。
はじめて「さみしい」と思った日の記憶。
誰にも言えなかった、幼い気持ち。
次の扉を開けると、
怒りにまかせて、誰かを傷つけた自分がいました。
「こんなはずじゃなかった」と、目をそらしていた自分です。
さらに開けると
誰かの笑顔が、うらやましかった自分がいました。
心の中で、ぐるぐる渦を巻く、嫉妬。
少年は、目を伏せ
でも、男は言いました。
「それも、ぜんぶ……君の心だよ」
「悪いと思っても、見つめることができるのは、強さなんだ」
もう一枚、扉を開けると——
そこには、誰かを守ろうとして、泣いている自分。
優しさを、そっと手紙にして、渡せなかった自分。
誰かの幸せを、本気で願っていた自分。
それは、まぎれもなく「心のやさしさ」でした。
そして最後に、たったひとつの扉。
中は、真っ白な部屋でした。
音も、匂いも、記憶もない、ただの空間。
「ここは……?」
少年がたずねると、男は帽子をとり
そこには、自分と同じ顔がありました。
「ここが、君の心の奥底さ。
まだ名前もない、気持ちが生まれてくる場所だよ。」
少年は、その白い部屋の真ん中で、静かに目を閉じました。
深く、深く、息を吸い込んで、
ゆっくり、ゆっくり、吐き出しました。
気づけば
列車は消え、ベンチに一人。
でも、胸の奥には確かに、
たくさんの扉と、白い部屋が残っていました。
そこには、
悲しみも、怒りも、やさしさも、
全部、まるごと生きている
そんな「ほんとうの自分」が、
今日も静かに、ここにいるのです。
